→RMX250Sでの「インドシナ一周」(2)

【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

奇跡が起きた!

ラオスからベトナムに入れず、いったん日本に帰り、RMX250Sはスズキ・ラオスであずかってもらった。東京のベトナム大使館に何度となく足を運び、陸路でのベトナム入国を申請したが、許可は下りなかった。

1993年4月4日、ラオスの首都ビエンチャンに戻ると、「これが最後の勝負!」という気持ちで、ベトナム航空に行った。ベトナム航空は週2便、ビエンチャンとハノイの間を飛んでいる。
「あのー、ハノイまで、バイクを運んでもらえないでしょうか?」と聞くと、なんとベトナム航空はOKしてくれた。信じられないような思いで、4月8日、ハノイに飛んだ。

ハノイのノイバイ空港までは1時間の飛行。イミグレーションでの入国手続きを終え、税関に行くと、すぐに言われた。
「ベトナムへのバイクの持ち込みは認められない」と。
だがそのあと、英語を話す税関の職員がやってきて、「バイクの持ち込みには、税関本部からの許可証が必要だ」と言う。ぼくはその言葉を聞いて、「よーし、何日かけてでも、その許可証を取ってやる!」と心に決めた。

そして、奇跡が起きた。
「今、ノイバイ空港の税関長と連絡がついた。税関長が来るまでここで待っていなさい」 しばらく待つと、背広にネクタイという格好の税関長がやってきた。
ノイバイ空港の税関長は、「話は聞いた。これはまったくの特例だが、30日間に限って、キミのバイクのベトナムへの持ち込みを許可する。その間、キミはベトナムのどこへでも行ける」と言った。
ノイバイ空港の税関長のその一言で、RMX250Sでベトナムに入国できた。

▲ハノイ中心街のデパート前を出発

▲ハノイの雑踏を走り抜けていく

ベトナムの首都ハノイから北へ。ラオス国境に近いディエンビエンフーに行く。ここはまさに世界史の舞台。ベトナム全土を支配していたフランス軍は1954年5月、55日間に及ぶディエンビエンフーでのベトミン軍(ベトナム人民軍)との戦闘で破れ、5000人以上もの死傷者を出して撤退。ベトナム人は自らの手によって、独立を勝ち取った。

▲ホン川を渡ってベトナム北部をまわる

▲学校帰りの子供たち

▲山地民の若い女性

▲ディエンビエンフーにやってきた

▲ディエンビエンフーで見たフランス軍の戦車

ディエンビエンフーは盆地の町。まわりを山々に取り囲まれた盆地内の水田は青々としていた。山形県の米沢盆地を思わせるような風景。戦車などの残骸が残る戦場跡を見てまわったあと、ラオス国境のタイチャン峠に向かう。ラオス側から行って、どうしても越えられなかったあの国境の峠だ。
タイチャン峠に着くと、残念なが国境警備隊長のタインさんは休暇中でいなかったが、ほかの隊員たちは口々に、「カスリ(カソリのこと)、カスリ!」といって再会を喜んでくれた。

▲タイチャン峠のベトナム国境警備隊の面々

ベトナム縦断

北部ベトナムからハノイに戻ると、4月20日、南部のホーチミン(サイゴン)に向けて出発した。国道1号を南へ。「ベトナム縦断」の開始だ。
国道1号の両側には広々とした水田が広がる。水路に小舟を浮かべて男たちが魚を釣っている。通り過ぎていく町々では、キリスト教の教会が目についた。

▲ハノイ駅前を出発し、ベトナム縦断を開始

▲国道1号の両側には水田地帯が広がる

▲通り過ぎる町々ではキリスト教の教会を見る

サムソンという海辺の町に着くと、夕暮れのビーチを走った。それを見て、「オレも、オレも…」と集まってきた人たちをRMX250Sのリアに乗せて走った。ひと晩、ここのゲストハウスに泊まったが、南シナ海は月明かりに揺れていた。

▲南シナ海の砂浜を走る

国道1号をさらに南へ。北部ベトナムから中部ベトナムに入ると気候が変わる。北部では雨期に入っていたが、中部ではまだ乾期。強烈な日射しが照りつけ、国道のアスファルトは溶けて柔らかくなっていた。
誰もいない南シナ海の砂浜にRMX250Sを止め、砂浜を歩くとキュキュッと砂が鳴る。鳴き砂だ。そんな砂浜でブーツを脱ぎ、ウエアを脱ぎ、海に飛び込んだ。青い空、青い海、白い砂浜、う~ん、たまらん!

ベトナムを南北2つの国に分断した北緯17度線を越える。北緯17度線を流れるベンハイ川にかかる橋を渡ったときは感動の瞬間。ベトナムの北緯17度線は、朝鮮半島の北緯38度線と同じで、かつては絶対に越えることのできない線だった。
、ベトナムの古都フエに着くと、ベトナムを統一したグエン王朝の王宮跡を見る。宮殿はガラーンとした広さで、王座の金箔の椅子だけがポツンと置かれてあった。

▲北緯17度線のモニュメント。ベンハイ川が見える

▲古都フヘのグエン王朝の王宮前に立つ

古都フエからさらに国道1号を南へと走り、ハイバン峠を越える。連続する急カーブのコーナーを曲がり、高度を上げると雲海の中に突入。ハイバン峠はベトナムを南北に分ける要衝の地だが、ベトナム語でハイバン峠の「ハイ」は海、「バン」は雲を意味するという。「海雲峠」の名前どおりで、南シナ海から吹き上げてくる海霧で視界は悪かった。

▲国道1号のハイバン峠。峠は海霧に覆われている

国道1号をさらに南へ。ホーチミンを目指して走る。ベトナム中部から南部にかけての海岸では、『一寸法師』の物語に出てくるような「お碗の舟に箸の櫂」にそっくりな舟を見た。竹で編んだ円形の舟で、表面には防水のため、柿渋のようなものが塗られている。
そのお碗の舟を見た時、『一寸法師』はベトナムから伝わった物語ではないかと思ったりしたが、ベトナムと日本は近い。ベトナム人と日本人の顔つきは似ているし、お互いに働き者だし、気持ちの通じ合うところも多い。
おまけにベトナム人は親日家。ぼくが日本人だとわかると、「ニャット、ニャット(日本人)」といって、うれしそうな顔を見せてくれるのだった。

▲ベトナム南部の漁村では円形の「お椀の舟」を見る

▲ベトナム南部の漁村での塩づくり。これは塩釜

▲町の食堂で止まると多くの人たちが集まってくる

▲ホーチミンまであと67キロ

こうしてハノイを出発から5日目にホーチミンに到着。「ハノイ→ホーチミン」の「ベトナム縦断」は1846キロになった。

▲ホーチミンに到着。スズキの販売店前でRMXを止める

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