小説家を名乗りながら名作と言われる文学を避けてきた著者が、自身に鞭を振るうつもりでバイクツーリングの目的地を地方の文学館と決めて走る。バイク小説家がツーリングと文学の魅力を綴る書き下ろしエッセイ、文学ツーリングシリーズ。
バイク小説家がバイクで行く「目的地を地方の文学館にしてみた」
第2回「吉行淳之介文学館」
「週末でも前にクルマが走っていることがないから、自分のペースで走れる」
東京でバイクショップを営んでいる方が、にこやかに言った。掛川市の山道をバイクで走ったあとに出た言葉だ。静岡県掛川市の、とくに国道1号バイパスの山側は信号のない田舎道をストレスフリーで快走できる。
掛川市上垂木に「吉行淳之介文学館」なるものがあると知った。恥ずかしながら、申し訳ないのだけど今回も存じ上げない作家だ。1954年に芥川賞を受賞している。古本屋で彼の著作の1冊「がらんどう」を手に入れ、その短編集を半分ほど読み終えたところで、僕はその文学館に向かうことにした。
地図を見ると結構な山奥にあって、その先は通り抜けられない、行き止まりのようだった。だからこそ、ますますバイクで行ってみたくなった。
田舎道
僕とSV650Xは、信号のほとんどない大井川の土手沿いを北上していた。旧国道1号線を左に折れて鉄橋を渡った。大井川鉄道の踏切を通り過ぎて日坂峠に入る。国道1号バイパスを使うつもりはなかった。
日坂峠を下った先の信号を左折すると道の駅掛川に着くのだが、ここを右折する。アップダウンのある田舎道を楽しんで、掛川市初馬の方へまわり、県道81号森焼津線を西へ向かう。前にクルマはいない。田畑の広がるのどかな風景を自分のペースで走っていた。道が狭くなって少し心細い気持ちになったところで目印の看板を見つけた。僕とSVは看板の指す道へと右折した。
まもなく文学館を見つけ、その奥の駐車場にバイクを停めた。
エンジンを切った。風はなかった。あたりはとても静かだった。澄んだ空気の中、暖かい日差しが柔らかく差していた。
ぽと…ぽと…、と何かが落ちる音が聞こえていた。なんだろう、と思ったけどすぐにわかった。木々の枝からどんぐりが地面に落ちてきているのだ。
僕は「吉行淳之介文学館」に入っていった。
気になる存在
性の作家と呼ばれ、ネットで調べると”性を媒介として人間を探求した作品で高い評価を得た”とある。僕が読んで良いと思ったのは、異性とのやりとりで展開される行動とそれに伴う気持ちの、繊細で深い描写だ。
「がらんどう」という掌編作品に美人で才気煥発の女性事務員が登場する。華やかな彼女のまわりにはいつも男性社員がウロウロしている。彼女はその輪の中で自信に満ちた表情で落ち着いている。そんな光景を主人公の男は疎ましく思っていた。
会社の社内雑誌でも彼女はスターだった。ロマンチックな詩を発表したり難解な文学的感想文を載せたりしていた。彼は読んでみたものの意味を捉えることができなかった。その上品ぶった難解さに腹を立てた彼は、彼女の感想文とは対照的な作風であるフランス作家を真似た戯文を書き上げ、社内雑誌の編集部に渡した。その夜、彼はなぜそういう戯文を書いたのかと反省する。
「彼は、花田照子の上品ぶった難解な感想文を意識し、それに刺激され、反発して、洒落のめした戯文を書いたことになるのを、あらためて強く感じた。何かありそうで、何も出てこないという話の成り行きは、あきらかに彼女の感想文へのあてこすりである(本文より)」
そうして、疎ましく思いながらも、彼女のことが気になっている自分に気づくのである。異性に嫌悪感を抱きながらも気になる存在になっていく様子を繊細に描写している。
三十歳で芥川賞を受賞し、その後も数々の文学賞を受賞している。だが大病が彼につきまとった。10代で腸チフス、20代に気管支喘息を、30代には結核を、その後も数々の病気を患うものの、克服しながら作品を書き上げていった。
遠藤周作や安岡章太郎など当時の流行作家六人が屋外で横並びになった写真があった。ロングコートに黒縁メガネ、昭和を代表する作家六人の佇まいがカッコいいと思った。
酒、タバコ、博打…、昭和の文豪の勝手なイメージかもしれないが、吉行淳之介も例外ではなかった。タバコを指に挟んで何かを言おうとしてる彼の写真を多く見た。その表情とは裏腹に、全く別のことを考えているのかもしれない、と思ってしまった。
距離感
モテた作家として有名だったらしい。何故モテたのかは作風にも表れている「異性との距離感」だという。近づき過ぎず、離れ過ぎず、相手との間に適度な距離を保っていたようである。
僕とSVは静かに文学館を後にした。
しばらくは前にクルマは現れなかった。でもバイパスの近くまで来たところで前にクルマが現れた。僕は近づき過ぎず、離れ過ぎず、適度な車間距離を保って走っていた。
ある程度の車間距離を保てば、自分のペースに近い走りができることを知った。
峠道に入った。僕はさらにアクセルを開けた。そのまま上り坂の右コーナーに侵入し、今度は体を左に傾けて走り抜ける。
前のクルマと適度な距離を保ちながら、僕たちは峠道の下りにさし掛かっていた。
エンジョイバイク
オートバイを楽しもう
<おわり>
出版:オートバイブックス(https://autobikebooks.wixsite.com/story/)
【オートバイエッセイRider's Story 】バイク小説家がバイクで行く「目的地を地方の文学館にしてみた」第2回吉行淳之介文学館(静岡県掛川市)ギャラリーへ (6枚)この記事にいいねする
読んでいて表現や描写を表す感じが面白かったです。
また、読まさせて頂きます🍴🙏