オートバイと関わることで生まれる、せつなくも熱いドラマ
バイク雑誌やウェブメディアなど様々な媒体でバイク小説を掲載する執筆家武田宗徳による、どこにでもいる一人のライダーの物語。
Webikeにて販売中の書籍・短編集より、その収録作の一部をWebikeプラスで掲載していく。

あれから九年、あなたとオートバイに出会った入広瀬

道の駅いりひろせ(新潟県魚沼市)

 
 今年も夫と二人、バイク二台でここに来た。朝方まで雨が残っていたのにも関わらず、道の駅いりひろせに入ってくるオートバイはあとを絶たない。今日は、ZuttoRidexクシタニコーヒーブレイクミーティングの開催日だ。
 クシタニコーヒーを片手に隣で出店しているオートバイの本屋を覗いてみる。テーブルの端に募金箱のようなものがあった。《静岡水害復興支援》と表示されている。夫もそれに気づいたようだった。私と目が合うと彼は目をつむって静かに頷いた。私たちは手持ちの小銭をそこへ入れた。

 コーヒーを飲み終えて、鏡ヶ池の方へ歩いて向かった。紅葉はこれからだが、木々に囲まれて静かな池の周りを歩くだけでも気持ちがいい。雨上がりの森の匂いが立ち込める中、一周二十分ほどの遊歩道を二人でゆっくり歩いた。
 女神像の手前で夫はベンチに腰を掛けた。私は持ってきたカメラで風景を写真に収めた。
「お昼どうする?」
と夫が聞いた。
「少し早いけど、ここで食べたい」
と私は答えた。
 
 湖上レストラン鏡ヶ池に入り、テーブル席に向かい合った。私の食べたいメニューは決まっている。きのこメインの鍋《山ごっつぉ》と一緒に食べる魚沼産コシヒカリの白米がメニューに冠されている定食《白まんま定食》だ。この時期《山ごっつぉ》は山菜の春メニューから、きのこの秋メニューに変わり、白米は新米に切り替わる。

 魚沼の白まんま……、と白いご飯を頬張る。向かいの夫が何か思い出したのかニヤニヤし始めた。そして話し出した。
「おまえ、白いご飯が好きだよなー」
「うん」
「初めて会ったとき覚えてる? ここでお昼、食べ終わった後『電車に乗り遅れちゃった』って言ってたけど……、あれ本当は最初からわかっていたんじゃないか?」
「……なんで、そう思うの?」
「だって入広瀬駅から小出駅に戻る電車は十時頃の一本を逃すと十七時過ぎまでないんだ。十時オープンのここで食事をしたら、明らかに乗れないだろ」
笑いながら、夫は続けて言う。
「白まんま食べたかったからってさー、食いしん坊すぎるだろー」
 私も吹き出した。
「そうだねー」



 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


九年前、JR只見線で

 夫と初めて会ったのは今から九年前の2013年だ。あのときはまだ、オートバイのことを何も知らなかった。
 二十五歳だった私は、自宅のある埼玉県熊谷市から一人電車を乗り継いでJR只見線というローカル線に乗って来ていた。写真好きなら一度は乗りたい全国屈指の秘境路線だ。
 当時は土日出勤の会社に勤めていた。土曜日のあの日は、珍しく社長が休暇をくれた。確か先週まで世間では三連休が二回続いていて、長い繁忙期が少し落ち着いた頃だった。
 疲れていたのだと思う。お客様のクレームが立て続けに起こり、後輩たちからも不満や文句が出た。それらを解決したり聞いてあげたりして、いつになく体力も気力も使っていた。
 少しの間だけでもいい、仕事のことから解放されたい、とそのときは思っていた。

 JR只見線は、福島県の会津若松駅から新潟県魚沼市にある小出駅までの豪雪地帯約135kmを結ぶ鉄道だ。《紅葉の美しい路線》全国第一位に選ばれたり、《世界で最もロマンチックな鉄道》と言われたりする全国屈指の秘境路線だ。
「有給を合わせて連休にしたら?」と社長は言ってくれた。「写真を撮るのが好きなら……」と只見線の存在を教えてくれたのも社長だった。

 良いタイミングだった。煩わしいことを少しの間忘れたくて、私は自宅のある熊谷市から電車を乗り継いでここまで来た。《道の駅いりひろせ》はJR只見線の入広瀬駅から歩いて行ける距離にあった。


 道の駅いりひろせにくると、駐車場にたくさんのオートバイが停まっていた。あの日は、たまたまオートバイのミーティングイベントが開催されていた。
 一台のオートバイに目が留まった。鮮やかで美しかった。森の木々を背景にくっきりときれいに見えた。写真を撮りたくなった。近くから、遠くから、右から左から、そのオートバイをジロジロ見ていたのだと思う。振り返ると背の高い男性がすぐ後ろにいた。
「バイク好きなんですか?」と声を掛けてきた。このオートバイの持ち主だった。

 オートバイのことを何も知らない私に、彼はお昼を奢ってくれた。さらに電車に乗り遅れた私を、小出駅まで送ってくれるという。彼は自宅のある長岡市に戻った。クルマに乗り換えてくると思ったら、ヘルメットをもう一つ持ってきた。
 小出駅までという約束だったけど「やっぱり上越新幹線の停まる浦佐駅まで行く」と言ってくれた。生まれて初めてオートバイの後ろに乗った。オートバイを操縦している彼の後ろで風を切っていた。
「動かないで、荷物になったつもりで」と彼は言った。私はその通りにしていた。
 浦佐駅が近づいてくると「高崎駅まで行こうか」と彼が言う。
「だったら熊谷まで」と口にしてしまった私。
 結局、道の駅いりひろせから熊谷駅まで、彼と一緒に移動してきた。オートバイで。二人乗りで。

 オートバイの楽しさを知った私は、その後一年も経たないうちに免許もバイクも手に入れた。そして、婚約者も。

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あれから九年、只見線と私たちの今

 私たちは湖上レストラン鏡ヶ池で、あれから九回目となるお昼を食べ終え、店の外へ出た。雨はすっかり上がって、青空が広がっていた。クシタニコーヒーブレイクミーティングも終了時刻を過ぎたようで、片付けを始めていた。
「入広瀬駅まで歩かないか」
 夫の提案に私は頷いた。東へ向かって並んで歩いた。十分もすればJR只見線の入広瀬駅に着く。到着した駅でポスターを目にした。

《2022年10月1日、約十一年振りに全線運転再開》

 今から十一年前、震災と新潟・福島の豪雨災害の影響で会津若松駅から新潟県魚沼市の小出駅を結ぶこのJR只見線は、路盤や橋梁が流失し、ほとんどの区間で運行ができなくなった。私が初めて入広瀬に訪れたのは、その二年後のことだ。大部分の区間で運行ができていたが、それでもまだ不通区間があった。
 2022年、最後の不通区間が開通し、只見線は十一年振りに全線運転を再開した。つい一週間前のことだ。

 夫の顔を見た。よかったよな、というような笑みを見せた。私もよかったと思った。そして、あなたと出会えてよかった、としみじみ思った。

 道の駅いりひろせまで戻ってきた。オートバイが停めてあるところまで来ると、ヘルメットを被ったり、グローブを嵌めたり、帰宅の準備をする。これから私たちの自宅のある埼玉県まで走って帰るのだ。
「ねえ。初めて会ったとき、二人乗りで熊谷まで乗せてくれたよね」

私は夫に声をかけた。続けて聞いた。
「長岡にヘルメット取りに行ったでしょ。クルマは無かったんだっけ?」
「え?」
「あのときクルマに乗り換えてくるのかな、と思ったから……」
 少し困った表情をして「無かったかも」と小さな声で言うと、夫はシフトを落としてスロットルを捻った。私が何か言う間もなく、夫は道の駅の出口へ向けていってしまった。私もオートバイであとに続く。

 はぐらかされた感じがした。
 でも、それでいい。それがあって今があるのだから。

 あなたは、クルマが無かった。
 私は、白まんま定食を食べたかった。

 そういうことで。

 <おわり> 

出典:『バイク小説短編集 Rider's Story オートバイの集まる場所へ』収録作
著:武田宗徳
出版:オートバイブックス(https://autobikebooks.wixsite.com/story/

【バイク短編小説】あれから九年、あなたとオートバイに出会った入広瀬へ (5枚)

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