
MotoGP第6戦フランスGPに、中上貴晶がワイルドカードとして参戦した。2024年シーズンを限りに引退してホンダの開発ライダーとなった中上は、現在どんな生活を送っているのか。そして、久しぶりのMotoGP参戦を、どう感じたのか。
レギュラーライダーとテストライダーとしての違い
2025年からホンダの開発ライダーに就任した中上貴晶(ホンダ・HRC・テストチーム)にとって、今回が、今の役割として初めてのワイルドカード参戦である。じつは、当初のワイルドカード参戦予定はスペインGPで、フランスGPにはアレイシ・エスパルガロが参戦する予定だった。この予定が変更になり、スペインGPにはエスパルガロが参戦し、中上はヘレスの公式テストとフランスGPに参戦することになったのだそうだ。
いずれにせよ、2024年シーズン最終戦からレギュラーライダーを退いて、半年近くが経過している。生活が「だいぶ変わった」と、中上は言う。
「拠点が日本になったのがこれまでとの大きな違いですね。あとは、(2024年)最終戦のバルセロナを終えて、第一線を退いた後、僕としては休めると思っていたんですけど、今まで休んでいた期間に走ることになったんです。すぐにマレーシアやブリーラムなどのウインターテストのためにテストチームに合流して、テストに入って……、休めると思っていた期間が休めなかったので、ちょっと『あれ?』っていうところはありましたけど(苦笑)」
「けっこう忙しい数か月ではありましたね。今の予定では、今回のワイルドカード参戦をしてすぐ日本に帰国してもてぎのテストが控えているので、それが終われば、いったん落ち着くかなと思います」
思いのほか忙しい身ではあったが、それでも、もうレギュラーライダーではない。2025年開幕戦タイGPは、テレビで観戦した。
「つい数か月前まで自分が出ていたレースを、ソファに座ってテレビで開幕戦を見るというのは変な感じでした。別にネガティブなフィーリングはなかったですけどね。やっぱり少し違和感はありましたよ」
現在、ホンダには3名のテストライダーがいる。中上、エスパルガロ、ステファン・ブラドルだ。基本的に、テストは中上とエスパルガロが行い、中上が合流できないところはブラドルが参加している。ヨーロッパはエスパルガロとブラドルがメインで、日本やアジアでは中上がテストするという分担である。
フランスGPに関しては、中上はカーボンスイングアームや新しいエンジンなどをテストした。新しいエンジンについてはファクトリーチームのジョアン・ミルも使用して走ったが、カーボンスイングアームについては、フランスGPでは中上だけが使用している。なお、金曜日に使用したカーボンスイングアームは、土曜日からアルミニウムに戻された。
レギュラーライダーではない今の中上にとって、求められるのは結果ではない。これまでは、週末の限られた時間の中で、すぐにタイムを出さなければならなかった。今は、違う。
「アプローチは全く違いますね。がっつくことがないです。状況判断で、『ここは無理をしないほうがいい』とか、自分判断やチームとも話し合いをしながらやっています。全体的にゆっくりといえばゆっくりかもしれないですね。自分の気持ちも違います。ちょっと余裕がありますね」
攻めることを求められないし、自分としても「無理をせずに走る」状況。常に激しい競争の中に身を置くレーシングライダーとして戦ってきた中上にとって、物足りないと感じることはないのだろうか。そう尋ねると、中上はからりと笑った。
「そうなるかなって、最初は僕も思っていたんですよ」と。
「これだけレースしかしてこなかった人生です。常に追われる立場で常に期待されていたし、結果を出さなきゃいけない、という難しさもありましたが、それが当たり前だったんです。15シーズン世界選手権を戦って、その前も含めたらずっとレースをしてきましたから」
「今は解放されて、のびのびとできています。去年の(引退の)タイミングを考えても、自分としても、あのタイミングがベストだったと思います。早かったらさみしかったと思うし、逆にもう1年、もう1年と頑張ったらどうなのかな、とも思うから。今考えると、去年がベストだったなって」
「僕としても、すっきりできていたんです。自分自身、やりきって第一線を引くことができたので、そこは悔いがないのは変わらないですよ。ライフスタイルが変わっても、楽しめている自分がいるんです。レースに対してもそうだし、自分の人生に対しても、いいタイミングだったなと、今でも思いますね」
朗らかに「いいタイミングでの引退だった」と語る中上は、きっと、この数か月の間にその思いを色濃くしてきたのだろう。もしも、どこか引っかかることがあるのなら、そして考えもしなかった質問に答えなければならなかったのなら、言葉に詰まるはずだから。けれど、中上がそうと語る言葉に淀みはなかった。
このインタビューをしたのは、木曜日の午後だった。その前に、中上は設けられた囲み取材で、久しぶりにジャーナリストからの取材を受けた。そのときも、このインタビューでも、中上はどこかさっぱりとした明るい表情を浮かべていた。今の生活を楽しんでいるという言葉が本心であることは、その表情からもとてもよく伝わってきた。
荒れたレースで6位完走。テストライダーとして初レースで仕事を全う
ロードレース世界選手権で通算15シーズン、最高峰クラスであるMotoGPクラスで7シーズンを戦った中上にとって初めてのワイルドカード参戦となったフランスGPの週末は、もちろんというべきか、簡単ではなかった。
土曜日には予選と13周のスプリントレースがあったが、「こんなにもレースを離れるとこんなにだめになるんだなって……」と難しさを語っていた。ちなみに、スペインGPでワイルドカード参戦したエスパルガロと話した際、エスパルガロも同じように言っていたという。周りは開幕戦からレースモードで戦い続けているライダーたちであり、そこに“ぽん”と入って戦うわけだから、当然かもしれない。
「(レギュラーライダーと)同じモード、感情になるかというと、その前後が違うので、やっぱり一歩引いちゃったり、攻めきれない部分も出てくるのかな」ということだった。
そんな中上だが、日曜日の決勝レースでは6位でゴールを果たしている。雨によってコンディションがスタートから徐々に変化し、マシンの乗り換えやタイヤについての判断が求められる、とても複雑なレースだった。そんなレースで、中上は適切な判断と安定した走りでテストライダーとして最も重要な一つの仕事である「完走」を果たし、2021年スティリアGP以来となるトップ6入りを果たした。
「6位はかなりサプライズでしたね。バイクを(チームに)持ち帰ることができてよかったです」
レース後の囲み取材で、中上はそう笑顔で語っていた。その笑顔も、2024年までにMotoGPのパドックで見られたそれとは、どこか違っていたように思う。
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