2016年からMotoGPのワンメイクタイヤサプライヤーを務めているミシュランだが、その任務は2026年で終了し、2027年からはワールドスーパーバイク(WSBK)に活躍の場を移すことになる。MotoGPの足元を支え続けたミシュランは今、どんなことを考えているのか。来日したモータースポーツ部門の責任者に話を聞いた。

ワイドレンジ化し続けたMotoGP用ミシュランタイヤ

ミシュランタイヤのモータースポーツマネージャー、ピエロ・タラマッソさんにインタビュー。MotoGP・日本GPで来日した際にお話しを伺った。

 

ミシュランは 1980年代初頭から世界グランプリにタイヤを供給している。初期の成功は1983年のフレディ・スペンサー&ホンダNS500によるチャンピオン獲得で、タイヤのパフォーマンスがレースの⾏⽅を左右すると⾔われ始めたのもこの頃だ。

それ以来ミシュランはGPの主役の⼀⼈であり続け、2022年に世界選手権の名称が世界GPからMotoGPへと変わっても続いていたが、2009 年からMotoGPはワンメイクタイヤルールを導入。これはタイヤが勝負の行方を左右する⼤きなファクターになりすぎ「勝てるタイヤ」を⼿にしたチームだけが優勝争いをするのを防ぐためだった。

このMotoGPのワンメイクサプライヤーは当初ブリヂストンが務めてきたが、2016 年からはミシュランへとチェンジ。 ワンメイクタイヤサプライヤーとして、すべての MotoGPマシンに適合するタイヤを作ることになった。

F.スペンサーが1983年にチャンピオンを獲得したホンダNS500。ミシュランタイヤを装着していた(Photo:ホンダ)

2016年からMotoGPのタイヤはミシュランのワンメイクに。開幕戦のカタールGPを走るドゥカティのアンドレア・ドヴィツィオーゾ。(Photo:DUCATI)

 

「2016年にワンメイクサプライヤーとしてMotoGPに復帰する際は、まずはマシンの特性を理解するところから始めました。もちろんミシュランとしてはパフォーマンスに絶対の⾃信を持っているし、2008年まではMotoGP マシンにタイヤを供給していましたから、ブリヂストンに続いてサプライヤーとなることに⼤きな障害はありませんでした」

そう語るのは、ミシュランのMotoGP プロジェクトの総責任者であるピエロ・タラマッソさん。2008年までは供給するマシンに合わせたタイヤを開発すればよかったが、特性の違うすべてのマシンに供給することになったのだ。そして、300psをマークするMotoGP マシンへの対応は、ミシュランがタイヤ供給をしていなかった8年の間に⼤きく変わっていたのだという。

「ミシュランが MotoGPと関わりを持たなかった間に、マシンの性能はどんどん上がっていったし、性能だけではない変化もありました。マシンの電⼦制御やライダーの⾛らせ⽅など、タイヤが求められる質の変化ですね。電⼦制御が増えたり、共通ECUが導⼊されたり、各メーカーが使⽤できる年間エンジン基数が変わるだけでも⾛⾏環境が変わり、 タイヤに求められる条件は変化するんです」

誤解を恐れずに⾔えば、MotoGPへの再参⼊当初はブリヂストンタイヤとの⽐較をよく⽿にした。グリップは強⼤だけれどライフが短い、グリップダウンが急に来る、そしてフロントタイヤについてはブリヂストンの⽅がいい…などなど。 しかしタラマッソさんによると、タイヤ供給を始めて約2シーズンでこれらの問題はほとんど解決できたのだという。

「リアタイヤは当初からグリップが強⼤で、 評価も⾼かった。だからフロントタイヤの研究開発は進みましたね。 近年のMotoGPに限らず、オートバイのレースはフロントタイヤの役割が⼤きく、今ではハードブレーキングが当たり前になっている。マルク・マルケスの出現でその傾向が顕著になって、彼に苦しめられたようなものかな(笑)。近年はウィングレットが装着されるようになり、さらに負担は増しています。だからフロントタイヤの開発は常に続けているようなものです」

MotoGPのタイヤには、どんなにキャラクターの異なるマシンであっても、高いグリップ力と、それがレースディスタンスに渡って続くことが求められる。ウォームアップ性も重要だし、グリップダウンがあっても穏やかに起こることや、気温や路⾯温度に左右されずワイドレンジであることも求められるようになったのだという。

「再参⼊した2016年当初は、コースやコンディションに合わせて60種類のタイヤを⽤意していました。そこから研究開発を進め、適応する路⾯温度をワイドレンジにできたことによって、 今では31種類まで絞り込めています。2025年のサンマリノGPでのベストラップは、27周のレースのうちの25周⽬に記録されたんです。これはMotoGPのタイヤにとって素晴らしい進化であると⾔えます」

「さらに電動マシンによるMotoEクラスは、決勝周回数が10周にも満たないショートレース。なので特にタイヤのウォームアップ性が重要でした。タイヤが温まるのを待っていたらレースが終わってしまいますからね(笑)」

今年、見事な復活を遂げてチャンピオンに輝いたマルク・マルケス。彼のブレーキングがMotoGPのタイヤを変えた?(Photo:DUCATI)

2016年の参入当初、60種類ほど用意していたタイヤは、ワイドレンジ化によって現在は31種類まで絞り込まれている。

独特なトレッドパターンを持つMotoE用のワンメイクタイヤ。素材の60%がリサイクル材で作られている。(Photo:中村浩史)

WSBKへの転身が公道用タイヤを進化させる?

このMotoGPとのワンメイクサプライヤー契約は2026年で終了し、ミシュランは2027年から世界スーパーバイク選手権(WSBK)に活躍の場をスイッチすることが決まっている。

「2輪レースのトップカテゴリーにタイヤ供給をしなくなっても、ミシュランのフィロソフィーは変わりません。ただ、タイヤに対する⽐重が少し変わるだけですね」

とはいえWSBKでは1000ccのスーパーバイククラスだけではなく、600ccクラスのワールドスーパースポーツ、より市販⾞に近いスポーツプロダクションクラス、ヤマハR7カップなどのワンメイクレースを2カテゴリーと、計5つものカテゴリーにタイヤを供給する。開発については負担が増えるように思えるのだが…。

MotoGPとMotoEの2クラスから、WSBKへのチェンジ後は5クラスへのタイヤ供給となるミシュラン。負担が大きく増すのでは…?

 

「⼼配はいりません。MotoGP用タイヤを10年間以上も研究開発してきた財産が有るので、WSBK用タイヤに何も⼼配はしていないんです。今は31種のタイヤを準備していると⾔いましたが、WSBKでは10種ほどで済むのではないかと考えています」

「MotoGP⽤で培った開発技術を使えば、WSBK⽤タイヤは少しのモディファイで済むし、開発とシミュレーション⽤のソフトウェアもMotoGPと同じものが使⽤できます。 MotoGP⽤より軽量で柔らかい設計、構造、コンパウンドのタイヤになるでしょうね。それにWSBK⽤のタイヤを供給することは、ストリートバイクのタイヤ開発にもメリットが⼤きいと考えているんです」

「最⾼峰レースの世界は最⼤グリップと、そのグリップが⻑距離続くことがメインになりますが、ストリートバイク⽤のタイヤでは、さらに安全性や環境に左右されない特性の⼀貫性が必要になります。ストリートでは寒いから、路⾯温度が低いから、そして⾬が降って来たからといって、タイヤを履き替えるわけにはいきませんから、ストリートバイク⽤のタイヤのほうが条件が難しいほどなんですよ」

タラマッソさんはMotoGPでの活動を、ストリートバイクのユーザーからは遠いところで⾏なうテクノロジーとイノベーションの場と表現する。しかしWSBKはストリートバイクに近いところで、MotoGPで培った技術をフィードバックできる場だと言うのだ。

市販車をベースに、現在はピレリタイヤのワンメイクで開催されているWSBK。公道用タイヤへのフィードバックは、むしろMotoGP時代よりもしやすくなるとタラマッソさんは言う。(Photo:BMW)

 

現在、MotoGPには5つのメーカーが参加しているが、WSBKでは5カテゴリーで11ものメーカーが参加している。異なるキャラクターを持つ多様なマシンに供給することは、MotoGPで培ったワイドレンジさが役に⽴つのだろう。そしてMotoGP⽤よりも軽量で柔らかい構造を持つWSBK⽤のタイヤ技術がストリート⽤タイヤに還元され、僕たちストリートライダーも⼿に⼊れられるようになるのだ。

「MotoGPで学んだ技術を、ストリートバイクのユーザーに還元する時期が始まろうとしています。すでにMotoGP⽤のタイヤ構造や技術は市販タイヤに採⽤されていますが、それがもっと顕著になると思います。MotoEでは60%のサステナブルマテリアルを使⽤していましたから、そういった技術もストリート⽤タイヤに反映できるかもしれません。モータースポーツは、やはりミシュランにとっての研究所なのです」

ミシュランは、ずっとモータースポーツとともに歩んできた。本国ヨーロッパでも、やはりスーパースポーツのユーザーの⽀持は⼤きいが、ストリートバイクやスクーター、アドベンチャーバイクに至るまで、幅広いユーザーがミシュランを評価している。もちろんミシュランの技術力ゆえの⼈気だが、その技術を形作っているのはMotoGPやWSBKをはじめとするモータースポーツなのだ。

  

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