
バイク乗りは陸地の先端が好きだ。岬や半島、最北端や最南端。何があるわけでもない単なる陸地の先端へと、ライダーは今日もバイクを走らせる。そんな岬の先に必ずあるのが灯台だ。バイク小説家がバイクで巡るロマンと哀愁ただよう書き下ろしエッセイ、灯台シリーズ第5回《大瀬崎灯台(静岡県沼津市)》。
目次
オートバイエッセイRider's Story 灯台よ、いくべき道を照らしておくれ
第5回 大瀬崎灯台 〜大瀬神池、淡水の謎〜
過去頻繁にツーリングに来た西伊豆に、数年振りに走りに来ていた。往復200キロ程度だけど、通勤や買い物ではなくツーリングとしてバイクに乗るのも久しぶりで、少し興奮していた。
今回の目的地は、静岡県沼津市にある大瀬崎灯台だ。通り過ぎることが多かったけど、一度ここへ降りて岬の先端まで歩いて行ったことがある。
ダイビングで有名な場所だ。だけど自分の中で印象に残っているのは、岬の中央にある神池の存在だった。伊豆七不思議に数えられている大瀬神池は、周囲を海に囲まれていながら鯉や鮒など淡水魚が群棲する淡水池だという。
SV650Xと久しぶりの西伊豆
4月に入って暖かくなった。平日だが、すれ違うバイクは多い。伊豆半島のくびれのところを駿河湾沿いに西へ進む。小さな港町や海沿いの商店を横目に、懐かしさを噛み締めながら僕とSV650Xは大瀬崎を目指して走っていた。
右側に展望駐車場を見つけ、そこへ入った。富士山が見えた。場所を確認すると、大瀬崎の入口はここからすぐ先にあるようだ。
再びバイクを走らせて大瀬崎へと入っていき、その先でバイクを停めた。ここからは車両が入れないので徒歩で向かう。午後3時を過ぎていた。少し冷えてきていた。
大瀬崎の西側へ出ると駿河湾とその先に富士山が見えた。
そのまま灯台の方へ行こうとしたが、道が塞がっていて行けなかった。来た道を戻る。
神池の魚に危害を加えるべからず
戻った先に、あの神池があった。看板を読んだ。後半部分に引き込まれた。
「〜(前略)〜池に入り魚を害するときは神罰覿面(てきめん)と言われ、昔より今にこの不正文の禁をを犯したる者が、あるいは死、あるいは精神喪失、その他不慮の危難に遭遇したる実例を伝え、相戒めている。よって、今なお池水の深浅底壁の組織の如き実地調査したる人無く、伝説によってこの神池は保護されている。〜(後略)〜 大瀬神池看板より」
神罰がくだるから、実地調査をしない。だから大瀬神池が淡水池であるという謎は、今も謎のまま、というわけだ。
神池の脇を歩いて通り過ぎて岬の先端へ向かった。大瀬崎灯台は、青空のもとまっすぐ立っていた。大瀬崎はビャクシンという天然記念物の樹木で覆われていて、灯台を見るには近くまで行かないければ、その姿を見ることができない。
灯台の裏手にあたる遊歩道の内側に、ビャクシンの御神木があった。
「御神木 〜(前略)〜この岬を航海する船人の海上安全と、普(あまね)く諸人等を守護し、湾内住民の崇敬尊神篤き御神木として保護されている。大瀬神社」
灯台と、神木ビャクシンと、大瀬神池
もちろん灯台が海上保全の役割を果たしている。灯台のあかりが船に居場所を伝え、行き先を導いている。だけど大瀬崎のビャクシン樹林も海上安全を守護していて、そしてこの岬の中央には、あの神池が祀られている。
僕は今いるビャクシンの御神木のあたりから、バイクを停めてある場所へ向かって歩き始めた。
少々極端な話になるけど、もしも今、実地調査が入って、海に囲まれたこの小さな池が、淡水池である理由がわかったとしよう。その原因解明によって、現在のテクノロジーで安価で容易に海水を淡水へ変えられる技術が生まれたとしよう。自然災害の発生で水不足に困ったとき、この技術が大いに役立ち、さらに水不足で困っている海外の国々へと広まったとしよう。そうなったら、どうなるだろうか。
高濃度塩水の大量放出により、さらに生態系のバランスが崩れて、地球環境にさらなる悪影響を及ぼすことになるかもしれない。そうして、もっと自然災害が頻発するようになるかもしれない。
世の中には、理由のわからないことがたくさんあるのかもしれない。
そしてそれらは、わからないままの方がよいことも、あるのかしれない。
わからない方がいい、知らない方がいい
気温が下がってきた。吹いていた風は一段と強くなった。ビャクシンの木々の隙間を縫って強い風が吹きつけた。
ゴオッ
僕は身をかがめ、早歩きで来た道を戻った。
「アイツは何も知らないで、幸せ者だよ」
ドラマや映画でよく耳にしそうなセリフである。上から目線で言っているように聞こえるけど、僕は、幸せでいられるなら何も知らない方がいい、と思ってしまう。
知らないまま、幸せ者でいる方がいい。
僕は、帰りを待っていたSV650Xに跨った。エンジンに火を入れて、アクセルをひねった。僕とSVは、県道へ出る細くて曲がりくねった上り坂を駆け上がった。僕たちは大瀬崎を後にした。
わからないままでいい。知らない方がいい。
ありがとう、大瀬崎灯台。
作:武田宗徳
出版:オートバイブックス(https://autobikebooks.wixsite.com/story/)
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