ヤマハのグランプリ史にあっても最悪のシーズンのひとつだった2024年から確実に復活への一歩を踏み出した2025年シーズン。そしてヤマハMotoGPは2026年にV4エンジン車という完全新設計のマシンを送り出す!
ドン底からの脱出。光が見えた25年シーズン
「2025年のYZR-M1は、24年に比べて、パフォーマンスの面で大きくジャンプアップできたと思っています。24年シーズンの後半戦に掴んだ上昇の手ごたえを一歩二歩、進めることができた。ただし、当然ライバルメーカーの進化もありましたので、相対的に私たちのビハインドを詰めるまでには至りませんでした」(ヤマハMotoGPプロジェクトリーダー 増田和宏氏)
24年シーズン、ヤマハの戦績は1チーム2台の参戦で、ファビオ・クアルタラロ、アレックス・リンスが、それぞれランキング13位、18位と低迷。スプリント/フルレースを含めての20戦40レースで、2人とも表彰台に上がることができず、予選でフロントローに並ぶことすらできなかった。数字を見れば、ヤマハのグランプリヒストリーで最悪のシーズンのひとつだっただろう。
そして25年シーズン、ファクトリーチームのモンスターチームに加え、プラマックチームがヤマハ陣営に加わり、2チーム4台の参戦。ライダーランキングでは、クアルタラロが9位、リンスが19位、そして新加入のジャック・ミラーが17位、ミゲル・オリベイラが20位。数字の上ではクアルタラロが上げた順位はわずかだが、その内容は増田氏の言う『ジャンプアップ』といえるものだった。
引き続き、自他ともに認めるエースであるクアルタラロは、開幕戦タイGPこそ予選10番手/スプリント7位/フルレース15位というものだったが、第3戦アメリカGPのスプリントで6位入賞を果たすと、第4戦カタールGPで予選3番手とフロントローを獲得。これは、なんと22年の第11戦オランダGP以来、実に53戦ぶりのフロントローだった。
「(第5戦からの)ヨーロッパラウンドに入る前ごろに、車体のセッティングが安定してきたんです。今シーズンのライダー4人がそれぞれ車体の方向性を探る中で、4人がポジティブに感じ始めたのがこの頃でした」(プラマックヤマハ担当エンジニア 高木精一氏)
そこからクアルタラロは3戦連続ポールポジションを獲得し、第5戦スペインGPでは、ついに2位表彰台にたどり着いた。表彰台登壇は、23年のインドネシアGP以来、実に30戦60レースぶりのことだった。
それからクアルタラロは、明らかに向上した予選順位からのスタートで、レース序盤に先頭集団を走りながらレース中盤や終盤に順位を落としたり、後方からの追い上げでもレース終盤に上位に追いついてみせたりというレースを重ねている。
これはおそらく電子制御のセッティングの成熟度合によるもので、タイヤライフを上手くマネジメントできたレースでは上位入賞を果たし、そうでないときには順位を大きく落とす、というレースが多かったようだ。
25年シーズン、特にクアルタラロはソフト寄りのタイヤをチョイスし、それをレース終盤までマネジメント出来た時に上位入賞をしたのではないか、という質問に、増田氏も同意してくれた。
「現代のMotoGPは、総じてソフト寄りのタイヤチョイスで、それをタイヤマネジメントしながら走り切る、というのがセオリーのひとつになっていると思います。ヤマハでも、ファビオ(クアルタラロ)は状況やコンディションの変化に合わせ込めるタイヤマネジメントの上手さがあるし、アレックス(リンス)は自分好みのブレーキングが決まるといい走りができるタイプです。アレックスはインドネシアGPで予選4番手からレース中もトップグループを走る強さを見せてくれましたが、あのレースでも、それまでのセッティングを大きく変えたりはしていない状態での走りだったんです」(モンスターチーム担当エンジニア石井朗氏)
結局25年シーズンは、クアルタラロが3戦連続を含めて5回のポールポジションを獲得し、スペインGPを含め3回の表彰台登壇を果たした。明らかに、どん底にいたヤマハMotoGPに光明が差したシーズンだったと言っていい。
「24年から25年モデルへの進化は、毎シーズン同じようにエンジン、車体、電子制御、エアロダイナミクス全体に及び、特にエンジンはシーズン中に複数のアップグレードも実施しました。ライダー側は、この数年ずっとリアのグリップのなさを訴えていますが、ここはまだまだ課題が残るまま、常に改良を続けました。やはりYZR-M1の弱いところは最高速領域。もちろん、これはエンジンのパワーアップだけで解決するものではありませんから、エンジンのパワーアップと同時に、初速を助ける車体、電子制御、エアロダイナミクスをめざしました」(増田氏)
車体に関しては、これまでの方向性からガラリと変えた剛性値のものを投入し、シーズン中にはベースとなるフレームに、各方向の剛性を調整するアジャストパーツを追加する形で開発を進めていたそう。
電子制御に関しては、パーツを作っての対策ではないので、設定の組み合わせを、それこそ「数えきれないほど」(増田氏)セットアップした。エアロダイナミクスに関しては、ランキング下位メーカーに与えられるコンセッション(優遇措置)を利用し、2度のアップデート。できることは何でも、素早くやることが復活への足がかりになるのだ。
さらに、これまでのYZR-M1は、伝統的に黒フレーム+黒スイングアームの組み合わせだったが、アルミフレームの表面処理にかかる時間さえ惜しんで、シルバーフレームのYZR-M1が出走することも多かった。とにかく改良パーツの投入は、時間との戦いだ。
「25年シーズンは4台のマシンでシーズンを戦いましたが、4人分の改良パーツを製作するにも時間的に厳しい。従来は4人分のパーツが出揃うまでレース投入はしなかったのですが、今シーズンは出来た順にレースに投入しました。人数分に足りない時は、ファクトリーチームもプラマックチームも関係なく、その時のランキング順にライダーに渡していましたね。リンスより先にミラーに渡すときもあったほどです」(増田氏)

黒フレーム+黒スイングアームが伝統のYZR-M1だが、改良品を製作、表面処理の時間も短縮してアルミ地肌のまま実戦投入されることが多かった。スイングアームはリアグリップ向上のため、方向によっては剛性ダウンを図った。

センターカウルも空力の積極的な利用のため、複雑な形状でレイヤード構造となり、アンダーカウルの両サイドにもダクトが設けられる。エアロダイナミクスの重要性を感じさせるが、V4エンジン車はこの全幅がスリムになる。

多種多様なスイッチが並ぶ左右のハンドルスイッチ。基本は電子制御の設定変更で、モード変更ボタンと上または下ボタンを使用。さらに前後の車高調整レバーやリアブレーキレバー、ミッションをニュートラルに入れるレバーなどがある。

24年モデルでは見られなかったスイングアームピボットプレートのボルト類は、フレーム剛性調整のためのパーツをマウントするためのもの。25年モデルは基本のメインフレーム1スペックに、このアジャスト機構で対応できたという。
V4エンジン車は未知数。それだけに伸びしろは無限にある
そして、ヤマハのマシン開発が時間的に厳しかったのにはもうひとつの理由がある。それが、24年シーズンから噂されてきた新V型4気筒エンジンを持つマシンの開発だ。
ヤマハがMotoGPマシン用に、2002年からこれまで一貫して使用してきた並列4気筒に加え、V型4気筒エンジンを新規開発している、とのうわさが流れ始めたのは24年シーズンのはじめごろ。実際はもう少し早い開発スタートだったはずで、ヤマハは開発スタート時期を明らかにしなかったが、25年シーズン早々にはテストコースでのテストが始まっていたはずだ。
そしてV4エンジン車は、シーズン中のMotoGPオフィシャルテストにも登場し、第16戦サンマリノGPでは、ついにワイルドカードとして実戦初参加。まだまだテスト車のため、フルパワーでなくセーブモードでの参戦で、成績はもちろん、耐久性や安全性など、実戦でしかテストできない項目を確認していったようだ。
「V4車の開発はもちろん、25年シーズンはこれまで同様、25年モデルのアップデートも行ないながら、V4車の新規開発も並行して行いました。なので開発チームには負担をかけましたが、それだけヤマハが大きな変化を狙っているということです」(増田氏)
並列4気筒エンジンとV型4気筒エンジンでは、性能や特性の変化や違いはもちろんあれど、簡単に優劣がつくものではない、と増田氏は言う。では、4ストロークV型4気筒のレーシングエンジンの経験がないはずのヤマハは、なぜV4エンジンに舵を切ったのか。
一般的に、並列4気筒とV型4気筒の差は、そのシリンダー配列によって生じるものだ。並列4気筒は、横一列に並ぶシリンダー、さらにそれを前傾させると、それがフロント荷重につながり、フロントに荷重をかけるハンドリングを実現しやすい半面、一列に並ぶ4つのシリンダーがエンジン全幅とフレーム全幅を広げてしまう。
対してV型4気筒は、前方向に2つ分のシリンダーしか荷重がかけられない半面、エンジン全幅は並列4気筒の半分強で済むことがメリットだが、エンジン前後長は並列4気筒よりも長くなってしまう。実際に今回も外観のみ見せてもらうことができたV4車は、フレーム幅からして明らかに従来の並列4気筒車よりもスリムなのが見て取れた。
「今回、私たちがV型4気筒エンジン開発と、並列4気筒エンジンからのスイッチを決めたのは、並列4気筒、V型4気筒というエンジン単体の特性というより、並列4気筒車とV4車という、エンジンを含めた車両全てのパッケージとしての取り分を考えての事です。エンジン単体の性能という面では、これまでずっと開発を続けてきた並列4気筒の方が勝っているかもしれないし、そこは並列4気筒を『やりつくした』とも思っていません。しかし、V4エンジンはまだ開発の途上で、メリットやデメリットを掴み切れていない分、伸びしろが未知数。そこに重きを置いた形です」(増田氏)
これまで伝統的にヤマハMotoGPマシンの絶対的なアドバンテージだと言われた、マシンのフロントへの絶対的な安心感はV4車でどうなるのか? 現在の大きな課題であるリアグリップの不足感はV4エンジンで解消されるのか? 最高出力は? タイヤへの攻撃性は? 燃費は? その質問には、すべて『いま研究開発中で、私たちも明確な答えを持っていません』と増田氏は言う。もちろん、勝算がなければV4車の開発など机上の空論で終わるはずだから、開発チームの胸の内には、ハッキリとしたビジョンがあるのだろう。
「ただひとつ確かなのは、V4エンジンのメリットのひとつであるスリムさですね。ご存じのように空力が重要視される現代のMotoGPでは、スリムさは正義です。最高速域の課題を改善できる土台が有るということです。そのほかのメリットとデメリットについては、いまだ勉強中、としか言えませんが、確かなことは26年からヤマハはV4車を使い、それは27年以降の850cc化されるレギュレーション変更を睨んでのものだ、ということです」(増田氏)
ヤマハは惨敗に終わった24年シーズン、復活の兆しを見せた25年シーズン、そしてV4車を投入する26年シーズン、排気量が850cc化されるなどの大きなレギュレーション変更のある27年以降を、すべて線で捉えている。確かにエンジン型式は並列4気筒からV型4気筒に変更されるが、それも並列4気筒の開発が終了し、V型4気筒がまったくゼロから走り出すという風に考えてはいないのだ。
「これまで並列4気筒車について研究開発してきた内容は、当然V4車でも生きる技術があるし、実際にエンジンパーツなどもV4エンジンに踏襲されているものだってある。V4車の投入は大冒険じゃない、勝つための一手なんです」(増田氏)
--V4車のデビューイヤーでの目標はなんですか?という質問に、増田氏は力強く答えた。
「もちろん優勝です。私たちが開発しているV4車はそれだけのポテンシャルを持っているし、決して夢物語じゃないと思っています」
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