
【賀曽利隆:冒険家・ツーリングジャーナリスト】
前回:賀曽利隆の「Vストローム250を相棒に 東北一周3000キロ」(3)
8月8日。鳥海山5合目の鉾立を出発。Vストローム250を走らせ、鳥海ブルーラインを山形県側に下っていく。快適走行のコーナリング。鳥海ブルーラインで日本海まで下ると、きらめく海を見た。鳥海山はすごい山で、日本海の海岸から山頂(2236m)までスーッとそそり立っている。
鳥海山麓の吹浦の町に入ると、JR羽越本線の吹浦駅前でVストローム250を止めた。ひと息入れたところで、吹浦の町中にある出羽の一宮、大物忌神社を参拝。ここは里宮で、本宮は鳥海山の山頂にまつられている。
吹浦から国道7号で酒田へ。酒田からは国道47号を行く。広々とした庄内平野を貫く快走路。稲田の向こうには鳥海山がよく見える。清川を過ぎると平野から谷間に入り、最上川に沿って走る。最上川はまさに「山形の母なる流れ」。源流から河口まで、全部が山形県になる。
新庄からは羽州街道の国道13号を南下。舟形を過ぎたところで、旧道で猿羽根峠に登る。「奥の細道」で芭蕉の越えた峠。そこから最上川の河谷の風景を眺めた。
猿羽根峠は北の最上地方と南の村山地方の境で、新庄盆地と尾花沢盆地を分けている。江戸期は北の新庄藩と南の幕府直轄領(天領)の境になっていた。峠には新庄藩境の石標が立ち、羽州街道の一里塚もある。ここでは峠を越える旅人たちを見守りつづけてきた「猿羽根地蔵」に手を合わせた。
猿羽根峠の旧道を下って国道13号に戻ると、峠を貫く猿羽根山トンネルを走り抜ける。トンネルを抜け出たところに「猿羽根山ドライブイン」がある。ここで夕食。名物「氷ラーメン」を食べたあと、もう一品、「納豆餅」を食べた。ぼくは餅が大好物なのだ。
▲「猿羽根山ドライブイン」の「納豆餅」
国道13号を南下し、尾花沢の町に入っていく。尾花沢といえば、「奥の細道」で芭蕉が最も長く滞在した町。芭蕉は尾花沢の豪商、鈴木清風宅に泊まった。清風は「島田屋」の鈴木家3代目当主で、39歳という若さだった。鈴木家は大名に貸し付けるほどの資金力のある金融業を営み、この地方の特産品、紅花を買い集める大問屋でもあった。江戸や京都にも支店を持ち、全国規模で商売をしていた。
清風は商売人であっただけではなく、俳人でもあった。芭蕉は江戸でそんな清風に会っており、3年ぶりの再会ということになる。芭蕉は清風宅から養泉寺に移ったが、清風宅で3泊、養泉寺で7泊と、尾花沢には10泊している。尾花沢宿の中心街には「芭蕉清風歴史資料館」があり、その前には芭蕉像が建っている。
夜の尾花沢の町を走り抜けたところで、おもだか温泉「鈴の湯」に泊まった。湯から上がると、宿の女将さんは尾花沢名産のスイカを切って持ってきてくれた。甘味たっぷりの「尾花沢スイカ」だった。
8月9日。5時30分、尾花沢のおもだか温泉「鈴の湯」を出発。国道13号で天童まで行き、そこから山寺へ。
山寺の立石寺の根本中堂(本堂)を参拝。境内には芭蕉と曽良の像が建ち、「閑さや 巌にしみ入る 蝉の聲」の苔むした芭蕉の句碑が建っている。「ミーンミンミン」とミンミンゼミの蝉しぐれ。それがいかにも山寺らしい。大汗をかいて奥の院まで登り、五大堂の展望台から山寺を見下ろした。絶景だ!
山寺から山形を通って上山へ。上山からは蔵王エコーラインを登っていく。山形・宮城県境の刈田峠を越え、峠を下っていく途中では不動滝と三階滝を見た。
峠下の遠刈田温泉では共同浴場の「神の湯」に入った。ここは内風呂のみで熱い湯と温い湯の2つの湯船。温い湯でも十分に熱い。ともに濁り湯だ。湯から上がると、和風レストランの「讃久庵」で昼食。料理名にひかれて「うなぎのせ ねばとろそば」を食べたが、そばの上にうなぎとトロロ、オクラ、モロヘイヤのネバネバ系がのっている。
遠刈田温泉からは国道457号で秋保へ。秋保からは秋保大滝の前を通り、最奥の二口へ。そこから二口林道に入った。長らく改修工事のつづいた二口林道だが、この日、8月9日の13時に全線が開通した。さっそく舗装林道になった二口林道を走ってみる。名水「二口渓谷の湧水」の前を通り、長さ3キロ、高さ100メートルの「磐司岩」を見ながら登り、奥羽山脈の二口峠に到達。山形県側に入ると、山寺へと下った。
山寺を再度、出発。国道13号に出ると、山形を過ぎたところで、山形上山ICから東北中央道に入る。東北中央道は現在、東北道との福島JCTまで完成している。上山、南陽、高畠、米沢と通り過ぎ、米沢八幡原ICで高速を降りた。そこから国道13号で福島県境に向かっていく。東北中央道のこの間の完成で、国道13号の交通量は激減し、ラクラク走れる。
中央分水嶺の栗子峠を貫く西栗子トンネルを走り抜け、福島県境に到着。ここから名湯あり、秘湯ありの「米沢八湯めぐり」を開始する。「米沢八湯」の8温泉は、すべてが米沢市になる。
国道13号の鎌沢にかかる板谷大橋が山形・福島の県境になっている。鎌沢は松川となって阿武隈川に流れ込む太平洋側の川。山形県は大半が日本海側になるが、この一帯だけは太平洋側になるのだ。
県境の板谷大橋の手前で国道13号を右折し、まずは五色温泉、滑川温泉、姥湯温泉の3湯をめぐる。これら3湯はすべて太平洋側の温泉ということになる。
すぐにT字の分岐に出るが、ここは左折する。この分岐を「分岐A」としよう。JR奥羽本線(山形新幹線)の線路を渡り、山中に数キロ走ったところに、「米沢八湯」第1湯目の五色温泉がある。一軒宿「宋川旅館」(入浴料600円)の露天風呂に入った。木枠の湯船。無色透明無味無臭の湯につかりながら周囲の山々を眺める。夏の東北の露天風呂はどこでもそうだが、アブとの壮絶な戦いになる。タオルでアブを振り払いながら湯につかった。
五色温泉の湯から上がると、さきほどの「分岐A」に戻る。今度はそこを直進し、滑川温泉と姥湯温泉の2湯に向かう。この道は中央分水嶺の板谷峠を越える県道232号。板谷の集落を走り抜け、JR奥羽本線の板谷駅を通り、板谷峠の手前で左折する。この分岐を「分岐B」としておこう。
「分岐B」からの道は、峠に興味を持っている方にはぜひとも注意深く走ってもらいたい。道は右に折れ曲がり、その先で中央分水嶺の名無し峠を越える。気がつかないまま走り過ぎてしまうような峠なのだ。この名無し峠を越えると、太平洋側から日本海側に入る。峠を下るとT字の分岐に出るが、この分岐は「分岐C」としておこう。滑川温泉と姥湯温泉はここを左折する。右折するとJR奥羽本線の峠駅に下っていく。
「分岐C」を左折し、滑川温泉、姥湯温泉に向かって行くと、中央分水嶺の萱峠を越える。萱峠も気がつかないまま越えてしまうような峠だ。
萱峠を越えて再び太平洋側に入り、前川の渓流沿いに走ると、第2湯目の滑川温泉「福島屋」に到着だ。宿泊を頼んでみると、「朝食のみ」ということで泊めてもらえた。ラッキー。さっそく滑川温泉の湯に入る。
まずは混浴の大浴場。広々とした湯船でゆったりまったり入れる。次に混浴露天風呂の檜風呂。ここは時間によっては貸切風呂になる。最後に大岩のゴロゴロした渓流を目の前にする混浴の大岩露天風呂(女性専用タイムあり)。滑川温泉のこれらの湯はすべて白濁した濁り湯。いい湯だ。露天風呂ではアブとの壮絶な戦いを繰り広げながら湯につかった。湯から上がると、売店にあったパン2個とカップラーメンの夕食を食べるのだった。
8月10日。「東北一周」の最終日だ。滑川温泉「福島屋」の朝湯に入り、朝食を食べ、7時に出発。最奥の姥湯温泉へ。急坂、急カーブの連続する狭路を4キロほど走ると、第3湯目の姥湯温泉「桝形屋」に到着。ここは吾妻連峰周辺では一番の秘湯だ。断崖絶壁に囲まれた混浴の大露天風呂(女性専用の露天風呂もある)に入りたかったのだが、日帰り入浴は9時30分からなので断念。来た道を引き返した。
萱峠を越え、前日の「分岐C」まで戻ると直進し、JR奥羽本線の峠駅まで下っていく。峠駅の駅前にある「峠の茶屋」で、名物「峠の力餅」を食べた。餡のたっぷり入った力餅は一度、食べたら忘れられない味。そのあと「お雑煮餅」を食べた。具だくさんの雑煮で搗きたての餅のうまさといったらなかった。コンコンと湧き出る「峠の力水」を飲んで「峠の茶屋」を出発だ。
▲「峠の茶屋」名物の「峠の力餅」
「分岐C」を今度は左折。中央分水嶺の名無し峠を越え、「分岐B」を左折し、県道232号の板谷峠(750m)に到達。ここまでが太平洋側の世界になる。
板谷峠を越えて、日本海側を下っていく。林間の一軒宿の温泉、笠松温泉は「米沢八湯」には含まれないが、入浴を頼んでみた。しかし残念ながら「まだお湯が溜まっていないので」ということで入れなかった。
山間から米沢盆地に下ったところに第4湯目の湯の沢温泉「すみれ」がある。ここは日帰り入浴不可。以前は入れたのだが…。どうなるか、結果はわかってはいたが、一応は「すいませ~ん、入浴させてもらえませか?」と聞いてみた。しかし、「やっぱり」で、入れなかった。
気を取り直して、「米沢八湯めぐり」の後半戦を開始する。
第5湯目は一番の難関の大平温泉だ。県道232号を左折して県道151号に入り、県道2号との分岐の手前を左折する。米沢盆地から一直線に山地に向かい、最奥の大平の集落を過ぎると山中に入っていく。県道151号から13キロ地点で道は行止り。その間には短いダートが3区間(合計0.5キロ)ある。以前は大平の集落を過ぎるとダートだったが、今ではほぼ全線が舗装化されている。
大平温泉の大変さはここからなのだ。最上川の源流沿いに一軒宿の「滝見屋」があるが、急坂を歩いて下っていく。最後に最上川の源流にかかる橋を渡り、「滝見屋」に到着。「あー、助かった!」と、思わず声が出た。入浴料の500円を払って、露天風呂の湯に入る。目の前を流れる最上川源流の流れは目に残る。ここでもアブと戦いながら湯につかった。
自然度満点の大平温泉の湯から上がり、駐車場に戻るまではまさに地獄。この日は飛び切り暑い日で、急坂の登りでは汗が吹き出し、駐車場に戻った時は頭から水をかぶったかのようだ。しかしそれが大平温泉の忘れられない思い出になる。
大平温泉から県道152号に戻ると、県道2号で船坂峠を越え、県道234号で第6湯目の小野川温泉へ。このあたりは米沢盆地の南端になる。小野川温泉は「米沢八湯」の中では最大の温泉地で、10軒以上の温泉宿がある。温泉街の中央にある食堂「龍華」で米沢牛の「牛丼」を食べ、共同浴場「尼湯」(入浴料200円)に入った。小野川温泉は「美人の湯」で知られているが、無色透明のやわらかな湯につかると肌がスベスベしてくる。女性ライダーにはオススメの温泉だ。
小野川温泉から県道234号→県道2号で第7湯目の白布温泉へ。山中に入ったところに「奥羽三高湯」で知られる白布温泉がある。歴史の古さを感じさせる「東屋」、「中屋」、「西屋」の老舗の温泉宿があるが、そのうちの「西屋」(入浴料700円)の湯に入った。年季の入った石風呂の湯は源泉で掛け湯用。60度の超熱い湯。木造りの大風呂の湯につかった。ここで気持ちいいのは豪快に流れ落ちる湯滝。湯滝に打たれる気持ちの良さといったらなかった。
「米沢八湯」最後の第8湯目は新高湯温泉。白布温泉を抜け出たところで県道2号を左折し、天元台へのロープウェイ乗り場の前を通り、急坂を登りつめたところに一軒宿の「吾妻屋」(入浴料500円)がある。「眺望露天風呂」と栗の大木を湯船にした「栗の根っこ風呂」に入った。2つの露天風呂はともに無色透明の湯。ここでもアブと戦いながら湯につかった。こうして「米沢八湯めぐり」では、8湯のうち6湯に入ることができた。
▲新高湯温泉「吾妻屋」の「栗の根っこ風呂」
県道2号に戻ると南へ。県道2号は西吾妻スカイバレーとなって吾妻連峰の山中に入っていく。「最上川源流の碑」でVストローム250を止めたが、ここでは武内典士さんと出会い、一緒に走った。
標高1404メートルの白布峠を越えて福島県に入り、裏磐梯の桧原湖畔に下っていく。檜原湖越しに磐梯山の爆裂火口を見たあと、磐梯ゴールドラインを走り抜け、道の駅「ばんだい」では夕暮れの磐梯山を見た。国道49号に出ると、「会津村」の大観音像に隣り合った「十文字屋」でボリューム満点の「磐梯かつ丼」を食べ、夜の会津若松駅前で武内さんと別れた。
▲山形・福島県境の白布峠
会津若松からはナイトラン。国道121号で山王峠を越え、今市(日光市)からは高速道を走る。日光宇都宮道路→東北道→圏央道と走り、3時30分、新東名の厚木南ICに到着。10日間で2788キロを走った「東北一周」。3000キロに212キロ足りなかったのがちょっと残念なことだった。
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