オートバイと関わることで生まれる、せつなくも熱いドラマ
バイク雑誌やウェブメディアなど様々な媒体でバイク小説を掲載する執筆家武田宗徳による、どこにでもいる一人のライダーの物語。
Webikeにて販売中の書籍・短編集より、その収録作の一部をWebikeプラスで掲載していく。

最高の贈り物

娘の代わりに

「え!?」
 夫の裏返った声がリビングから聞こえてきた。高校二年の娘が、夫に向かって何か言っている。洗面所にいる私に聞こえてきた。
「だから、急に部活が入っちゃったんだって」
 今日、夫は娘と二人でタンデムツーリングする予定だった。一ヶ月前から計画していた日帰りツーリングで、確か昼食もどこだか、こだわりのレストランを予約していたはずだ。
「部活か……。参ったな」
 夫は筋金入りの体育会系で、大学時代には柔道で全国大会にまで出場していた。娘の部活動であるバレーボールも、よほどのことでない限り休ませない。
「レギュラーになるには休む訳にはいかないんだって」
 娘はそう言っているが、そういえば、と私は思った。同じ部活で同級生のアヤちゃんは確か今日、家族でディズニーランドへ行くって言っていたような気がする。
「そうだな。部活は休むわけにはいかない。しょうがないか」
 私が代わりに行こうか、なんて口が裂けても言い出せない。行きたいのは山々だが、おばさんとタンデムなんか出来るか、と夫が言うのは目に見えている。私は、子供が生まれてから、一度も夫のオートバイの後ろに乗っていない。もう一度、乗ってみたい。夫の大きな背中にしがみついて、一緒にいろんなところへ行ってみたい。
そんな私の気持ちなんか、夫は知る由もないのだろうな。
「お母さんと行ってくれば」
 娘のセリフを聞いて、私は心臓が飛び出しそうになった。夫は何て言うだろう。じっと、洗面所で耳を澄ます。娘は続けた。
「ランチも予約しているんでしょう?」
「母さんとか……」
「ツーリング、楽しみにしていたんでしょ。中止することないよ」
「う……ん」
「たまにはいいじゃない。意外と楽しいかもよ」
「そうだな」
「じゃ、決まりね」
 娘がリビングから出てきて廊下を通ってこちらへ向かってくる。洗面所の前で挙動不審な私と目が合うと、小さなウインクを見せて、階段を勢いよく上っていった。なんだろうとしばらく考えてから、私はハッとして思い出した。以前、実は夫と二人乗りしたいんだ、と娘に言ったことがあったのだ。
あの子ったら……。
 夫が「おーい、母さん」と呼んでいる。私は何も聞いていないような顔をしてリビングに入っていった。

これからは、

 私は夫の後ろで風を切っている。黙ったままの夫の腰にしがみついて海沿いの道路を走っている。沼津を過ぎて、もう伊豆半島に入っただろうか。右側には太陽に照らされてきらきら光っている海が広がり、その向こうには富士山がかろうじて見えた。
 夫は無言でオートバイを右に左に傾けている。どう思っているのだろう。私と二人乗りして楽しいのか、楽しくないのか。うれしいのか、うれしくないのか。結婚二十年になろうとしているのに、何故今更、夫にどきどきびくびくしなければならないのだ。今日のこの心境はまるで独身時代のようだ。
 海沿いの展望台のような場所に到着した。「出逢い岬」と看板にある。

 オートバイを降りて海の見える場所に二人で移動した。小さな漁港を、小さな岬が囲んでいる。その内側にはたくさんの漁船が見えた。
 しばらく無言のまま、二人で景色を眺めていた。ようやく夫が口を開いた。
「なあ。オートバイ、どうだ。楽しいか」
 オートバイであなたと二人で出掛けられたことが楽しいのに。
「楽しいよ」
「そうか。中年夫婦で仲良く二人乗りなんて、恥ずかしくないか」
「ぜ、全然恥ずかしくないよ」
「そうか。だったら、もっと前からお前とタンデムツーリングしていれば良かったな」
 どういうことだろう。
「お前に、恥ずかしくて嫌だ、と断られると思って、いつも娘を誘っていたんだ」
「え!?」
 私は、あなたの方が恥ずかしがると思っていたのに。

「これからは、お前と一緒にツーリング行こうかな」
 お互い素直じゃない。もっと早くから気づくべきだった。もっと早くから二人乗りしたいと素直に言うべきだった。私は舞い上がって、夫に言った。
「いろんなところ行こうよ。二人乗りでいろんなところへ行って、二人でおいしいもの食べてさ」
「ははは。いいねえ。二人でオートバイを楽しもうか」
 夫はくるりと向きを変えてオートバイの方へ向かって歩き出した。
「もうすぐお昼だ。予約の時間に遅れないようにしないと」
 私も夫の後ろについて歩いた。ランチか。二人きりの外での食事も久しぶりだ。

 私たちは走り出した。夫は右折する時にふざけて必要以上にオートバイを倒しこんだ。「きゃあ」と私は夫にしがみつく。夫は「はは」と笑っていた。初夏のさわやかな風を感じながら、ゆるやかな下りの左カーブを抜けていく。

 今日は最高に嬉しい日。
 娘よ。最高の贈り物をありがとう。

 <おわり>

出典:『バイク小説短編集 Rider's Story つかの間の自由を求めて』収録作
著:武田宗徳
出版:オートバイブックス(https://autobikebooks.wixsite.com/story

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