
オートバイと関わることで生まれる、せつなくも熱いドラマ
バイク雑誌やウェブメディアなど様々な媒体でバイク小説を掲載する執筆家武田宗徳による、どこにでもいる一人のライダーの物語。
Webikeにて販売中の書籍・短編集より、その収録作の一部をWebikeプラスで掲載していく。
記憶を辿るショートトリップ(ネオパーサ清水ぷらっとパーク/静岡市清水区)
十五年前の仕事仲間
出張で東京に来ていた。新年を迎えて数週間が経った頃だった。
朝九時までに東京本社に行かなければならず、薄暗いうちから新幹線に乗った。静岡駅のホームでも風が冷たいと感じたが、東京の風は、陽が昇ってしばらく経っているというのに、もっと冷たく感じた。
勤めている会社で、あるメーカーの新製品の部品を受注した。今日はその量産に向けた打ち合わせをするため、本社の営業に呼ばれていた。自分は静岡工場の製造責任者で、今日はその新規部品の製造に使う刃型をどういう形状にするか、刃型屋と打ち合わせすることになっていた。
本社のミーティングルームに入ってきた刃型屋を見て驚いた。今から十五年前まで一緒に働いていた仕事仲間だった。向こうも同じように驚いていた。
午前中の打ち合わせを早めに切り上げて、二人で昼食を取りに外へ出た。
「久しぶり、桑名君。元気そうだね」
私は歩道を歩きながら、体の大きい彼に声をかけた。
「はい、十五年ぶりです」
彼の表情に笑顔が戻っていた。私たちは、歩いて数分の場所にあるカツ丼が美味しいと評判の食堂に入った。桑名は「二杯食べるんだ」と息巻いていた。彼は私の五歳年下だった
。
「桑名くん、いま刃型屋にいるんだ」
「はい、貧乏暇なしですよ。高田さんは静岡の部品工場?」
「うん、小さな会社だけどね。東京に住んでるの?」
私が聞くと彼は、
「はい。まあ、正確には埼玉県ですけどね。子供三人いますよ」
と苦笑いを浮かべた。
私たちが働いていたオートバイ用品店は今はもう無い。
でも、あの数年間はとても楽しかった。みんなオートバイに乗っていて、定休日にはみんなでツーリングに行った。昼には解散するショートツーリングで、行き先はいつも御前埼灯台だった。
「クシタニコーヒーブレイクミーティングって知ってます?」
テーブルを挟んで目の前にいる桑名に聞かれ、私は首を傾げた。
「コーヒー飲むだけのバイクのミーティングイベントなんですけどね。十月にネオパーサ清水でやってたんですよ」
「新東名高速のサービスエリアか」
「はい。たまたまその日、家族とそこにいて。そうしたら小山さんがいたんですよ!」
「へー!」
懐かしい。小山さんも当時の仕事仲間で僕らの先輩だ。
「バイクで来てたの?」
「はいGPZでした。相変わらず」
まだ乗ってるのか……。
「今年の十月、みんなで集まれないですかね。ネオパーサ清水に」
桑名が言う。
「いや、でも俺、誰の連絡先も知らないよ」
「西形さんが清水のバイクショップで整備士をやってるって小山さんから聞きました」
じっと私を見て彼が言う。
「沢野さんはケミカルメーカーの営業マンです。西形さんのお店にも出入りしているみたいです」
西形さんも沢野さんもお世話になった先輩だ。チェーンのメンテナンスやオイル交換の仕方を教えてもらった。
「高田さん。西形さんのいるショップに行ってもらえませんか」
真剣な顔つきで桑名が言う。
「西形さんから、あと寺田さんとか牧野や石井にも連絡が取れるかもしれません」
私は桑名の目を見た。
「僕もできることはしますから」
桑名が何故こんなにも真剣なのか、この時はわかっていなかった。
再会の日
2023年10月28日 土曜日
寝坊した。
月末の金曜は決まって仕事が忙しく、昨晩は帰宅が遅くなった。それでも早めに布団に入ったのに寝付けなかった。ハッと気づいて時計を見ると、あと十分で七時になる時間だった。八時に集合と聞いていたから、私は五〇キロもない距離を高速道路を使ってカワサキエストレヤを走らせた。
ネオパーサ清水に到着したのは八時を少し過ぎていた。
ZuttoRide x クシタニコーヒーブレイクミーティングの会場《ぷらっとパーク》とは、どこにあるのだろう。案内表示を見ると、どうやら下道から来たお客が停める専用の駐車場で、サービスエリアからは乗り入れできないようだ。
サービスエリアにバイクを停めたまま、歩いて《ぷらっとパーク》へ向かった。売店や飲食ブースのある施設を通り抜け、屋外へ出た。視界がひらけた。目の前の小高い山には、所々紅葉が見られた。すがすがしい空気と眩しい日差しで気持ちがいい。たくさんのバイクが並んでいた。ライダーたちは皆、クシタニコーヒーのカップを片手に楽しそうだ。
みんな、どこにいるのだろう。
桑名も西形さんの姿も見つけられない。
今年の年明けに桑名と出会って、私は彼に言われた通り清水のバイクショップに行った。西形さんと会うことができて話をした。私がしたのはそこまでだった。どのように連絡が行き渡って、誰が来るのかもわからないまま、八時集合と聞いて、今日ここに来た。
視線の先にV-MAXが見えた。桑名のオートバイも、確かあれだった。隣には青色と赤色のGPZ900Rが並んでいる。その隣にセロー、RMX、CRMに、BIG1と続く。どれも見覚えのあるオートバイばかりだった。
桑名と、小山さんの……そして沢野さんの、西形さん、寺田さん、牧野、石井のバイクじゃないのか? きっとそうに違いない。誰のバイクか全部わかる。
だって十五年前と変わっていないのだから。
「おーい、高田くん」
呼ばれて振り返ると、クシタニコーヒーのカップを手にしている昔の仕事仲間たちが、全員そろってそこにいた。
確かめたくて
私は、昔の商店が残る山中の街道を南へ下っていた。52号線から1号線に入り、しばらく西へ走ってから、清水港に向かって左へ降りる。そのまま南西へ向かって走り続けた。清水港のあたりを過ぎ、三保半島の入口も通り過ぎると、左側に太平洋が見えてくる 私は、駿河湾を左に久能海岸を走っていた。
みんなとは九時過ぎに別れた。
コーヒーを飲みながら、お互いの近況を聞き合ったり馬鹿話をしたりして、小一時間を過ごした。やがて、西形さんは仕事があるからと、桑名は家族との約束があるからと言って、そのまま解散となった。他のみんなもゆっくりしていられる時間は無いのだろう。
十五年という月日はそれぞれに新たな責任を与え、さらに大人にさせていた。
別れ際、桑名が私にだけこう言った。 「バイクを手放します」と。
150号線を南へ向かって走っていた。安倍川を渡り、日本坂トンネルを抜けた。何かを確かめたくて、私はオートバイで走り続けていた。
後ろからオートバイの排気音が近づいてきている。私の乗る250ccの単気筒の排気音とは違う、四気筒の大型バイクだ。一台ではない。
ゆっくりと私の右横に並び、そしてじわじわと追い抜いていく。青色のGPZ900R、そして赤色のGPZが続く。ミラーを見ると、後ろにRMX、CRM、BIG1、と続いている。
私たち六台は一つの塊となって、記憶を辿って走っていた。
昼前には到着するはずの、県最南端の岬にある灯台に向かっていた。
おわり
出典:『バイク小説短編集 Rider's Story オートバイの集まる場所へ』収録作
著:武田宗徳
出版:オートバイブックス(https://autobikebook.thebase.in/)
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