「マン島TTレースは……“LIFE”なんだ」。
そう語ったのは、2023年に初めて訪れたとき、島で出会ったひとりのマンクスだった。その言葉の意味を、わたしはずっと考えていた。
「危険な」レース? ──もちろん、それも事実だろう。けれど、それだけでは説明できない何かが、このレースには確かにある。観る者の心を深く動かし、何度でもこの島に足を運ばせるような“何か”が。
2025年、わたしはもう一度マン島を訪れた。今度は、より深くこのレースに触れるために。
親から子に伝わる観戦
「もう一度、マン島TTレースを見に行こう」
そう決めたのはいつだったのか、正確には思い出せない。ただ、MotoGPの2025年シーズン・カレンダーを確認して、「今年は長めにマン島に滞在してTTレースを追いかけることができそうだ」と算段をつけたのは覚えている。
2023年、3日間だけマン島TTレースを見に行った。そのときに出会った一人のマンクスの言葉が、今も頭を離れなかった。フォトグラファーの彼は、「マン島TTレースに初めて来たんです。普段はMotoGPを取材しています」と自己紹介したわたしに、うなずいてにっこりと笑い、こう言った。
「マン島TTレースは……“LIFE”なんだ」
3日間の滞在ではマン島TTレースのことを理解することなどできなかったし、今もその言葉の意味を考え続けている。
もし、マン島TTレースが「危険!!」(もしくは「デンジャラス!!」「クレイジー!!」だろうか)なだけのレースなら、これほどまでに人を惹きつけることはないだろう。そして、これはあくまでもわたしの肌感覚であるが、マン島TTレースの実際を知っている人ほど、そうした単純な言葉だけでこのレースを表現しないように思う。確かに、このレースは危険かもしれない。けれど、その言葉はこのレースの要素の一つであって、象徴とするものではない。実際に体感した人ほど、それをわかっているからだ。
情報提供元 [ GP Journal ]
この記事にいいねする













