
バイク乗りは陸地の先端が好きだ。岬や半島、最北端や最南端。何があるわけでもない単なる陸地の先端へと、ライダーは今日もバイクを走らせる。そんな岬の先に必ずあるのが灯台だ。バイク小説家がバイクで巡るロマンと哀愁ただよう書き下ろしエッセイ、灯台シリーズ第3回《舞阪灯台(静岡県浜松市)》。
前回
灯台よ、いくべき道を照らしておくれ 第3回舞阪灯台
背が高くて美しい灯台
自分の掛け持ちしている仕事の関係で、浜名バイパスを使うことがある。浜松から豊橋へ向かって浜名大橋をわたる少し手前に、立派な灯台が見えてくる。「舞阪灯台」だ。それに気づいて以来、ここを通るたびに、背の高い舞阪灯台を見ていた。豊橋から浜松に向かって浜名大橋をくだるときも、シルエットの美しい舞阪灯台を見た。いつか、近くまで行ってじっくり見たいと思っていた。
季節のわりに暖かい日だった。お昼を少し過ぎた頃、僕とSV650Xは舞阪灯台の近くまできていた。だけど、なかなか灯台のすぐ側まで行くことができなかった。僕たちはしばらく、灯台の周りをぐるぐると回っていた。住宅街の狭い道路を徐行して進んでいたら、行き止まりにぶつかった。正面に高い土手が立ちはだかっていたけど、その土手には階段があって登れるみたいだった。すぐに戻ってくるつもりで階段の登り口にSVを停めた。
松の木が何本もあるこの土手は防風防砂堤のようだ。この細長い小さな丘のような土手の尾根をつたった先に、舞阪灯台はあった。
背の高い灯台は、この防風防砂堤の上に立つことでさらに高さを際立たせていたようだ。昭和39年建造でわりと新しい灯台は、白い小さなタイルで化粧されていて、くびれもあって、近くで見てもきれいで美しかった。
だけど……。
まさかこんな場所に
この大きくて美しい舞阪灯台が、実際はこんな狭い土手の上に建っているなんて知らなかった。バイパスを走っているときに見ていた舞阪灯台は、広い芝生公園のような場所の中央あたりに立っていて、まわりにはベンチがいくつかあって、週末は家族づれで賑わっているような、そんな立地にあるのだと勝手に思い込んでいた。まさかこんな、心許ない場所に立っていたなんて……。
灯台のそばに木造の展望台があった。登れば海が見えるのだろうけど、壊れているのか立ち入り禁止となっていて、入れないように黄色いテープで塞がれていた。だから海は見えなかった。
海沿いに国道1号浜名バイパスが通っていて、その手前の土手沿いに細い道があって、そして舞阪灯台の立つ土手があり、土手の北側は歩道を挟んで体育館や図書館、保健センターなど行政の施設が並ぶ。とても、感傷に浸れるような雰囲気のある場所ではない。せわしない日常生活に関係する建物や道路に囲まれた狭い隙間に、舞阪灯台は立っている。
堂々と、悠然に。
舞阪灯台は、それでも大きくて美しい姿を立派に見せている。
誇りを捨てず高潔に
足元は覚束ないけど、とても立派で、堂々と落ち着いている。「武士は食わねど高楊枝」という言葉がある。武士はたとえ貧しくても高潔を保ち、その誇りを捨てない。同じく、灯台の威厳や高潔さは、どんな立地であろうと変わらない。
どんな状況になっても、自分としての誇りを捨てず、堂々としていればいい。
そういうこと、だね。
ありがとう、舞阪灯台。
作:武田宗徳
出版:オートバイブックス(https://autobikebooks.wixsite.com/story/)
この記事にいいねする


















