2026年7月3日(金)~5日(日)に開催される「2026 FIM 世界耐久選手権“コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース 第47回大会」。Hondaが鈴鹿8耐にどのように挑戦し続けてきたのか、その歴史を2000年代に焦点を当てて振り返る。
2000年代:宇川徹の最多勝記録更新とレジェンドたちの活躍、Hondaの10連覇時代
2000年代の鈴鹿8耐は、Hondaにとって輝かしい記録とともに駆け抜けた時代だった。宇川徹選手による史上最多勝記録の更新や、後のMotoGPレジェンドとなるバレンティーノ・ロッシ選手の活躍など、Hondaが圧倒的な存在感を示した。この10年間で、VTR1000SPWからCBR1000RRへとマシンが進化する中でも、Hondaは驚異的な10連覇を達成している。
2000年、HondaはV型2気筒1000ccのVTR1000SPWを投入。初参戦のバレンティーノ・ロッシ/コーリン・エドワーズ組が序盤トップを快走するも転倒。代わって宇川徹/加藤大治郎組が独走し、Honda4連勝の記録を打ち立てた。2001年は、V.ロッシ/C.エドワーズ/鎌田学組と岡田忠之/A.バロス/伊藤真一組の一騎打ちとなったが、バロスのミスもあり、エドワーズ組が逃げ切り勝利。Hondaの連勝記録を伸ばした。
2002年もVTR1000SPWを駆る加藤大治郎/C.エドワーズ組が1-2体制でレースをリード。終盤の雨の中、3番手のA.バロス選手の猛追を退け、Hondaの勝利を飾った。2003年には、N.ヘイデン/清成龍一組が転倒リタイアする波乱があったが、生見友希雄/鎌田学組がトップに浮上し、Honda勢7連覇を達成した。
CBR1000RRへの移行と宇川選手の最多勝記録更新、そして続く勝利
2004年、マシンをCBR1000RRWに変更した宇川徹/井筒仁康組が、スタート直後からトップに立ち、一度も首位を譲ることなく優勝。有力チームに転倒者が続出する荒れた展開を制した。2005年には、清成龍一/宇川徹組が好スタートから主導権を握り、宇川選手が史上最多の鈴鹿8耐5勝目を記録した。2006年は、辻村猛/伊藤真一組が危なげない走りで悲願の優勝を遂げた。
2007年は、PPスタートの岡田忠之/C.チェカ組がスタート手順違反でペナルティを受けたが、猛追を見せた。しかし、独走する加賀山就臣/秋吉耕佑組(スズキ)には届かず、Hondaの連勝はストップ。2008年、清成龍一/C.チェカ組が好スタートからトップを快走し、にわか雨やペナルティーストップを乗り越えて勝利を飾った。2009年は、秋吉耕佑/伊藤真一組が序盤に転倒し、荒れた展開の中、酒井大作/徳留和樹/青木宣篤組(スズキ)がトップを守りきり、Hondaの連続優勝を阻んだ。
この10年間で、HondaはVTR1000SPWとCBR1000RRというマシンで、数々のドラマを生み出し、鈴鹿8耐の歴史に輝かしい足跡を刻んだ。
ギャラリーへ (9枚)この記事にいいねする































