1990年代に国内外のロードレースでその名を轟かせた青木三兄弟の次男、青木拓磨氏。全日本で王座に輝いた後、世界グランプリの500ccクラスにステップアップし、これからという1998年のシーズン開幕前のテスト中の事故で下半身の自由が利かない身体になってしまう。しかし、その逆境にめげることなく、車いすレーサーとして4輪レースに転向し、2023年のアジアクロスカントリーラリーでは総合優勝も遂げています。2026シーズンも開幕しますが、今回はそんなMotoGPのこれからについて、のお話です。
「青木拓磨のモータースポーツライフ」前回はコチラ!
目次
アコスタ、キャリア初のスプリント勝利——でも、本当に"勝ちきった"のか?
MotoGP 2026年シーズンの幕開けとなったタイGP(2月27日~3月1日)が開催されました。舞台はおなじみのブリラム・チャン・インターナショナル・サーキットです。
スプリントレースは、コースレコードを叩き出し、ポールポジション・スタートのマルコ・ベッツェッキ(アプリリア)を中心に展開するかと思いきや、そのベッツェッキが2周目のターン8で早々に転倒リタイア。これでレースは一気にマルク・マルケス(ドゥカティ)とKTMのペドロ・アコスタの一騎打ちへと様変わりしました。
序盤からマルケスが先行し、アコスタが追う展開。しかし残り4周あたりから両者のバトルは熾烈を極め、最終コーナーでお互いに抜いては抜き返す、まさに手に汗握る攻防が続いていました。
決定的な場面は残り2周。最終コーナーでマルケスがアコスタのインに思いきり飛び込み、アコスタをワイドに押し出す形でトップを奪還。この動きがスチュワードの審議対象となり、マルケスに1ポジション降格のペナルティが下されたのです。そのペナルティ通知がマルケスのダッシュボードに点灯したのは最終ラップ。ちょうどターン8を立ち上がるあたりだったといいます。最終コーナーを前にマルケスはすでにトップを走っていたにもかかわらず、みずからアコスタに前を譲る形でフィニッシュ。アコスタはキャリア初のスプリント勝利を手にしました。
ところが、レース後のアコスタのコメントが興味深かった。「ストレートに入ったとき、『何が起きているんだ?』と思ったよ」と。そう、アコスタ自身もペナルティを予想していなかったというんですね。さらに「ペナルティがなかったとしても、今日のレースには満足していたと思う」とも語っています。
さて、ここからは少し僕の個人的な見解を交えてお話しします。
今回のペナルティ、ドゥカティのチームマネージャーであるダビデ・タルドッツィは「接触はなかった」と裁定に憤りを示しました。一方でアコスタ本人は「接触はあった」と明言しています。
ただ、僕が気になったのはその瞬間の映像を何度見ても、マルケスはイン側に飛び込んではいるものの、アコスタに当たったとはっきりわかるような接触ではないんですね。それに、マルケス自身もコースアウトするほどのアタックをしているわけでもない。言ってみれば「かなり際どいオーバーテイク」というレベルの話なんです。
となるとですよ、「アコスタがびっくりしたことによってペナルティが課された」という解釈になるわけですが……。僕はちょっと意外に思ったのが、実はアコスタって案外"策士"なんじゃないかということなんです。レース経験豊富なマルケスを相手に、あの瞬間、きっちりリアクションを大きく見せることでスチュワードの判断を引き寄せた・・・。そう見えなくもない。もちろん、これはあくまで憶測の話ですし、アコスタ自身が「自分でも同じことをしただろう」と言っているくらいですから、本心はどこにあるのかわかりません。でも、ペナルティがなくても満足できると言えるくらいの余裕があの若さでできているとしたら、相当な"大物"ですよね。
グランプリ本戦——ベッツェッキ完勝、アコスタが歓喜のランキング首位
翌日の決勝レースでは、土曜日のスプリントで転倒リタイアの悔しさを晴らすかのように、ベッツェッキが序盤からぶっちぎりの走りでポール・トゥ・ウィンを達成。アプリリアにとっても最高の幕開けとなりました。
2位にはスプリントに続いてアコスタ。マルケスはといえば、後半にリアタイヤのパンクというトラブルに見舞われてまさかのノーポイントリタイア。3位にはラウル・フェルナンデスが入り、表彰台をアコスタと共に飾りました。
開幕戦を終えてアコスタはランキングトップに躍り出ました(ポイント32点)。KTMライダーがランキング首位に立つのは初めてのことです。スプリントの劇的な勝利から、決勝でも安定した2位フィニッシュ。去年の苦しいシーズンを経て、アコスタは確実にスケールアップしてきていると感じますし、なんだかデビュー当時のマルケス、そして王者ロッシを彷彿させるものがあります。
今年のMotoGPクラスは、これまで圧倒的だったドゥカティの優位差が縮まりつつあります。アプリリアが本気で戦えるパッケージを持ち、KTMも着実に仕上がってきた。ドゥカティ勢の中でもマルケスとバニャイア(今回は苦戦の9位)の争いもある。そう考えると、2026年シーズンはこれまで以上に混沌とした、でもだからこそ目が離せないシーズンになっていきそうです。
衝撃! フィリップアイランドが消える——アデレード市街地コースへ
さて、タイGPの直前に突如として衝撃的なニュースが飛び込んできました。
長年、オーストラリアGPの舞台として使用されてきたフィリップアイランド・サーキットが2026年シーズンをもって契約終了となり、2027年から南オーストラリア州の都市アデレードの市街地コースでMotoGPを開催するというのです。2月19日(木)に南オーストラリア州首相ピーター・マリナウスカスとMotoGPのチーフスポーティングディレクター、カルロス・エスペレータが共同で正式発表しました。
1997年から実に約30年にわたってオーストラリアGPを開催し続け、あの豪快な海沿いのレイアウトで数々の伝説的バトルを生んできたフィリップアイランド。ライダーからも、ファンからも最も人気の高いサーキットのひとつだっただけに、この発表には多くの関係者が難色を示しました。
オーストラリア人の元世界チャンピオン、ウェイン・ガードナーは「知ったこっちゃない(Jam it)」と怒り気味のコメントを発信。ケーシー・ストーナーも強烈な批判を展開しています。そりゃそうですよ。フィリップアイランドはオーストラリアのMotoGPファンにとって"聖地"ですから。
ここで少し歴史的な話を。MotoGPに限らず、世界グランプリ(二輪の世界選手権)において、市街地や公道コースでのレースが開催された最後の世界選手権レースは、フィンランドGPとして1982年8月に開催されたフィンランド・イマトラでのレースまで遡るといわれています。
つまり2027年のアデレードが実現すれば、実に約45年ぶりとなる市街地での世界グランプリという歴史的な一戦になるわけです。MotoGPの主催者側も「世界で初めて、MotoGPが市街地コースで開催される」と表現しているくらいで、それほど異例のことなんです。
グレードAの壁——果たして安全基準はクリアできるのか?
では、なぜこんなに長く市街地コースでMotoGPが行われてこなかったのか? それはサーキットの安全基準と大きく関係しています。
現在のMotoGPを開催するには、FIM(国際モーターサイクリズム連盟)によるグレードAの認証が必要です。これは走路の幅、ランオフエリアの広さ、バリアの設計、医療体制など、非常に厳格な基準をクリアしなければ取得できないものです。市街地コースはその性質上、建物や壁が道路のすぐそばにあるため、このグレードAの基準を満たすことが極めて難しい。
アデレードのコースは、F1が1985年から1995年まで開催していた有名な市街地サーキット「アデレード・ストリート・サーキット」を基に設計され、全長4195メートル、18コーナー、最高速度は時速340キロを超えるレイアウトになると発表されています。そして主催者側は「グレードAの取得を目指し、万全の安全対策を講じる」と強調しています。
でも……本当に大丈夫なんでしょうか? オーストラリア国内のモータースポーツ関係者からも「どんなに安全性を説明しても、壁は気にしていない(Walls don't care how good your safety briefing was)」という厳しい声が上がっているくらいです。ライダーたちが実際にコースを見て、走ってみなければわからない部分が大きいですよね。
2026年シーズン、フィリップアイランドで行われる"最後のオーストラリアGP"は確実に歴史的なレースになるでしょう。そして2027年、アデレードの市街地でMotoGPマシンが轟音を響かせる日が本当に来るのか——その行方から目が離せません。
<参考URL>
青木拓磨のモータースポーツチャンネル
(https://www.youtube.com/channel/UC6tlPEn5s0OrMCCch-4UCRQ)
takuma-gp
(http://rentai.takuma-gp.com/)
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