小説家を名乗りながら名作と言われる文学を避けてきた著者が、自身に鞭を振るうつもりでバイクツーリングの目的地を地方の文学館と決めて走る。バイク小説家がツーリングと文学の魅力を綴る書き下ろしエッセイ、文学ツーリングシリーズ。

バイク小説家がバイクで行く「目的地を地方の文学館にしてみた」

第1回「中勘助文学記念館」

 静岡市葵区に文学館があることを最近知った。「銀の匙」が代表作の「中勘助」。失礼ながら存じ上げない……。
 彼の本「銀の匙」を購入し、バイクで走る目的地を「中勘助文学記念館」に決めた。

 そのまま向かうのもつまらないので、遠回りして久しぶりに走りたい道を行く。独身の頃、この道は二時間程度で帰って来られるマイツーリングコースの一つだった。静岡県藤枝市の岡部町から朝比奈川に沿って山に入っていき、途中で静岡市へ出て、再び焼津・藤枝へと戻ってくる。距離にしたら50キロくらいだろうか。
 静岡市葵区富沢に出て、藁科川の橋を渡り、その東側を川沿いに下って新東名高速の高架をくぐった先に、その文学館があるようだ。

 国道1号バイパス内谷インターから旧東海道を北上する。右手に岡部宿大旅籠柏屋のあるT字の交差点を左折し県道210号線を走る。そのまま朝比奈川に沿って北上していく。
 やがて右手に「道の駅 玉露の里」が見えてくる。「玉露」とは日本茶の一種で、渋みや苦味が少なくコクのある旨味が特徴の高級日本茶だ。藤枝市岡部町の朝比奈地区は、玉露の日本三大産地の一つだ。数年前に名人がいれてくれた玉露を飲んだことがある。だし汁のような上品なお茶は衝撃的だった。

朝比奈大龍勢

 道の駅には立ち寄らず、少し手前の細い農道を左へ入った。朝比奈川の土手に「朝比奈大龍勢櫓(あさひなおおりゅうせいやぐら)」が立っている。
 朝比奈大龍勢とは手作りのロケットを打ち上げる伝統行事のことを言う。戦国時代に緊急連絡で使用した狼煙(のろし)が起源とされていて、静岡県無形民族文化財に指定されている。目の前のやぐらは、その大龍勢を打ち上げる発射台だ。ロケットの発射台…、なんて子供心くすぐる魅力的な建造物なのだろう。
 少し前にバイクイベントで初めて会った関東のライダーに、静岡県藤枝市から来た、と告げたら「ロケット祭りのところだ!」と言われて驚いたことがある。市内の人間でも知らない人がいるのに。しかも彼は、藤枝市岡部町までこのやぐらを見に行った、と言う。全国で五ヶ所しか見ることのできない珍しい祭りだから、好きな人には地域を問わず知られている、ある意味では有名な場所のようだ。

 ここから小さな峠を越えて静岡市へ向かうのだけど、果たして道は荒れていないだろうかと心配になった。少し前に藤枝市の山奥を走った時、砂利や小枝が散乱していて苦労したことを思い出したからだ。台風も過ぎ去ったばかりだ。
 だけど実際は心配無用だった。日常的に利用されている道路のようで、道は荒れているどころか予想以上にきれいで走りやすかった。

 とは言え、峠を越えた先はカーブの連続する急な下り坂で緊張する。やがて坂が緩やかになって、視界がひらけて民家が見えてくると、毎度のことながらホッと安心する。

 静岡市の県道362号線に出た。藁科川沿いを今度は下流へとバイクを走らせる。視界のひらけた広い道路で、頻繁にバイクとすれ違う。この362号線を自分と逆方向の山へ向かうと、そのうち大井川上流の川根本町に出る。すれ違うバイクたちの行き先を勝手に想像して羨ましくなる。

幼少期の記憶

 中勘助文学記念館は362号線から細い路地へと左折して200メートルほど行った先にあった。彼が実際に住んでいた旧前田邸が文学記念館となっている。お寺の手前にある日本家屋がその文学館のようで、まわりの景色と合わせてとても良い雰囲気だ。

 東京は神田生まれの中勘助が静岡に住んでいたのは昭和十八年から二十三年までの五年間だ。きっかけは静養で、その後戦争で疎開してきた家族らと共に過ごしていた。
 代表作の「銀の匙」は大学の先生だった夏目漱石の推薦により大正二年に新聞で連載されたものだ。
 大正初期の小説だから、慣れない言葉遣いに読みづらさはあるものの、まったく読めないわけでもなかった。これはエッセイのような自伝小説だ。日常を描いた物語。当時なぜこれが受け入れられたのだろう。きれいな言葉選びと共感を得る繊細な描写だと自分は思った。

 彼の作品を読んで、僕が幼児だった頃の大泣きしたときの気持ちを、そうだったよな、と思い返していた。

 叱られたか何かで大泣きして、泣き止ませようと機嫌を取ろうとする大人たちに、そうじゃない、とまた泣いて、そのうち一人部屋の隅でおもちゃを広げていたら泣きやむのだけど、泣き止んだ、と隣の部屋から聞こえてきて、悔しくてまた泣いて…。
 そんな幼少の頃の記憶が甦る。すっかり忘れていた子供の頃の感情、気持ちが揺れ動く様を思い起こさせてくれる。気持ちが素直だったこと。感情に正直に泣いたり笑ったりしていたこと。
 それは昔が良かったと懐かしんでいることとは違う。自分の気持ちを正直に表現するということは、大人になった今でも持ち合わせていた方が良い、大切なことではないかと思うのだ。

 中勘助は永住も検討したほど静岡のこの地を気に入ったそうで、帰京したあとも何度か訪れている。服織中学校の校歌の作詞を手掛けたり、文学碑の建立など、服織の地元の人たちとの交流はその後も続いたという。

いい大人を子供にするバイク

 門の掃き掃除をしている館主に見守られながら、僕は砂利敷きの駐車場に停めていたSV650Xをゆっくり移動させた。
 エンジンに火を入れて、静かに走り出す。僕とSVは中勘助文学記念館をあとにした。

 バイクで風を切って走っているのに、強い日差しと上昇してきた気温で額から流れ出る汗がとまらない。辛いし苦しいけど、何故かそれが楽しい。
 オートバイに乗ると子供になってしまう。理由無く楽しい。理屈で説明できない楽しさ。それはまるで、大人には理解できない子供の遊びのようだ。

 バイクは、いい大人のライダーを子供にしてしまう。

 それは悪いことでは無い。

 エンジョイバイク
 オートバイを楽しもう 

 <おわり>

出版:オートバイブックス(https://autobikebooks.wixsite.com/story/

【オートバイエッセイ】バイク小説家がバイクで行く「ツーリングの目的地を地方の文学館にしてみた」第1回中勘助文学記念館 (6枚)

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