【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】

稚内からサハリンへ

1991年8月14日。サハリンへの出発の朝だ。気持ちが高ぶっている。稚内港での出国手続きでは、“WAKANAI"の出国印がポンと、パスポートに押された。出国手続きを終えると、カメラマンの向後一宏さんと2台のスズキDR250SHを走らせ埠頭へ。
サハリンを走る2台のDRは、クレーンでロシア船「ユーリー・トリフォーノフ号」(4600トン)の甲板につり上げられた。ぼくたちはタラップを駆け上がり、持ってきたロープでDRを甲板の手すりにくくりつけた。

▲稚内港でDRをロシア船に積み込む

▲ロシア船の女性乗組員と記念撮影!

午前10時30分、ロシア船「ユーリー・トリフォーノフ号」は出航。稚内の町並みが遠ざかり、ロシア船は宗谷海峡に出る。右手に野寒布岬、左手には宗谷岬。2つの岬も、いつしか水平線のかなたに消えていく。

▲稚内が遠ざかっていく。右端は野寒布岬。利尻冨士が見えている

船内のレストランで昼食。黒パンとグリンピースを添えたサラミ、キューリとトマトのサラダ、鶏肉のスープ、ビスケット、サワーミルクといったロシア料理だ。

▲ロシア船の昼食。これがサハリンの第1食目

食べ終わって甲板に上がると、サハリンの山々が手の届きそうなところに見えている。船はサハリン西海岸の日本海の海岸線に沿って北上。夕暮れの迫るころ、ホルムスク(旧真岡)港に到着。稚内から8時間の船旅だ。

▲サハリンのホルムスク港に到着

入国手続きに時間をとられ、サハリンに上陸したのは22時。出迎えてくれたサハリン旅行社の車のあとについて夜道を走り、24時、サハリンの州都、ユジノサハリンスクに到着。「ツーリストホテル」に泊まった。

サハリンの出発点は、サハリン州の州都ユジノサハリンスク。日本時代、樺太庁の置かれた豊原だ。
「ツーリストホテル」でさっそく日本円をロシアの通貨ルーブルに交換してもらったが、レートを聞いて「えー!」っと思わず声を上げた。なんと、ロシア経済の極度の不振で、1ルーブルが5円50銭。1978年に列車でロシアを横断したときは1ルーブルは420円だった。それからわずか10余年で、ルーブルは100分の1近くも価値を下げた。

サハリンを走る

▲早朝のユジノサハリンスクを歩く

翌朝はユジノサハリンスクの町を歩いた。街路樹の茂る涼しげな町。人口18万人のユジノサハリンスクは、札幌や旭川などの北海道の町と同じように、碁盤の目状の道路が交差している。
「ツーリストホテル」で朝食を食べると、いよいよサハリンを走り始める。ユジノサハリンスクを拠点にして今日は北へ、明日は南へと走り、一日の行程を走り終わると、またこの町に戻ってくるのだ。

とはいっても、自由に走ることはできない。ガイドの乗った車と一緒に走らなくてはならい。それがひとつ、気の重いところ。だが、ガイドがホテルにやってきたとき、そんな気の重さはいっぺんに吹き飛んだ。

なんと、ガイドは息を飲むような美人女子大生。名前はキセニア。大学で日本語を勉強している。透き通るような白い肌、明るいブルーの瞳、栗色がかった金髪のキセニアは、チャメッ気もあって、好奇心旺盛な女子大生。それともう一人、男子高校生のサーシャ。2人とも和露、露和辞典を持ち歩いている。ひらがな、カタカナはもちろん、漢字もかなり書ける。車の運転手はウォッカが大好きな、赤ら顔のブリースだ。

キセニアたちに呼んでもらいやすくするために、ぼくはタカシの“ターキー"、向後さんはカズヒロのカズをとって、"カズ"にした。ターキー&カズの日本勢と、キセニア、サーシャ&ブリースのロシア勢との「サハリン旅」が始まった。

ロシアというと暗いイメージがつきまとうが、イメージの悪さとは反対に、1人1人のロシア人というのは底抜けにお人よしで、素朴、純朴で、田舎くさい。3人と一緒にユジノサハリノスクの警察署に行き、パスポートと国際免許証を見せ、サハリン内をバイクで走れるテンポラリーの免許証を発行してもらった。
ブリースが運転するカーキー色のロシア製四駆にキセニア、サーシャが乗り、その後について、ぼくたちのDR2台が走る。さわやかな夏の風が気持ちいい。

ユジノサハリンスクを一望!

まずは、「高いところに登れ!」で、ユジノサハリンスクを一望するボルシビック山の展望台に上がる。すぐ後は70メートル級、90メートル級のジャンプ台。眼下に広がるユジノサハリンスクの市街はのびやかだ。

▲ボルシビック山の展望台からユジノサハリンスクを見下ろす

真下に見える幅広の通りは、プロスペクト・ポページ。プロスペクトはアベニュー、ポページはビクトリーだと、キセニアが教えてくれた。ボルシビック山を下ると、ポページ広場にある戦勝記念碑へ。実物のT34型戦車をのせたモニュメントによじ登った。

「市場を歩け!」
これも旅の鉄則。その言葉どおりに市場を歩いた。トマト、ジャガイモ、キューリなどの野菜売場、果物売場を見てまわる。市場では朝鮮人女性の姿が目についた。ロシア人よりも朝鮮人の方がはるかに商売上手だという。キセニアが買ってくれた木イチゴの実の甘酢っぱさや小麦とライ麦からつくる飲み物のクワスの若干、発酵させた味わいが舌に残った。

▲キセニアの案内で市場を歩く

このあとユジノサハリンスク駅、駅前のレーニン広場、レーニン広場の巨大なレーニン像、市庁舎、ユジノサハリンスク発祥の地碑、ガガーリン公園などを見てまわった。

▲ユジノサハリンスク駅

▲レーニン広場のレーニン像

▲ガーガーリン公園のミニ列車で。カメラマンの向後さんとキセニア

「ツーリストホテル」に戻ると、キセニア、サーシャとホテルのレストランで一緒に夕食を食べ、サハリンの第1日目は終わるのだった。

▲キセニア、サーシャと一緒に夕食を食べる

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