バイク乗りは陸地の先端が好きだ。岬や半島、最北端や最南端。何があるわけでもない単なる陸地の先端へと、ライダーは今日もバイクを走らせる。そんな岬の先に必ずあるのが灯台だ。バイク小説家がバイクで巡るロマンと哀愁ただよう書き下ろしエッセイ、灯台シリーズ第1回、静岡県静岡市《三保(清水)灯台》。

灯台よ、いくべき道を照らしておくれ①三保(清水)灯台

小説に登場させておきながら行ったことがなかった

 以前、犬吠埼から御前崎まで、灯台から灯台へとオートバイで移動しながら南下していく物語を書いたことがある。小説の中で、主人公の男が昔のことを回想するシーンがある。そのシーンで主人公のことを、僕は『旧清水市三保半島の先の東側に三保灯台という灯台がある。灯台のそばの防波堤に腰をかけて太平洋をみていた』とだけ、書いている。

 実は三保灯台に行ったことがない。行ったことのない場所をインターネットの情報だけで書くというのは、物書きとしても自分としてもあまりよろしくないと考える。だいたい三保は、行こうと思えばいつでも行ける距離にある。書き上げてから六年が経過してしまったけど、今更ながら現地を確かめるために、三保灯台へ行くことにした。


 

灯台のある場所としては他と違う三保半島

 三保半島といえば自分が中学生のとき、小学生の弟と二人で自転車で往復した思い出がある。藤枝市の自宅から三保半島先端まで35〜40キロメートルくらいだろうか。当時、三保にユースホステルがあって、子供二人だけで泊まって帰ってきた。相部屋になったライダーのお兄さんたちに仲良くしてもらった記憶がある。富士山世界文化遺産の《三保の松原》をはじめ、水族館・博物館などもあり、三保は自分にとって身近な観光地という印象がある。
 とても暑い日だったので早朝4時ごろに出発した。150号線、日本坂トンネルを抜け、太平洋を右手に久能海岸を東へ向かう。三保半島入り口を右折する。三保のユースがあったはずの場所の近くを通り過ぎたけど、もうどこにあったのか分からなかった。
 灯台のある岬や半島の先端までの道のりというのは、畑だけが広がる何もない田舎道、というイメージがある。今まで訪れたことのある御前埼灯台や伊良湖岬灯台、犬吠埼灯台もそうだった。
 だけど《三保灯台》は違った。半島内には大きな工場と学校がいくつもあり、残りのほとんどは住宅で埋まっているという印象だ。畑が広がっているような田舎道は、この半島には無かった。

美しく立派な八角柱灯台

 朝5時少し過ぎた頃に到着した。
 清水三保海浜公園の駐車場の奥まで入っていくと、それは見えてきた。

 白い八角柱の立派な灯台。正式名称は《清水灯台》。日本初の鉄筋コンクリート造灯台で、国の重要文化財に指定されている。海上保安庁のAランク保存灯台にも選ばれていて、今でも建設当時の姿をそのまま残している。
 日の出の時刻を過ぎたばかりで、灯台が光を放っているのがしっかり見える。

 灯台のてっぺんに風見鶏がある。この灯台の風見鶏は、三保の松原の羽衣伝説にちなんで羽衣の天女だ。
 

三保の松原の昔話《羽衣伝説》

 羽衣伝説は三保の松原に伝わる昔話だ。これをもとにした世阿弥の能に《羽衣》という演目がある。
 その昔、三保の漁師が松の枝に美しい衣がかかっているのを見つける。持って帰ろうとすると天女が現れ「それがないと天に帰れない、返してほしい」と言う。それでも持ち帰ろうとする漁師に天女は懇願すると「天女の舞を見せてくれたら」と漁師が言う。舞を見せるには羽衣を着る必要がある。漁師は「羽衣を渡したら舞を見せないまま天に帰ってしまうのではないか」と疑う。そのあとの天女のセリフが刺さる。
「いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを(疑うことは人間だけにある行為です、天界にはないものです)」
 これに感動した漁師が羽衣を天女に手渡すと、それをまとった天女は美しい舞をひとしきり披露し、さらには春の三保の松原を賛美しながら舞い続ける。

 疑うこと。嘘をつくこと。これは地球上の生き物の中で人間だけの行為かもしれない。

 すぐに確認しなければ、と思った。六年前に書いた小説の三保灯台の描写を。

 灯台のそばには確かに防波堤があった。そこに腰もかけられるし、そこから太平洋も見える。結果的にではあるが、小説の描写では嘘は書いていないことになった。だけど天女に謝りたい気持ちになった。

 嘘はつきたくないし、つかれたくもない。
 人を疑いたくないし、誰かに疑われたくもない。

 だけどそれは難しい。永遠に解決しそうもない人間の本質を、まさか三保灯台に訪れることで気付かされるとは、思ってもいなかった。解決なんてできないけど、伝えることならできる。自分のできることをやっていく。

 ありがとう、三保灯台。


 
著:武田宗徳
出版:オートバイブックス(https://autobikebooks.wixsite.com/story/

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