オートバイと関わることで生まれる、せつなくも熱いドラマ
バイク雑誌やウェブメディアなど様々な媒体でバイク小説を掲載する執筆家武田宗徳による、どこにでもいる一人のライダーの物語。
Webikeにて販売中の書籍・短編集より、その収録作の一部をWebikeプラスで掲載していく。
最高のシャッターチャンス
天気予報を信じて
朝から雨が降っていた。しかし、日程の都合で、撮影は今日行わなければならない。今日がだめなら、来月号のオートバイ雑誌に間に合わない。天気予報を信じて、私は出掛けることにした。伊豆は午後から晴れる、という予報に運を賭けた。
愛車のハーレー、スポーツスターは東京から伊豆へ向かっていた。11月の冷たい雨をレインスーツに受けながら、私は、急ぐことなくオートバイを進めていた。
編集長の指示は「ハーレーのエアクリーナーカバーに映る青空を撮って来い」というものだった。ハーレーはエンジンのアップでもそれであることがわかるし、なおかつその掲載予定雑誌がツーリング専門のバイク雑誌であるため、旅心をくすぐるような青空も表現できたらいい、という希望が込められていた。編集長は、最後にこう付け加えた。
「君は、他の写真は最高にいいものを撮ってくるが、オートバイの写真になると、どうも詰めが甘い気がするんだ」
熱海ビーチラインを走っている頃には、小雨になった。そして、熱海を過ぎた午前十一時頃には雨は止んだ。東伊豆を海岸線に沿って南へ下っていくうちに青空が見え始めた。写真に撮る青空は雲があった方がいいと私は考えていた。雲一つない真っ青な空は実際には気持ちの良いものだが、写真としては絵にならない。だから、まだ雲の残っている今の状態は、ちょうどいい。雨上がりの気持ちよさも、表現できるかもしれない。
私は撮影に適した場所を探し、そこに愛車を停めた。車体の角度、太陽の高さ、背景の具合を考え、撮影を開始した。下田へ向かって南へ下りながら、そのようにして、何箇所かで撮影をした。
オートバイが好きだから
私は早く撮影を切り上げたくなっていた。雨が上がり、気持ちよく晴れ渡った青空と、ツーリングのベストロケーションである伊豆に愛車と一緒にいるというこの状況。オートバイ乗りなら、ツーリングをせずにはいられないだろう。私は、撮影をしながら、思いっきりツーリングしたい、伊豆スカイラインや海岸線のワインディングを駆け抜けたい、という衝動に駆られた。
いや、だめだ。まだ満足のいく写真が撮れていない。
編集長のあの言葉を思い出して、思いとどまった。詰めが甘いのは「オートバイが好きだから」かもしれない。オートバイの撮影となると、撮影そっちのけで乗り回したり、嘗め回すように観察したりしてしまう。本当はプロとして、それではいけないのだろう。
日が陰ってきた。伊豆の東側にいるから、西の山に日が隠れてしまったのだ。私は、まだ日が照っているはずの西伊豆へ向かおうと愛車に跨った。
下田をそのまま通り過ぎる。きれいな砂浜が左手に見えた。太陽に照らされて輝いて見える。遠回りになるが、海沿いの石廊崎を通るルートを選んだ。緩やかなカーブを適度なスピードで右へ左へ車体を傾けながらオートバイを進めていく。雲がすっかり少なくなった気持ちのよい青空と、きらきら光る太平洋が目の前に広がった。顔に受ける柔らかくなった風が心地いい。いくつかのトンネルをくぐり、ワインディングを駆け抜けていると、私はすっかり撮影のことなど忘れてしまっていた。
私は海沿いの高台にあるパーキングに愛車を停めて、眩しく光を放つ、幻想的な夕日を見ていた。オートバイの良さをしみじみ噛み締めていた。そう思いながら、ふと愛車に視線をやった。車体がオレンジ色に光り輝いている。その向こうの眼下には光り輝く海と、その中央には小さな岬が夕日に照らされて浮かび上がっている。
カメラマン魂に火がついた
ハッとしてバッグから一眼レフを取り出す。あわててカメラを構える。愛車のエアクリーナーカバーに映る夕日と、その背景に見える風景。カメラマン魂に火がついた。これは、最高のシャッターチャンスだ。私は夢中になってシャッターを切った。
私は帰路に就いていた。編集長の希望は青空だったが、この夕日の写真を見たら採用してくれるかもしれない。オートバイの写真では、久しぶりに満足した写真が撮れた。
熱海ビーチラインに入った。いい気分でオートバイを走らせていた。
私は、この写真を見せたときの編集長の表情を想像して、ヘルメットの中でにやけていた。
帰路の走りは来るときよりも、ずいぶん軽快になっていた。
<おわり>
出典:『バイク小説短編集 Rider's Story つかの間の自由を求めて』収録作
著:武田宗徳
出版:オートバイブックス(https://autobikebooks.wixsite.com/story/)
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