皆さんこんにちは。モータースポーツ総合エンターテイナーを勝手に名乗ってる濱原颯道です。
今回は僕の本業であるロードレースの事について書きます。内容は、今年参戦した鈴鹿8時間耐久ロードレース(通称8耐)についてです。
ウィーク中に何度か転倒してしまって、今もあまり元気がないので文章もどんな感じで書いていいか若干戸惑っていますが、最後まで読んでいただけたら幸いです。
僕が今年鈴鹿8耐に出る経緯はひとつ前の記事に書いてあるのですが、改めて説明しますと、今年はSUZUKIの GSX-R1000Rに乗り、エスパルスドリームレーシングからゼッケン95をつけて、第3ライダーとして参戦しました。
ちなみに鈴鹿8耐って、レースが日曜日に開催されるのですが、多くのチームはその週の月曜日に会場入りします。そしてピットの設営を月曜、火曜と行い、水曜日は1時間から1時間半ある走行が合計5本あります。
木曜日は一日中車検を行います。この車検ではバイク以外にライダーの装備品、ピットクルーの装備品や給油装置など、多くの物の検査を行います。
これだけ多くの物を1番ピットから50番ピットくらいまでのチームを全部検査するので、一日掛かってしまいます。
そして金曜日の午前中はフリー走行、午後から予選が始まります。
土曜日は短いフリー走行があって、夕方からは予選で上位10位まで入ったチームのみで開催される「トップテントライアル」があります。
で、日曜日は決勝。撤収は翌日の月曜日に行います。
…って事は、まるまる1週間鈴鹿サーキットに居るのですが、全く走らない日が3〜4日あるんですよね(笑)
オフな日とは言いませんが、でも実質選手達からしたらオフな日です。
メカさん達は整備したりピット作業の練習など、ずっと動いてくれています。
なのでこんな感じで、TEAM SUZUKI CN CHALLENGEのチーフである今野さんや、MotoGPで監督を務めていた佐原さん達にも、オフ感のある日が存在します。
実は、鈴鹿8耐のレースウィークで初めて今回の第2ライダーであり、元MotoGPライダーでもあり、現KTMのMotoGPマシンテストライダーであるジョナスフォルガー選手と合流しました。
初のSUZUKI車にBRIDGESTONEタイヤに鈴鹿サーキットという事で、最初は色々と僕からも教えられる事を教えました。経歴で言えばジョナスの方が遥か凄い人なのですが、丁寧で親切でとてもナイスガイでした。
水曜の走行では初めてライダー3人が揃いました。
それまでのテストでバイクのセットアップは作り上げていたつもりだったのですが、ジョナスが合流して意見を出す人が3人になった瞬間、セットアップの難しさを感じました。3人とも言うことが違うのは多々あることで、その中でバランスを保ったセットアップなんて正直ありません。各々のライダーが多少なり我慢する部分がないと成り立たないのが耐久レースでのセットアップです。
そんなこんなで、まあまあこれなら乗れるだろうみたいなセットが見つかりつつ、「こっちも捨てがたいな」みたいなセットもありつつ、水曜日の走行を終えました。
金曜日の予選では先ずはエースの生形さんがタイムアタック。その次にジョナスが2.07.0を出しました。僕は3番目にアタックしたのですが、ほとんどの選手が中古タイヤで走り出していて、新品タイヤを履いていたのはハルクプロの國井君だけでした。中古タイヤを履いた人達に捕まらないようにした上で尚且つ、國井君に遅れを取らないためにはかなりプッシュしないといけませんでした。そこで焦ってしまったのか、転倒してしまいました。
すぐにバイクを起こしピットに戻り、直している時間はないのでもう一台のバイクに乗り換えて、生形さんの履いていた中古タイヤを貰い、とりあえず予選の通るタイムを出して1回目の予選を終えました。
2回目の予選では1回目の予選で使った、ほぼ新品なタイヤを履いてアタックしました。本当は予選用にかなり冒険したセットアップを考えていて、2分6秒台を目指していたのですが僕の転倒もあって、その作戦は断念しました。単独で人を抜きながらも2.07.1までタイムを出せて、チームの平均タイムでは総合15番手に終わりました。
土曜日はSUZUKIのトークショーに出たり、トップテントライアルをいち観戦者として楽しんで見ていました。
迎えた決勝
スタートライダーをジョナスが務めました。初めてのルマン式スタートで若干遅れつつも、セカンド、サードグループで走り切ってくれました。スタート直後は18〜9番手まで落ちたのですが、なんとか14〜5番手まで回復しました。2回目のジョナスのペースが割とよく、12番手くらいで僕に回ってきて僕が走り出したのですが、ブレーキトラブルでレバーが握り切れちゃうほど近くなっていて、全く走れる状況じゃなかったのでピットに戻り、ブレーキシステムを一式交換しました。その時にまた18〜9番手まで下がったのですが、持ちペースは周りと比べてもそこまで悪くなかったので淡々と走っていました。
2回目の僕のセッションの中盤あたりで、裏ストレートで乱れるような強い追い風を感じました。鈴鹿サーキットのレイアウト上、裏ストレートで追い風の時は東コース(2コーナーを曲がった後)は向かい風になるので、コーナーに飛び込む時は少しスピードを乗せていかないと風で止められてしまいます。それもわかってたので少し速度を乗せて3コーナーに入ったのですが、勢いよく風に煽られて内側のゼブラゾーンにフロントフォークを引っ掛けてしまい、転倒してしまいました。
転倒してバイクが大回転する様を見て、本当にショックで悔しかったです。案の定バイクを見てみたらトップブリッヂは引き千切れ、ステムは曲がりフロントホイールは全く回転しませんでした。
その後はレッカー車でピットまで運んでもらって、僕が壊したバイクをチームが頑張って修復していました。
ここからの事は何書いていいかわからないです。
正直あんまり思い出したくありません。
レース残り1時間半くらいで再びエスパルスドリームレーシングが走り出しました。
生形さんが走り出し、ジョナスに交代しました。そして残り15分くらいで「チェッカーを生形さんに受けさせる」という事で、再び交代。
完走扱いにはならない周回でしたが、ゴールは受けることが出来ました。
僕が参戦した2025の鈴鹿8耐は、僕が転倒してしまったので完走扱いにはなりませんでした。
この事をしっかりと受け止めています。
次にレースに出る機会があるかは分かりませんが、もしそんな機会があれば今回のような事が起きないようにレースをしたいと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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お疲れ様でした。
短期間での合わせ込みがかなり難しかったと拝察いたします。
フォルガー選手が6月のテストに参加出来ていれば…等々、タラレバはキリがありませんが、あの縦回転の大転倒、怪我がなくて何よりでした。
今回は背負わなければならないものがいろいろあったので、心中穏やかではなかったかもしれませんが、土曜のトークショー行方不明事件は大物ぶりを発揮しておりました(笑)。
次のレース、必ず出てください!
ファンは待ってますよ!
待ちじゃなく、自分から動いてでも出てほしいです。
せっかくの才能を埋もれさせるのは勿体ないです。