〜オートバイは、たくさんのことを教えてくれました〜
バイク小説を二十年以上に渡り書き続けてきた著者が、オートバイに教えてもらったことをエッセイというスタイルで綴る。二輪誌で三年半ほど連載していたオートバイエッセイをまとめた著書「Rider's Story オートバイが教えてくれた」より、一部を掲載。
スーパーカブが教えてくれた「まわりに合わせない」
オートバイを手放した
二十年以上所有していた中排気量のオートバイを、訳あって手放した。学生時代に二輪の免許を取得して二十年以上が経った現在まで、私のそばにはいつもオートバイがあった。だからオートバイを所有していない状態になるのは初めてのことだった。手放したくなかったけど色々な事情が重なって手放すことになってしまった。
何か回避できない事情で好きなバイクを手放さざるを得ない状況になるということは、時々あることなのかもしれない。
しかし私は「バイク乗りを休憩している」と思っている。バイクをやめたつもりも、降りたつもりもなかった。
幸運なことに、少し前に転勤で海外へ赴任していった弟が「時々乗って欲しい」と言って《スーパーカブ》を置いていってくれた。
排気量は50ccと小さなエンジンだけど、これも立派なバイク。晴れ渡った空の下、視界のひらけた大きな川の土手沿いを走ったりすると楽しかった。
50ccのスーパーカブ
街へ行くときはひとつ峠を越えなければならない。トンネルが貫通しているバイパスを50ccのバイクで走り抜けるのは危険だと思った。
山を越える峠道をスーパーカブで登っていく。右に左にカーブが連続した登り坂を走っていると、時々うしろからクルマが追い抜かしていく。そのたびにアクセルをさらに開けて、もっとスピードを出そうとするのだが、まあ頑張ったところでたかが知れている。肩に力を入れてアクセルをグッとひねって走り続けていても、いつの間にかクルマがうしろについていて、そうして追い越されることになる。
それは、わかっているのに…。
そんな風にしばらく走っていたのだが、途中で私の肩の力が、フッと抜けた。アクセルをひねっていた右手の力も、スッと抜けた。カブのスピードは落ちていった。制限速度か、それを下回るくらいのスピードを行ったり来たりするようになった。
気持ちが変わった。何か開き直った感じになった。
『私が乗っているのは排気量が50ccのスーパーカブではないか。それなのに何故、まわりのクルマと同じスピードで走ろうとしていたのだろう。明らかに排気量が違うクルマと同じ速さで走るなんて、できっこないのに』
スーパーカブが教えてくれた
スーパーカブで走っている私のうしろに、クルマが近づいてきた。私はスピードを落としてクルマを前へ行かせた。追い越していったクルマは前方の遠くへ向かって姿を小さくしていき、やがて下りの右カーブに消えていった。
私はスーパーカブ。自分のペースで街へ行く。時間はかかるかもしれない。だけどそのうち、確実に街へたどり着ける。
まわりに合わせない。自分のペースで前に進めばいい。
街へ向かう峠道で、ホンダスーパーカブが教えてくれた。
おわり
出典:『オートバイエッセイ集 Rider's Story オートバイが教えてくれた』収録作
著:武田宗徳
出版:オートバイブックス(https://autobikebooks.wixsite.com/story/)
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