
-オートバイは、たくさんのことを教えてくれました-
バイク小説を二十年以上に渡り書き続けてきた著者が、オートバイに教えてもらったことをエッセイというスタイルで綴る。
二輪誌で三年半ほど連載していたオートバイエッセイをまとめた著書「Rider's Story オートバイが教えてくれた」より、一部を掲載。
灯台
目的地はどこでもいい
オートバイは、乗り手を目的地まで短時間で運んでくれる便利な乗り物である。同時に目的地までの移動自体を楽しませてくれる乗り物だ。ライダーがオートバイに乗る理由は、ほとんどが後者の方ではないだろうか。
だからツーリングの目的地は、特にソロで走る場合は大した場所でなくていい。無名の湖や渓谷はもちろん、ラーメン屋やカレー屋を目指したっていいし、缶コーヒーの飲める自販機が一台あるだけでもいい。
楽しい事は目的地で起こるのではなく、そこに到着するまでの移動中に起こるのだから。
でもやっぱり、せっかくだからそれなりの場所を選びたい。そんなツーリングの目的地として多くのライダーに選ばれるのが陸地の先端、岬だ。日本最北端といえば北海道稚内市にある宗谷岬だ。ライダーにとって有名すぎる場所である。本州最南端が和歌山県にあるというのも一般人よりライダーの方が知っているかもしれない。ちなみに僕の住む静岡県の最南端は、遠州灘の端にある御前崎だ。伊豆半島の南端、石廊崎ではない。
そんな陸地の先端に行くと、必ず目にする大きな建造物がある。
灯台だ。
その光で迷っている者を導いてくれる
以前、オートバイで千葉県銚子市の犬吠埼から御前崎まで灯台を順番に巡りながら南下していく、という物語を書いたことがある。灯台を意識していたから、出掛ける用事があるとついでにその近くにある灯台へも行った。 観音埼灯台(神奈川県横須賀市)
青い海と白い灯台。見映えに関しては何も言うことは無い。灯台の役割は光を照らして海上の船舶に位置を知らせること。向かう道を照らす光。その光で迷っている者を導いてくれる。
書きたかった物語のモチーフとしてぴったりだった。私はすっかり灯台の虜になってしまって、物語を書き終えた今も大好きな建造物のままでいる。海沿いを走っていて知らない灯台を見かけたりすると気持ちは上がってしまう。
灯台のことを調べて知ったことがある。昨今、GPSの普及で役目を終えた灯台が全国に数多くあるという。取り壊されてしまった灯台もあるそうだ。確かにGPSがあれば、灯台の光を確認するより、よっぽど確実に船の位置がわかるだろう。耐震強度の基準をクリアできていない灯台も数多くあるそうだ。残念だが、今となっては不要なモノとなってしまったらしい。今後、ますます廃止や撤去の流れが進んでしまうかもしれない。
だけど船乗りの中には『GPSを確認するために視線を落としてモニターを見るよりも、前方を見ながら確認できる灯台の方が安全だ』と言う方もいるそうだ。なんだかクルマのバックモニターと似ている。ちなみに僕は、窓から首を出す派だ。船舶の世界でも、アナログの良さ、という考えが存在している。
灯台という建物は、その見た目だけで未来に残す価値は十分あると思ってしまう。役目を終えても場所によっては観光資源として成り立つような気がする。 気持ちよく晴れ渡った夏の日、太平洋を横目に、この半島の先端にある岬を目指してオートバイを走らせている。岬に到着して、ここにあったはずの灯台が跡形もなく消えて無くなっていたら……。想像するだけで悲しくなってしまう。
岬と灯台はセット。灯台は人工建造物であるのに、決して風景の邪魔をしない。岬と灯台という組み合わせは、自然風景として違和感なく成り立っている。
灯台の魅力を、ひと言でうまく言い表せない。それはオートバイの楽しさを一言で表せないことと似ている。ロマンや哀愁の漂うような雰囲気が灯台にもある。
日も暮れて人影が少なくなった岬の先端で、一人黙って海を見守っている灯台。そのポツンと佇んでいる姿が遠くから僕の視界に入ったとき、何故だか胸をキュッと締め付けられた。
ほんの少しでもいい。
遠い未来にも灯台のある岬が残っていて欲しい。
出典:『オートバイエッセイ集 Rider's Story オートバイが教えてくれた』収録作
著:武田宗徳
出版:オートバイブックス(https://autobikebook.thebase.in/)
この記事にいいねする