ノリックこと阿部典史は、プロフェッショナルライダーを夢見て、サーキット秋ヶ瀬で腕を磨き、アメリカ修行に飛び出した。史上最年少で全日本ロードレース選手権チャンピオンとなり、ロードレース世界選手権にデビュー、最高峰クラスのチャンピオンを目指した。
常に前を向き、顔を上げてライダー人生を切り開き、圧倒的オーラを放ち、くったくのない笑顔で、ファンの心を鷲掴みにした。
ノリックの幼少期から、サーキット秋ヶ瀬の仲間、全日本ロードレース、ロードレース世界選手権と、彼が懸命に生きたそれぞれの場所で、出会った人々が、彼との思い出を語った。
プロフィール
1971年生まれ。
専門学校卒業後、車関連会社に就職。
1994年、日本GPでのノリックの走りに衝撃を受ける。
ミニバイクコースでの練習を経て、2000年サーキットデビュー。
NSR250で地方選に参戦開始。
2015年、ロックンロールライダースと出会い、レジェンドライダーのレプリカレースに参戦開始。
世界グランプリライダーのコスプレ軍団
阿部典史さんよりは4歳上ですが、自分たちの世代はバイク好き、レース好きが多いですね。中学生の頃からロードレース世界選手権(WGP)に興味を持ち、最初はスズキファンで、フランコ・ウンチーニさんが好きでした。GPのビデオを見て、雑誌を読むのは楽しみのひとつでした。阿部さんを応援するようになったのは、やっぱり1994年の日本GPでの雄姿です。自宅でTV観戦していたのですが、衝撃でした。突然現れたヒーローでした。
レースへの憧れはありましたが、実際に始めたのは社会人生活が落ち着いた30歳に近い頃です。ミニバイクコースで練習して、NSR250を購入してレースにも出ましたが、あくまで趣味としての参戦で、そこから先を目指していたわけではありませんでした。でも、そのときに「走りの荒い感じがノリックに似ている」と言われました。悪い気はしませんでした。
レースからは離れましたが、バイク好きは変わらず、友人に誘われてロックンロールライダースと出会います。わかりやすく言えば、ライダーのコスプレをするサークルのような感じです。かつてのグランプリライダーたちのレプリカマシンに乗り、レザースーツやヘルメットまで完全になりきってエキシビションレースをします。
日光サーキットを本拠地とする、世界グランプリライダーのコスプレ軍団として、知る人ぞ知る存在です。1980年代のWGPで活躍したライダーのコスプレが中心で、チーム員は50人ほどいます。自分は阿部さんを選ばせてもらいました。
忠実な再現を目指しているので、まずスタートは押しがけ(エンジンを人力で押して始動させる手法・1986年までWGPで実施されていた)なんです。阿部さんの時代には押しがけではなかったのですが、一緒に走るライダーがウンチーニ、ケニー・ロバーツ、フレディ・スペンサー、ワイン・ガードナー、エディ・ローソンなので、必然的に押しがけになります。それができないと参加できないので、日光サーキットに通って押しがけの特訓から始めました。
阿部さんを思い出してくれる人がいる
TASTE OF TSUKUBA「テイスト・オブ・ツクバ」の伝説のライダー夢の競演、“RRR80’s 世界GP ロックンロールライダース!” に参戦しました。数年前にはマルボロカラーの阿部さんで走っていたのですが、今回は1994年にワイルドカード参戦した「ミスター飲茶 TEAM BLUE FOX」のNSR500での参戦です。当時の雑誌やビデオを参考に、ステッカーやツナギに貼るワッペンなどは手作りです。そのため準備期間は1~2年かかりました。
髪を伸ばし始めてだいぶ経ちますが、加齢で薄くなってしまい、増毛のためにお金をかけて何とか保っています。阿部さんになり切るためにはロン毛は絶対なので…。スタッフは友人と息子が来てくれるのですが、Hondaの作業服で揃えました。
15分の予選がありますが、グリッドは決まっていて、20台参戦中の17番グリッドです。17は阿部さんのゼッケンナンバーとして覚えている人も多いですし、予選順位が関係のない追い上げのライダーですから、自分も怒涛の追い上げを誓ってスタートを待ちました。
「このレースはフィクションです。歴代レジェンドライダーたちの夢の共演をお楽しみください」とアナウンスされてスタート。追い上げてケニーと表彰台争いをしましたが、3位には届かず4位でゴールでした。今回はご本人登場で五百部徳雄さんが優勝、2位フレディ、3位ケニー、4位阿部という結果でした。
ライディングも阿部さんに近づけたいと研究を重ねて走りを寄せていますが、当たり前ですが難しいです。あの独特の走り方で速く走れるのは、阿部さんしかいないですね。阿部さんの真似を意識せずに走れば、実はもっと速く走れると思っています。でも、あくまでも阿部さんになり切ることが目的なので、その思いは封印しています。
マルボロカラーで走ったときも、今回も、ノリックファンだった人から声をかけてもらうことが多いんです。今でも皆さんが忘れていないと感じる時間です。そんな時は素直に嬉しいですし、「やって良かったな」と思います。誰にも真似できないレース人生を歩んだ阿部さんのことを、自分がなりきりのコスプレをすることで思い出してくれる人がいるのだと思うと胸が熱くなります。
今回は、阿部さんの写真集を制作したカメラマンの方から写真集をいただき、励ましの言葉をかけてもらいました。お父様からもお礼の言葉をもらいました。こうして取材をしてもらう機会があり、改めて阿部典史と言うライダーの偉大さを実感しています。
顔は出さないルールなのと大事なのは、阿部さんの姿を再現することなので、顔写真は控えさせてもらいました。
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