
小説家を名乗りながら名作と言われる文学を避けてきた著者が、自身に鞭を振るうつもりでバイクツーリングの目的地を地方の文学館と決めて走る。バイク小説家がツーリングと文学の魅力を綴る書き下ろしエッセイ、文学ツーリングシリーズ。第4回「藤枝市郷土博物館・(小川国夫)文学館(静岡県藤枝市」
目次
バイク小説家がバイクで行く「目的地を地方の文学館にしてみた」
第4回「藤枝市郷土博物館・(小川国夫)文学館(静岡県藤枝市)
我が町静岡県藤枝市の郷土の作家「小川国夫(1927年-2008年)」さんの小説を、僕は読まないまま何年も過ぎていた。1957年発表の初期代表作「アポロンの島」はバイク小説だとわかっている。本も手元にある。読み始めたら難しくて、そして実際に難解だという前情報もあって、読み進められないでいた。
数ヶ月前のことになるけど、静岡市の馴染みの古本屋の店主と話をしていたときに小川国夫作品のことを教えてもらった。
「由比…?いや、焼津だったかな。バイクも出てきますよ」
静岡新聞社発行の「アンソロジー静岡 純文学編」という本に、小川国夫さんの短編小説が収録されているというのだ。帰宅して本棚を見たら、未読本の場所にその本があった。読んでみようと思った。
短編小説「河口の南」を読み終わった桜咲く4月上旬に、僕はSV650Xと共に藤枝市郷土博物館・(小川国夫)文学館へ向かった。
1950年代にヴェスパでヨーロッパを旅
小川国夫さんは1950年に東京大学文学部に入学し、1953年から3年間、フランスへ留学している。この3年の間に、中古で購入した250cc のヴェスパに乗って、スペインやスイス、イタリア、ギリシャなどへ一ヶ月以上かけた旅を何度かしている。「アポロンの島」はこのときの経験を書いたものだ。
バイクの登場する作品を多く書いている芥川賞作家の花村萬月さんは『小川国夫』の名前を知ったのはオートバイ雑誌だったと対談で語っている。
「どこかのグラフ誌で、小川さんがヨーロッパをオートバイ旅行していた頃の写真を見たことがあるんです」
(文學界1999年4月号 小川国夫・花村萬月 対談「神を信じるか」より)
市民憩いの場所、蓮華寺池公園
自分が高校生のとき、三年に一度小川先生の講演があった。高校何年のときか忘れてしまったけど、つまり在学中に一度、講演を聞けるというわけである。あの頃は若かった。若過ぎた。今ならもっと真面目に先生の話を聞いたと思う。
藤枝市郷土博物館・文学館は、蓮華寺池公園という市民憩いの公園にある。高校時代、部活動でこの池のまわりをよく走った。小学生の頃は探検ごっこの遊び場だったし、家族ができてからは子供たちと一緒に来た。
小川先生もここを散歩していた。池のまわりをゆっくり歩きながら、花や木々を眺めては、考えを整理したりアイデアを思いついたりしていたのだろうなと想像する。
小川国夫の小説創作の姿勢
短編小説「河口の南」ではドイツのオートバイが登場する。物語の中で、若い男女がそのオートバイに二人乗りして海の方へと走る。1936年、ベルリンオリンピックの開催年を舞台としている。オートバイはBMWだろう。
1969年に小川先生の作品が芥川賞候補になるものの辞退している。賞嫌いとして知られた作家であり「受賞すると伸びない人間」と話していたらしい。良い作品を書き続けたいから芥川賞を辞退するということから、小説創作の目的が富や名声ではないということがわかる。
とても短い言葉で、端的に表現する作家である。ソムリエがワインの味を表現するときのように、小説も風景や人物の行動を何かに喩えて表現する。作家小川国夫は、それをとても短い言葉で最小限の情報で表現する。文学館の裏手にある石碑に彼の一文が刻まれていた。
《彼はこの路地の明るさが好きだった。他所とは微妙な差がある感じだった。行手の高い竹藪の深くまで、澄んだ水の中のように、緑の光がゆらいでいた。(「彼の故郷」より)》
竹藪が光を遮りながらも、風に揺れるたびに影が動いてきらきらしている様子を『澄んだ水の中のように』という一言だけで簡単にわかるように表現している。
多くの言葉を重ねて語るよりも、このような言葉が一言だけの方が明確に伝わるのではないかと思う。映像がはっきり頭に浮かぶ。彼の文章は、ときどき立ち止まって考える必要になることもあるけど、でもそれは、読者に考えさせ、想像させる余地のある小説だからだろう。
自分も、短い言葉、必要最小限の言葉で、その場面にふさわしい明確な表現ができるようになりたいと思う。
平日だけど、満開の桜の咲く蓮華寺池公園にはたくさんの人たちが訪れていた。
せっかくだから遠回りして帰ろう。
僕はSVに跨って、エンジンをかけた。駐車場から桜並木の道を下っていく。
僕たちは、自宅とは反対の方へ向かって走っていった。
エンジョイバイク
オートバイを楽しもう
作:武田宗徳
出版:オートバイブックス(https://autobikebooks.wixsite.com/story/)
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