ワークスチームや海外勢ばかりのレースじゃないのが鈴鹿8耐。もう24年も前に賛否両論を巻き起こしたあのチームがついに帰ってきます! 「ハチタイ? レース? 興味ないね」って無関心層を惹きつける「ガチンコ! バリバリ伝説」です!
ガチンコ! レーシングが碧志摩メグを連れてきた!?
「あの頃は話題にはなりましたけど、賛否両論、それもどっちかっていうと『否』のほうが大きかった企画ですよね」
そう語るのは、TBS系で放送されていたバラエティ番組『ガチンコ!』に出演していた浜口喜博。『ガチンコ!』というのは当初、社会問題や世の中のためになろう、というチャレンジ企画をメインにしたバラエティ番組で、その人気企画にドキュメントシリーズものがあったのです。それが不良少年を集めてプロボクサーに育て上げる『ガチンコ!ファイトクラブ』や、オール巨人師匠の名ゼリフ「お前、弟子やったらパンパンやぞ」が生まれた『ガチンコ!漫才道』、ラーメンの鬼が指導する『ガチンコ!ラーメン道』などが有名だった、当時の大人気番組でした。
浜口が出演していたのは『ガチンコ!バリバリ伝説』。暴走族やバイク便ライダーを集めてレーシングライダーに育て上げ、鈴鹿8耐に出場しよう、という企画でした。
もちろん、もう大人ですから、あの企画がそのままドキュメント、ノンフィクションだった、なんてつもりはありませんが(笑)、それでも出演当時25歳だった浜口にとっては、まちがいなくあの企画が放送されていた半年間は青春の1ページだったはずです。
「バイク業界やライダーのみんなには、いい意味でも悪い意味でも印象に残っている企画だと思うんです。でも三重出身の僕にとっては、中学生のころから憧れていたハチタイに出られた、夢のような半年間だった。それから、ずっと恩返しがしたいと思っていたんです」(浜口)
『ガチンコ!バリバリ伝説』が終わっても、浜口はその企画を離れていちレーシングライダーとして鈴鹿8耐とのかかわりを続けました。HAMAGUCHI RACINGを結成して、ライダーとして、チーム監督として13年連続でハチタイに出場。その傍ら、ファンを呼び込み、ハチタイ体験を共有すべく「逆バンクdeハチタイキャンプ」を企画して、鈴鹿の逆バンクスタンド奥の広場にテントサイトを設置し、キャンプしながらハチタイ観戦というスタイルも、もう15年近く続いています。
三重県出身の浜口は、もちろん鈴鹿、レースとともに少年時代を送ってきました。それでも、三重県人、鈴鹿市民であっても、バイクレースに、ハチタイに興味がない、って人がいるのが我慢ならないんだといいます。なんとかしたい、僕が頑張ってレースに出続けてアピールしなきゃ、という考えに変化があったことがありました。
「ガチンコでヤマハのマシンを使って、その後はOVERレーシングさんにお世話になったんですが、その後マシンをKTMにスイッチしたんです。その時も、ハチタイに出たこともないKTMで、っていう話題作りをしたんですが、知る人ぞ知る、で終わってしまった。それで、ある時『ばくおん!!』というコミックに出会ったんです」
2013年に『ばくおん!!』とのコラボレーションでハチタイに参戦!
『ばくおん!!』とは、月刊ヤングチャンピオン烈に連載されていたコミックで、女子高生がバイク部に入部し、バイクの免許をとってハマって行く--というストーリー。のちにアニメにもなり、WEBコミックや別冊、チャンピオンREDにスピンオフ作品も登場するという人気コミックになりました。いわゆる萌え系JKとバイクというコラボレーションが、バイク乗り以外にウケたという現象だったんです。
「こういうテもあるな、って思ったんです。バイクやレースに興味がなくても、漫画やキャラクターをきっかけに興味を持つこともあるんじゃないか、って。それはガチンコ!も同じですよね。今考えたらスゴいことだけど、(当時)ジャニーズのトップアイドルグループだったTOKIOが司会の地上波番組に、バイクレースの企画がオンエアされたんだから。ガチンコ!をきっかけにハチタイを知った、興味を持ったって人はたくさんいたし、あの2001年の大会に、番組見てます、っていうお客さんもたくさん来てくれました」
自ら『ばくおん!!』の作者であるおりもとみまな先生や、出版社である秋田書店にアプローチし、協力を取りつけた浜口は、2013年に『ばくおん!!』とのコラボレーションでハチタイに参戦。KTMのRC8Rのカウルには、『ばくおん!!』の登場人物・佐倉羽音が大書きされ、いわゆる「痛車」仕様マシンがハチタイに参戦したのです。過去、マシンに小さくアニメキャラが書かれたくらいのマシンはあっただろうけれど、きちんと許可を取ってのコラボレーション、しかもカウルにJKがどーん!なマシンなんて、これが初めてだったと思います。
ハチタイ参戦に区切りをつけた浜口は、次なる夢の「ル・マン24時間耐久」参戦へと動き出します。こちらはKTMではなく、現地チームに相乗りする形でGSX-Rに乗り、これもカウル全面に鈴之木凛が大書きされたマシンでル・マン24時間に参戦。残念ながらチームは予選落ちで決勝を走ることはありませんでしたが、ル・マンの地でも「痛バイク」は大人気だったのだそう。
「フランスって、日本のアニメや漫画にすごく興味がある国で、日本の文化を紹介するジャパンエキスポが始まって数年、大人気だったころです。バイクにアニメのキャラクターなんて発想もなかった、なんて言ってもらえたんです。日本ではバイク好き『以外』の人にアピールできる、海外では日本の大人気文化としてアピールできるのが痛バイクの可能性なんですよね」
『ばくおん!!』でキャラクターを使ったアピールに手応えを感じた浜口は、その後に自ら、三重県志摩市をアピールする『碧志摩メグ』なるキャラクターを作り上げます。海女さんをモチーフにした萌えキャラで、最初はバイクの世界とは無関係に人気キャラクターになり、伊勢志摩ではサミットが行なわれた時期でもあったことから、世界中に碧志摩メグが発信されることにもなりました。
「僕がロードレースのライダー引退を宣言して10年、碧志摩メグが誕生して10年、ガチンコ!が終わって25年--いろんなタイミングが合ったことで、2024年9月にハチタイ参戦を宣言しました。ガチンコ!の時にたくさんお世話になったヤマハで、ガチンコ!の時に『元暴走族』って肩書をつけられた(笑)、共演者もチームスタッフになって手伝ってくれることになりました。あぁ、あのガチンコのやつかぁ、おぉ碧志摩メグだ、ってきっかけでいいから、ハチタイを話題にしたいし、お客さんも呼びたい。それが僕のモータースポーツへの恩返しだと思っています」
2001年、ガチンコ!バリバリ伝説で出場したマシンにつけられていたゼッケン「56」をつけた「碧志摩メグwith HAMAGUCHI Racing」が、2025年のハチタイに帰ってきます。
いったいどーなってしまうのかぁぁっ!
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