
オートバイと関わることで生まれる、せつなくも熱いドラマ
バイク雑誌やウェブメディアなど様々な媒体でバイク小説を掲載する執筆家武田宗徳による、どこにでもいる一人のライダーの物語。
Webikeにて販売中の書籍・短編集より、その収録作の一部をWebikeプラスで掲載していく。
マスターのスクーター
喫茶店止まり木
その喫茶店を知ったのは、バイクの免許を取る前、先輩と再会したあとのことだ。
高校を卒業し、会社員として働き始めて三年ほど経った頃、仕事の関係で偶然、高校時代の先輩に再会した。先輩はバイクに乗っていた。仲が良かった人で、彼が時々行っていた喫茶店が《止まり木》だった。
バイク乗りが集まると聞いた。
もちろん、マスターもそうだと。
ここに一人で来るようになって一年が過ぎた。二輪の普通免許をとって二年が経過し、僕は二十三歳になっていた。
その日は初めて《止まり木》のカウンターに腰を掛けた。
マスターは五十代だろうか。『ライダーは若い』と言われるから、実はもう六十代かもしれない。湯気の立っているホットコーヒーの入ったカップを、マスターはカウンター越しに僕の前に置いた。そのタイミングで初めて声を掛けた。
「マスターは今、何に乗っているんですか?」
「ん、トヨタの.……」
「違います、バイクは……」
「あー、……乗っていません」
ライダーズカフェではありませんよ
期待はずれの返答に、僕は固まってしまった。いや、期待はずれ、なんてものでは収まらなかった。とてもがっかりしていた。
先輩からは、色々聞いていた。峠を大型バイクで攻めていたこと。レースに出場して、いい成績を残したこと。北海道や九州へ野宿旅をしていたこと……。
それなのに……。
「あ、スクーターなら時々乗ります」
もう耳を塞ぎたくなった。
「ここはライダーズカフェじゃないんですか」
口にした途端『しまった』と思った。失礼なことを言ってしまったかもしれない。
「違いますよ。どこにもそんなこと書いていませんよ」
僕はさりげなくメニューの表紙を見た。ショップカードも見た。確かに《ライダーズカフェ》とは書かれていない。
お店を後にして外に出た。お店の看板にも《ライダーズカフェ》の文字は、見当たらなかった。
お店の脇に黒いスクーターが停まっていた。小さいから原付なのだろう。僕はニンジャ250に跨り、帰路に着いた。
クラッチがあってギヤチェンジするスクーター
「ベスパだろう?」
僕は先輩と十里木高原の駐車場にいた。久しぶりに会ったので、二台でツーリングに行こう、となったのだ。バイクを降りると、僕は先輩に先日のことを話していた。
「ベスパ?」
「イタリアのスクーターだよ。あれはET3だ」
「……?」
「古いベスパで125ccだ」
「そうなんですか! てっきり50ccかと……」
「クラッチがあって、ギヤチェンジする」
「え⁉︎」
「ハンドチェンジだ。フットブレーキもある」
「スクーターが、そんな……」
「ベスパにしかない操作なんだ。一般のオートマのスクーターよりも自分で操っている感覚があるはずだ」
「何で? マスターバイクに乗っていないって」
「照れ臭かったんだろ、マスターらしいや」
「僕はもう本当に、がっかりして……」
「マスター、本当はベスパのこと話したいはずなんだ」
「だったら! もっと自慢して話してくれたら良かったのに」
「自分のバイクのこと、熱く語る年でもないのさ」
そういうもんかな……。
目の前に広がる、ススキで覆われた十里木高原を見ていた。
「……そういえば、止まり木はライダーズカフェじゃない、って」
「そうだよ。普通の喫茶店に、勝手にバイク乗りが集まっちまったんだ」
「勝手に?」
「そうだ」
「……」
「だからバイク乗りなんだよ、マスターは」
マスターは、僕の想像していたバイクには乗っていなかったけど…、
止まり木は、ライダーズカフェじゃない、って言っていたけど、
自分はバイクに乗っていない、なんて言っていたけど……、
止まり木には、変わらずバイク乗りが集まっていて、
マスターは、バイク乗りだった。
<おわり>
出典:『バイク小説短編集 Rider's Story アクセルはゆるめない』収録作
著:武田宗徳
出版:オートバイブックス(https://autobikebooks.wixsite.com/story/)
この記事にいいねする