
2025年シーズンMotoGPは、タイのチャン・インターナショナル・サーキットで幕を開けた。
タイGPの週末は非常に暑く、決勝レースが行われた日曜日には、気温は36度以上にまで上昇した。チャン・インターナショナル・サーキットがあるブリーラムの気候としては、マレーシアのセパン・インターナショナル・サーキットよりも湿度が高くはなかったが、それでも照り付ける日差しと高温で、ただ歩いているだけでも汗が止まらなくなるほどだった。
そんなチャン・インターナショナル・サーキットは、地元の英雄、タイ人初のMotoGPライダーであるソムキアット・チャントラ(イデミツ・ホンダLCR)が大きな歓声を浴びていた。
そして、チャントラとともに歓声を受けていたのが、MotoGPクラスのルーキー、小椋藍(トラックハウス・MotoGP・チーム)である。サーキットではもちろんチャントラのTシャツを身に着けたファンも多かったが、小椋の「79」グッズを身にまとうファンも多かった。
タイGPで、小椋がその身に受けたのは、ファンの歓声だけではない。その走りで、そして結果で、大きな注目を浴びたのだ。
最高峰クラス初レースも、「レースに対する緊張はなかった」
タイGPの小椋藍(トラックハウス・MotoGP・チーム)の結果を振り返ろう。
金曜日午後のプラクティスで9番手となって、Q2ダイレクト進出を果たした。プラクティスというセッションは、トップ10に入れば予選2(Q2)にダイレクトで進出できる。全てのライダーは、ここでトップ10に入ってQ2ダイレクト進出を果たすことをレースウイークにおける最初のターゲットとしている。というわけで、プラクティスの終盤は、さながらプレ・予選のタイムアタックとなる。
プラクティスでQ2ダイレクト進出を果たした小椋は、予選でそのタイムをさらに削ってみせた。5番手タイムをたたき出して、2列目を獲得したのだ。しかし、予選5番手は、結果的にそのあとの布石にすぎなかった。
小椋は土曜日午後に行われた、13周のスプリントレースで、2022年、2023年チャンピオンのフランチェスコ・バニャイア(ドゥカティ・レノボ・チーム)の背後についてレースをして、4位でゴールしたのだ。
レース内容としても、小椋はレース後半に入るまで、ほとんどバニャイアの背中にぴたりとつけていた。この日、バニャイアはバイクを止めることに苦戦しており、小椋はチャン・インターナショナル・サーキットを得意としているのだが、それでも注目を集めるレースであり、4位だったことは間違いない。
レース後、小椋の囲み取材には多くの海外ジャーナリストがやってきた。
この囲み取材で、小椋は「(この結果は)大きな大きなサプライズでした」と語るとともに、2度のタイトルを獲得した、現在の最速ライダーの一人であるバニャイアの後ろで13周にわたり走ったことが「本当に貴重な経験だった」と述べている。
タイGPの小椋には、MotoGPクラス初レースの緊張などは見られなかった。レース前にピットから出てグリッドにつくためのサイティングラップも、スタート前にコースを1周走るウオームアップ・ラップも、ゆっくりと走ってほとんど最後にグリッドについた。
決勝レースでも、その様子は変わらなかった。さすがにスタート直前は「いつも通り(Moto2のときのように)」ではなかったというが、それはレースへの緊張とは異なるものだった。
「メンタルのマネジメントって、僕にとっては経験を重ねるにつれて難しくなることなんです。経験を積んでいけばいくほど、『この位置でゴールしなきゃいけない』というものが生まれてくる。(自分のベストを尽くすことができれば)『何位でもいい』という今は、全然大丈夫ですよ」
「ただ、スタート前はやることが多いんです。(ホールショットデバイスを作動させて車体を)沈めなくちゃいけなかったり。やることが多いので、『全部忘れないように!』という緊張はありました。でも、レースに対する緊張じゃなかったです」
今は両肩に何の重圧も乗っていない、と言う小椋は、決勝レースでは5位でチェッカーを受けた。小椋の前でゴールしたのは、優勝したマルク・マルケス、2位のアレックス・マルケス(BK8・グレシーニ・レーシングMotoGP)、3位のバニャイア、4位のフランコ・モルビデリ(プルタミナ・エンデューロVR46・MotoGPレーシングチーム)だけだ。もちろん、ルーキーとしてトップ。ドゥカティライダーのトップ4に次ぐ、ドゥカティ以外のメーカーとしてのトップの順位でもあった。この結果は快挙、と言っていい。
チェッカーを受けた小椋は、クールダウンラップを走ってピットに戻った。チームはそれを拍手で迎え入れる。小椋もまた、チームに向かってガッツポーズをしてみせた。
小椋はこの日の結果について、囲み取材で「(昨日よりも)満足しているし、(この結果は)サプライズでしたよ」と語った。もちろん、小椋だってこの結果はうれしいのだ。けれど、そう語っていた様子はいつもの調子であったことが小椋らしく、そして、浮足立つことのない姿勢は頼もしさを感じさせた。
ちなみに、小椋がピットに入って少ししたあと、小椋のデビューレースを見守っていたらしいノーマン・ランクが、トラックハウス・MotoGP・チームのピットに入っていった。ランクは、2024年までの8年間にわたって小椋と組んでいたクルーチーフで、小椋が「特別な関係」と表現する人物だ。
ランクからどんな言葉をかけられたのか? と尋ねると、レース後には会っていないという。ただ、レース前には「簡単に『がんばれよ』みたいな言葉」をかけられたそうだ。
MotoGPクラスのデビュー戦を華々しい結果で終えた小椋だが、今後のターゲットは変わっていない。小椋は自分のベストを尽くしたいと考えている。「結果がよければうれしいけど、だめでもよくても、どんなリザルトでも受け入れる態勢はできている」とも言う。
変わらない姿勢で、小椋は次戦以降も戦うのだ。
スプリントで4位、決勝レースで5位。見事なデビュー戦を飾った©Trackhouse Racing
トラックハウス・MotoGP・チームのピットの様子©Eri Ito
Moto2、Moto3クラスの日本人ライダーの2025年シーズン初戦は
2025年シーズン、Moto2クラスには佐々木歩夢(RW – インドロフォーリア・レーシングGP)と國井勇輝(イデミツ・ホンダチームアジア)が参戦する。
4年ぶりのロードレース世界選手権参戦となる國井は、2021年当時はMoto3クラスに参戦していたが、今季はMoto2クラスへの参戦である。Moto2マシンへの適応に苦しんでいたが、現地にかけつけたハルク・プロ代表の本田光太郎さんの助力もあり、セッティングを大幅に変更した。これが改善につながったという。決勝レースは「最初はちょっと自信がなかったんですけど、周回を重ねるごとに自信を取り戻していきました」と言い、最終的には19位でゴールしている。
Moto2クラス2年目の佐々木は、チームをRW – インドロフォーリア・レーシングGPに移籍しての参戦である。レース中、他のライダーの背後について数周にわたり走ったため、フロントタイヤの温度が上がってしまい、タイヤを傷めた。これが苦戦につながり、23位でゴール。佐々木は苦戦したものの「なぜ自分が遅いのかはわかっているので、それはよかったと思います」と語っている。
Moto3クラスでは、今季、古里太陽(ホンダ・チームアジア)と山中琉聖(フリンサ-MTヘルメット-MSI)が継続参戦する。ともに、前年と同じチームからの参戦だ。
山中は優勝も狙える位置で走っていたが、10周目、5コーナーでギャップを拾ってしまい、転倒。古里は8周目、3コーナーで転倒を喫し、両者ともにリタイアに終わった。
MotoGP第2戦アルゼンチンGPは、アルゼンチンのテルマス・デ・リオ・オンド・サーキットで、3月14日から16日にかけて行われる。
世界選手権復帰戦であり、Moto2デビューの國井勇輝は19位©Honda Team Asia
ピットでクルーと会話する國井。イデミツ・ホンダチームアジアには4年前に所属していたが、何人かの顔ぶれは変わっている©Eri Ito
Moto2クラス参戦2年目の佐々木歩夢は、今季、RW - インドロフォーリア・レーシングGPからの参戦©Eri Ito
決勝レースで上位を争った山中琉聖。惜しい転倒だった©MSi Racing Team
山中は、今季、フリンサ-MTヘルメット-MSからの継続参戦©Eri Ito
古里太陽は8周目に転倒、リタイア©Honda Team Asia
古里太陽は、Moto3クラス参戦4年目のシーズン©Eri Ito
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