2026年7月3日(金)~5日(日)に開催される「2026 FIM 世界耐久選手権“コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース 第47回大会」。その歴史を振り返る本企画。今回は、高橋巧選手の初優勝やF.C.C. TSR Honda Franceの世界一達成など、数々のドラマが生まれた2010年から2019年までの10年間を紐解く。
2010年代:若き才能とチームの挑戦が実を結んだ時代
2010年代の鈴鹿8耐は、Hondaにとって数々の輝かしい記録と感動的なドラマが生まれた時代だった。この10年間で若き才能が開花し、レギュラーチームが世界一の栄光を掴むなど、Hondaの挑戦は常に進化を続けた。
2010年には、清成龍一選手、高橋巧選手、中上貴晶選手組がCBR1000RRで優勝。当時20歳だった高橋選手は、鈴鹿8耐における最年少優勝記録を樹立した。2011年は、東日本大震災の影響で節電が求められる中、秋吉耕佑選手、伊藤真一選手、清成龍一選手組がHonda勢の連覇を達成。3月に発生した震災への配慮から、例年より1時間早いスタートとなり、ライダー3名体制が主流となった。
2012年は、ジョナサン・レイ選手、秋吉耕佑選手、岡田忠之選手組が、57℃を超える酷暑の中、2位に4周差をつけて圧勝。秋吉選手は3度目の鈴鹿8耐勝利を収めた。2013年から2014年にかけては、高橋巧選手、レオン・ハスラム選手、マイケル・ファン・デル・マーク選手組がCBR1000RRで2連覇を達成。特に2013年は、雨の中スリックタイヤで走り切る高橋選手の走りが光った。
2015年は、MuSASHi RT HARC-PROの高橋選手が序盤を盛り上げるも、そのバトンを受け継いだ元MotoGPチャンピオンのケーシー・ストーナーがヘアピンでまさかの転倒。チーム3連覇の夢は潰えた。代わってレースを牽引したのはF.C.C. TSR Hondaだったが、惜しくも2位に終わった。2016年は、Honda勢最上位がSatu HATI. Honda Team Asiaの8位。事前のプラクティスでの負傷を乗り越え、2名体制で確実に走りきった。
世界一への挑戦と新たな歴史の創造
2017年、F.C.C. TSR Hondaは終盤まで上位につけるも、マシンのトラブルでタイムロス。それでも諦めない走りで3位表彰台を獲得した。2018年には、10年ぶりに復活したワークスチーム、Red Bull Honda with 日本郵便がトップと同一周回でフィニッシュし、2位を獲得。この年、F.C.C. TSR Honda Franceはシリーズチャンピオンに輝き、世界一の夢を実現させた。
2019年は、台風の影響でトップ10トライアルが中止となる中、Red Bull Hondaは清成選手の欠場というアクシデントに見舞われながらも、高橋選手とステファン・ブラドル選手が奮闘。カワサキ、ヤマハとの三つ巴のトップ争いを繰り広げたが、惜しくも3位となった。
この10年間は、Hondaにとって数々の勝利と感動、そして世界一への挑戦という新たな歴史を刻んだ時代と言えるだろう。来る2026年の鈴鹿8耐でも、Hondaがどのような戦いを見せるのか、期待が高まる。
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