
2025年シーズン、ホンダのテクニカル・ディレクターにロマーノ・アルベシアーノが就任した。アルベシアーノはホンダを、そしてホンダのMotoGPマシンRC213Vを、どう見ているのか。
ホンダが昨年から改善したこととは
ホンダは長らく低迷を続けており、2022年から2024年の3年連続で、コンストラクターズ(メーカー)ランキングの最下位だった。2024年シーズンに至っては、未勝利、未表彰台に終わっている。
そんな中、新たにテクニカル・ディレクターに就任したのが、ロマーノ・アルベシアーノだ。2024年まで、アプリリア・レーシングのテクニカル・ディレクターを務めていた人物である。外国人がテクニカル・ディレクターに就くのは、ホンダとしては史上初のことだ。
ホンダばかりではなく、ヤマハも含めた日本メーカーは、ここ数年、ヨーロッパメーカーの後塵を拝し続けてきた。そこには、根深い問題があるのかもしれない。アルベシアーノは、イタリアのアプリリアからホンダにやってきて、ホンダをどう見たのだろう。
アルベシアーノは「難しい質問ですね」と少し笑った。
そして、こう続けた。
「ホンダには多くのリソースがあり、強い情熱があり、トップに返り咲こうとする強い意志を感じました。ただ違うだけです。いい、悪いではなくてね。とても大きな組織ですから、その分、物事が複雑になるのですよ」
「ときには、言語の問題でなかなか伝わらないこともあります。それが、難しさの一つになることもあります。しかし、全体としては、私はチャンスしか見ていません。いうなればうまくいかなかった結果から成功へと戻っていく、そのスタートに立ち会えるのです。私にとって、ホンダのためにこのプロセスに参加する絶好の機会なのです」
「正直に言って、ホンダという組織に本当の意味でネガティブな面は感じていません。強いて言えば、言葉と距離によるコミュニケーションの難しさがあるくらいです」
「私がアプリリアで働いていたとき、デザイン・オフィスは10メートル、テストベンチ(テスト設備)は20メートルのところにありました。すぐに話ができたわけです。けれど、今、私はイタリアをベースにしていますので、もっと(距離的には)複雑ですよね。これは会社の責任ではなく、物理的な違いなんです。でも、私たちはこの課題を克服しようと取り組んでいます。きっと、乗り越えられると信じていますよ」
非常にビジネスライクな回答である。ただ、この中にもアルベシアーノが感じている「課題」がひそむ。「コミュニケーション」だ。
じつは、2024年の日本GPで中上貴晶(現・ホンダの開発ライダー)にインタビューしたとき、同じことを語っていた。中上は、「今まで、日本とヨーロッパ(グランプリ)の溝がとても深かった」と言っていたのだ。
アルベシアーノに日本とヨーロッパの間に、コミュニケーションの問題があるのではないか、と尋ねると、「私は昨年の状況を知りませんが」としたうえで、こう答えている。
「私の最初のターゲットの一つは、今後に向けた計画について、問題について、そして制限や(コミュニケーションの)ギャップについて、共通の認識を持つことでした。今は、一つのチーム(one group)として動けていると思います。これは昨年から改善した点の一つだと思いますよ」
「その改善はあなたの影響ですか?」と尋ねれば、アルベシアーノは笑いながら「たぶん……たぶんですけどね」と遠慮がちに答えていた。
確かに、今季のホンダライダーたちは、軒並み、「現在の方向性」について好感触を持っている。コミュニケーションが改善し(あるいは改善しつつあり)、意思がまとまって同じ方向を進むことができるようになった、と言えるだろう。
アルベシアーノが驚いた、RC213Vの評価
それでは、肝心のマシン、RC213Vのパフォーマンスはどうだろうか。
「私がホンダに来て最初にしたことは、ライダーたちにインタビューをして、マシンのあらゆる側面について、パフォーマンスの詳細な分析を聞き出すことでした」と、アルベシアーノは言う。
「驚いたことに、マシンにはすごくたくさんのいいところがあって、ウイークポイントはほんの少ししかなかったんです。この少しの弱点を修正すれば、結果を出せる、いいマシンになります」
「去年の終わり頃から、ホンダのマシンは悪くない状態にはなっていたと思います。そこに、いくつか“正しい”改良を加えることで、もう一段ステップアップできました。ですから、『まあまあ悪くない』、そんな感じですね。まだ優勝を狙えるレベルではないかもしれませんが、さらにいい結果を出すための、しっかりしたベースにはなっています」
アルベシアーノは、ライダーの話を聞き、ホンダのマシンは「全てがうまくいっていないわけではない」とわかったという。むしろ、ウイークポイントは一部だと。
「ウイークポイントは……、エンジンのトルクデリバリーに関する部分ですね。それと、おそらく、電子制御の部分でいくつか限界があるのだと思います。でも、MotoGPマシンというのは本当に難しいんですよ。そのポテンシャルを100%引き出すのは簡単ではないのです。『このバイクはよくない』と判断してしまうこともありますが、実はマシンの力をまだ出し切れていなかっただけかもしれないわけです。そこはすごく重要なポイントで、いま現場のオペレーションで改善しようとしているところなんです」
ホンダは、少なくとも外から見える範囲では、積極的な改善や変更を続けている。フランスGPでは開発ライダーの中上貴晶がワイルドカードとして参戦し、金曜日にはカーボンスイングアームを使用して走った(大きなポジティブはなかったそうで、土曜日にはアルミニウム製に戻された)。また、中上含め、ファクトリーチームが新しいエンジンで走行した。
何より、カストロール・ホンダLCRのヨハン・ザルコが、ホンダとして2年ぶりとなる優勝を飾ったのだ。
決勝レースは、スタート前に降り出した雨、フラッグ・トゥ・フラッグ、タイヤ選択といった判断の難しいレースだった。ただ、例えこうした特殊なレースだったとしても、ホンダの前進を感じさせる優勝だったことは確かだ。
2025年、「one group」となって、ホンダは改善の歩を進めている。
ロマーノ・アルベシアーノ
1998年、カジバとハスクバーナのモーター・ビークルR&Dマネージャーを務め、また、ハスクバーナのレース活動を統括して世界タイトルを2度獲得した。2005年にピアッジオ・グループ入り後はアプリリアのバイク・テクニカル・センターの責任者と、アプリリア・レーシングのメカニックチームを率いる役割を兼任した。また、アプリリアRSV4とV4エンジンの開発を主導し、スーパーバイク世界選手権で4度の世界タイトル獲得に貢献。2024年までアプリリアのテクニカル・ディレクターを担い、MotoGPでの初優勝などに貢献し、2025年、HRCのテクニカル・ディレクターに就任した。
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