オートバイと関わることで生まれる、せつなくも熱いドラマ
バイク雑誌やウェブメディアなど様々な媒体でバイク小説を掲載する執筆家武田宗徳による、どこにでもいる一人のライダーの物語。
Webikeにて販売中の書籍・短編集より、その収録作の一部をWebikeプラスで掲載していく。

SLのように

「余計なお世話だ」

 テラスに停めてある愛車のCB400Fourを動かそうとしたら木製の柱にハンドルをぶつけてしまった。息子夫婦が建てた新築の二世帯住宅のテラスで、ガタンと大きい音をさせてしまった。
「おじいちゃん、またぶつけたあ!」
小学生の孫、優斗が騒いだ。
「おとうさん! 大丈夫!?」
息子の嫁が走ってきて、窓からテラスに顔を出した。
「大丈夫だよ。ちょっとぶつけただけだ」
私はそう言って愛車を道路へ移動させた。嫁は心配そうにこちらを見ているが、きっと私よりも新築のテラスのキズが気になるのだろう。
「バイクでどこか行くの?」
彼女が聞いてきた。
「ああ、ちょっとな」
「おとうさん、バイクが好きなのはわかるけど、六十五にもなるし、怪我をする前にやめたら?」
「大丈夫だ。バイクなんて手足のように操れるぞ」
「そうは言ってもね、体力も落ちているだろうし、体がついてこなくなるよ」
「余計なお世話だ」

 私は愛車に跨がると、腰を上げて、キックペダルを勢いよく踏み下ろした。エンジンは一発でかかった。ヘルメットをかぶり、グローブをはめると、ゆっくりと走り出した。

体力の衰え

 ここから一、二時間もすれば到着する川根温泉を目指していた。薄曇りの十二月、さすがに空気が冷たい。刺すような風を切りながら、私は数時間後には温泉で温まっていることを想像し、愛車を走らせていた。

 山間のカーブを気持ちの良いスピードで右に左にバイクを傾けて走りながら、私は、息子の嫁の言葉を思い出していた。
「体力も落ちているだろうし、体がついてこなくなるよ」
 確かに、体力の衰えはひしひしと実感していた。キックを踏み下ろす時、最近は膝が痛くなる。果たして、いつまでキック始動できるか。あのテラスから道路へ愛車を移動するときも、いつからか上手に取り回すことができなくなっている。今日も、柱にぶつけてしまった。

 バイク歴は四十年以上。物心がついたときから、ずっと、ブランクもなく乗り続けてきた。ゴルフやギターに手を出したこともあったが、唯一長続きした趣味が、このバイクだ。もはや、私のライフワークになっている。
 バイクに乗れなくなるときが、もうすぐ来るのだろうか?

あいつが引退するまで

 
 川根温泉に到着した。私は、早速温泉に入ることにした。
 冷え切った体がじわじわと温まっていった。冷たかった手足の指先もじんじん温まっていった。「ああ~」思わず、声が出る。しばらくして、露天風呂の方へ移った。と、同時に汽笛が聞こえた。大井川鉄道のSLだ。露天風呂からSLを見ることができるのだ。この時間に露天風呂に入っている私はラッキーだった。

 もくもくと灰色の煙を吐き出しながら、SLがゆっくりと近づいてきた。乗客は窓から顔を出し、皆、手を振っている。アナログ的な機械でできた迫力のあるSLは、力強く走り去っていった。走り去った後に残った煙を見ながら、何とも言えない余韻に浸っていた。私は、妙に感動していた。

 あいつは、現役をとっくに引退している年齢だろうに、たくさんの乗客を乗せて、なんとも力強く走っていた。
 体中に力がみなぎってくるような気がした。SLに力を分けてもらったようだった。
 温泉から上がることにした。早くバイクに乗りたかった。今なら膝の痛みなど感じずに、キックペダルを踏み下ろせる気がした。脱衣場を出ると、私は革ジャンを羽織った。体が熱い。ブーツを履くと、愛車の停めてある場所まで走り出していた。

 あいつが引退するまで、私はバイクを降りない。

 愛車CB400Fourに跨がると、キックペダルを勢いよく踏み下ろした。エンジンは一発でかかった。私は、駐車場を飛び出した。
 クラッチを順につないでいきながら、スピードを上げていった。目の前を走っている軽自動車を右側から追い越した。そのまま緩やかな右カーブを抜けていった。

 あのSLのように、走り続けよう。
 あいつが引退するまで、私はバイクを降りない。

 そう決心した。

 <おわり> 

(SL/photo:y.nakamura)

出典:『バイク小説短編集 Rider's Story アクセルは、ゆるめない』収録作
著:武田宗徳
出版:オートバイブックス(https://autobikebooks.wixsite.com/story/

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