
MotoGP第7戦イタリアGPが、5月29日から31日にかけて、イタリアのムジェロ・サーキットで行われた。
2026年のイタリアGPは、アプリリアが最高速とオールタイム・ラップ・レコードを更新し、ポールポジションを獲得して、スプリントレースと決勝レースで優勝を飾った。アプリリアが席巻したウィークとなった。
そして、決勝レースで見事な挽回を見せたのが、そのアプリリアライダーの一人でもある小椋藍だ。小椋は、13番手からスタートして、表彰台までわずか0.034秒差の4位でゴールを果たした。
ムジェロでのMotoGP開催50周年
イタリア中部のトスカーナ地方に位置するムジェロ・サーキットは、周囲を山に囲まれた盆地にある。観客は、昼間はもちろん夜中までエンジンを吹かしている。聞いたところでは、チェーンソーのエンジンなどを、音を出すためだけに持ち込んでいる人もいるという。とにかく陽気に、情熱的にレースウィークを楽しんでいる。
ムジェロ・サーキットでロードレース世界選手権が初めて開催されたのは1976年で、今年は50年目という節目の年となった。なお、開催数としては40回目である。
今回のイタリアGPでは、アレックス・マルケス(ドゥカティ)とヨハン・ザルコ(ホンダ)が欠場した。前戦カタルーニャGP決勝レースでの転倒で負った負傷のためである。アレックス・マルケスの代役はテストライダーのミケーレ・ピロが、ザルコの代役はカル・クラッチローがそれぞれ務めた。
また、2025年チャンピオンであるマルク・マルケス(ドゥカティ)が復帰した。マルク・マルケスは、フランスGPスプリントレースで転倒し、その後、このときに負った右足の第5中足骨の骨折と、かねてより予定されていた右肩の手術を受けて療養していた。
小椋藍、0.034秒差の表彰台争い
そんなムジェロ・サーキットで開催された2026年のイタリアGP決勝レースで、小椋藍(アプリリア)が最後まで表彰台を争う活躍を見せた。
小椋は土曜日の予選(Q1)で13番手に終わり、やや厳しい位置からのスタートとなった。だが、決勝レースで好スタートを切って1周目で7番手に浮上する。このレースでは、ここが一つのポイントだったと言えるだろう。
その後、小椋はしばらくマルク・マルケス、ペドロ・アコスタ(KTM)、フェルミン・アルデゲル(ドゥカティ)という4番手争いを展開する3人の後ろで周回を重ねた。
小椋のレースが動いたのは、レース終盤である。猛然と追い上げる小椋は、残り5周の19周目には1分46秒930を記録している。このころ、すでに周囲のライダーのラップタイムは、トップのマルコ・ベツェッキ(アプリリア)も含めて1分47秒台に落ちており、小椋に近いペースで走っていたのは、小椋の後ろに迫っていたファビオ・ディ・ジャンアントニオ(ドゥカティ)だけだった。そして、小椋は20周目に4番手に浮上する。
最終ラップに入ったとき、3番手のフランチェスコ・バニャイア(ドゥカティ)と4番手の小椋との差は0.9秒だった。通常であれば、この差は大きい。だが、このときバニャイアのラップタイムはすでに小椋より約1秒も遅かった。バニャイアがパルクフェルメのインタビューで語っていたところによると、最終ラップでは(おそらくそれ以前から)、リアタイヤのグリップに苦しんでいたという。
小椋は最後の1周でバニャイアとの差を詰め、コーナーを4つ残してついにその差がコンマ1秒を切った。射程圏内である。小椋は最終コーナーのブレーキングでバニャイアを抜きにかかった。だが、地元イタリア人ライダーのバニャイアも小椋がそこで仕掛けてくると承知しており、立ち上がりで先行した。
惜しくも、小椋は4位でのチェッカーとなった。しかし、3位のバニャイアとの差は、0.034秒というわずかなものだった。
ムジェロで際立ったアプリリアの躍進
そして、今回のイタリアGPではアプリリアの活躍が顕著だったことにも触れなければならない。
ムジェロ・サーキットはメインストレートが長く、1.141kmある。このサーキットでは、これまでに、史上最速のトップスピードである366.1km/hが記録されていた(2023年、2024年同タイム)。1000ccのMotoGPマシン最終年となる2026年は、この記録が更新された。更新したのはホルヘ・マルティン(フリープラクティス2)とベツェッキ(スプリントレース)で、アプリリアライダーの二人が368.6km/hを記録した。
また、オールタイム・ラップ・レコードもベツェッキが更新(1分43秒921)してポールポジションを獲得。スプリントレースでは小椋のチームメイトであるラウル・フェルナンデス(アプリリア)が優勝した。決勝レースはベツェッキがムジェロで歓喜の初優勝を飾り、2位はマルティンが獲得した。小椋もこの二人に追従する勢いであったことは、先に述べた通りだ。
2026年のイタリアGPは、“もう一つのイタリアンメーカー”、アプリリアが旋風を巻き起こした週末となった。
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