「日本一速い部品屋さん」を目指し、チームオーナー&ライダーとして夢に挑む

「2025 FIM世界耐久選手権“コカ·コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース 第46回大会」(以下、鈴鹿8耐)が、8月3日(日)に無事に幕を閉じた。決勝当日は気温36度、路面温度65度を超える過酷なコンディション。レース序盤から転倒も多く、終盤には2度のセーフティーカー導入も。参戦した55チームのうち7チームは完走扱いにはならず、また7チームがリタイヤ。まさに激戦となった。

そんななか今年初めて鈴鹿8耐に挑んだ「BALZ & ADVANCE MC with FUJIKI KOGYO」は無転倒で198周を走破。総合26位、SSTクラス9位、2026年鈴鹿8耐のSSTクラスシード権も獲得するという期待以上の好成績を残した。

この「BALZ & ADVANCE MC with FUJIKI KOGYO」をチームオーナー&ライダーとして率いたのが菊地純さんだ。菊地さんは、サンスター製モーターサイクル部品のマーケティング事業を行う国美コマースの社員。1人のサラリーマンライダーが8耐参戦という夢をかなえるために、そしてチームづくりに奔走した日々をインタビューした。

菊地純:1983年生まれ。国美コマース株式会社 二輪AM事業部 業務推進課次長。イベントレースや地方選手権(ST600/ST1000)に参戦し、サンスター製品の使用感や性能を身をもってテストするスポーツライダーとしても活動。鈴鹿8耐という夢が目標に変わった2022年から本格始動。菊地さんのX(旧Twitter)には、#鈴鹿8耐 #中年の星 のハッシュタグで準備期間中のつぶやきや8耐回顧録を発信中。

鈴鹿8耐2025に挑んだ「BALZ & ADVANCE MC with FUJIKI KOGYO」。

「自分のチームで参戦する8耐が最初で最後になっても悔いのないように」と、ライダー3名はお揃いでレーシングスーツを新調。

川口篤史:「BALZ & ADVANCE MC with FUJIKI KOGYO」ライダー。鈴鹿8耐参戦は、今年で6回目。レースウィーク初日の走行で、海外チームのライダーと接触して転倒も。

吉原匡徳:「BALZ & ADVANCE MC with FUJIKI KOGYO」ライダー。北海道札幌市にある機械器具設備工事や管理業務を行う「大徳機設工業」代表。チームのスポンサーでもある。

悔いのない人生を考えた時、どうしてもかなえたい夢があった

菊地さんは19歳で国美コマースで働くようになり、「もてぎ7時間耐久ロードレース“もて耐”」でレースへの興味をもったという。

「その当時のもて耐はビッグバイクレースで、大きいバイクで一般のライダーがサーキットでバトルしているのがとにかく楽しそうに見えて憧れましたね。でも若かったし、どうやったらレースに参戦できるのか、チームをつくれるのか全く分からなかった…そうしているうちに生活環境の変化や転職などで、レースから少し遠ざかったんです。バイクには乗り続けていたけれど、レースへの興味が復活したのは、28歳で国美コマースに再就職したとき。周囲の協力を得ながら、 2015年『筑波ツーリスト・トロフィー』に参戦したのが、はじめてのレースでした」

バイク業界で再び働き始め、業界内での人脈も広がり、憧れの鈴鹿8耐への参戦する方法も理解していった。さらにライダーとして誘いを受けたこともあった。

「鈴鹿8耐のライダーにと声をかけてもらったときは本当に光栄で嬉しかった!でも、国際ライセンス取得という壁があったし、ちょうど子どもが生まれるタイミングもあって…。だから、迷いつつ断ったんです。けど、本当はやりたいから、ずっとくすぶっていて…。そうこうしてるうちに声をかけてくれたチーム『ADVANCE MC & FOC CLAYMORE EDGE with DOGHOUSE』が2022年に鈴鹿8耐参戦を叶えて、それを見たときにすごくすごくうらやましかった…。

そうして、自問自答し続けたある時に思ったんです。チャレンジしない理由を家族とか他責にしているんじゃないかって。自分の実力が足りないという現実ではなく、他責にしようとしてることに気がついたときに非常に自分が嫌になったんです。これはいかん!死ぬ時に絶対後悔する!と思って、2022年の秋、奥さんに鈴鹿8耐にチャレンジしたいって話しました」

菊地さんが悶々としていることに気づいていた奥様からは「そう言うと思ってた、やってみたら」と言ってもらえたという。ただし40歳までに国際に昇格、鈴鹿8耐参戦のリミットは45歳までという条件付き。このとき菊地さんは39歳。この年、筑波ロードレース選手権ST600でシリーズ5位になっている。

桃原喜世司:「BALZ & ADVANCE MC with FUJIKI KOGYO」チーム代表。東京都杉並区にあるバイクショップ「BALZ STORE MOTORCYCLE」代表。名門・桜井ホンダに16年勤めた後に独立。「菊地の国際昇格を目指して、バイクとコースを変えて一緒にレースしよう。8耐参戦の夢を叶える手助けをする」というきっかけから、一緒にレースを開始。2023年、場所は筑波サーキットからモビリティリゾートもてぎへ、バイクは600ccから1000ccに乗り換え、心機一転、国際ライセンス昇格に向けて挑戦が始まった。

吉井秀美:「BALZ & ADVANCE MC with FUJIKI KOGYO」チーム監督。栃木県宇都宮にあるバイクショップ「アドバンスMC」店長。鈴鹿8耐にライダーとして3度の参戦経験あり。2022年には監督として「ADVANCE MC & FOC CLAYMORE EDGE with DOGHOUSE」を率いて、鈴鹿8耐完走という実績を残す。

山代浩司:チームメカニック。チーム代表の桃原さんと桜井ホンダで同僚として働いていたキャリアを持ち、桜井ホンダではレースメカとして鈴鹿8耐、全日本を経験。「桃原メカとの阿吽の呼吸は、見ていて気持ちが良いほど」と菊地さんは語る。

広川静香:チームメカニック。普段は実家のバイクショップ「広川モータース」(神奈川県横浜市)で整備士をしている。

土方大助:チームメカニック。静岡県浜松市にあるバイクショップ「MOTO SERVICE EDGE」店長。2022年に「ADVANCE MC & FOC CLAYMORE EDGE with DOGHOUSE」が参戦した際もメカニックとして活躍。

五十嵐礼:チームメカニック。普段は静岡県浜松市にあるバイクショップ「MOTO SERVICE EDGE」で整備士をしている。

30日のテストセッションで菊地さんと川口さんが転倒。その日は遅くまで、メカニックが修理をした。

隙間時間にメカニックやピットクルーは何度もガソリン給油やタイヤ交換のピット作業を練習する。

国際昇格を目指し、バイクも一新した2023年

翌2023年は国際昇格を目指し、もてぎロードレース選手権ST1000に挑戦の舞台を移した。自身のバイクで参戦すべく金融機関から550万を借り入れ、ヤマハのYZF-R1が相棒に。見事シリーズチャンピオンに輝き、鈴鹿4時間耐久(INTクラス)では総合5位という戦績を残した。

2024年、国際に昇格。そしてホンダのCBR1000RR-R SPに乗り換え、2024年全日本ロードレース選手権もてぎRdST1000で14位、2024年鈴鹿サンデーロードレース第1戦ST1000で13位、第2戦ST1000で11位の結果を残した。この夏、鈴鹿8耐に参戦する「MOTORCYCLES#27 EJ YIC」にライダーとして招集されている。

「はじめての鈴鹿8耐は自身のチームでと思っていたので一度はお断りしたのですが、さまざまな事情があって『MOTORCYCLES#27 EJ YIC』のライダーとして乗らせてもらうことになったんです。ただ、こちらからひとつお願いをしました。それは、一緒に鈴鹿8耐を目指して欲しいとお願いした『BALZ STORE MOTORCYCLE』の桃原さんをメカニックとしてジョインさせてほしいというもの。自分達のチームで参戦する時のために、桃原さんにも一緒に8耐を経験して欲しかったんです。

『MOTORCYCLES#27 EJ YIC』は無転倒で完走し、総合35位、SSTクラス8位の結果に。僕自身はあまりプレッシャーを感じることなく走ることができましたし、桃原さんもメカニックとして経験値を高めることができました。『MOTORCYCLES#27 EJ YIC』チーム監督の江島さんはじめ、皆さんに感謝です。この経験のおかげで、自分達のチームで参戦するために必要な事が何なのか、より具体的にイメージ出来るようになりました」

菊地さんの隣に跪いて話す磯野弘幸さん。磯野さんは、茨城県水戸市にあるバイクショップ「CARAMELL MOTORS」代表。菊地さんとは2017年にはMV AGUSTAで鈴鹿4耐に取り組み、2019年からは「テイスト・オブ・ツクバ」にもチームを組んで参戦。チームクルーとして、この鈴鹿8耐はサポートした。

写真右/レースアンバサダーの2人。右から、YouTube「ぶんぶん!みかちゃんねる」でお馴染みのみかちゃん、沖縄から駆けつけてくれたマリちゃん。みかちゃんはライダーサポートとしても活躍。

レーシングスタンドや給油装置の置き台など、金属加工全般を藤竹金属工業所で製作した。

藤竹金属工業所のインスタでは、製作過程やタイヤ交換練習時の動画を公開中。

藤竹金属工業所の藤竹徹さんには、チームクルーとしても現地でサポートしてもらった。

写真右から安室貴裕さん、又野竜太郎さん。2人は給油作業担当のピットクルー。約1時間に1回行う給油は真夏でも防火服を着こみ行うことが決められている。重量のある給油タンクを持ち上げ、合図と共に給油口にピタリと合わせて給油し、ガソリンが入ったと同時に素早く引き抜くというパワー&センシティブな仕事が求められる。

今回、燃料タンクは3つを用意。基本仕様は同じだが職人の手づくりゆえに微妙に違いがあるため、モニカ、ジュリア、ジェニファーと命名して管理していた。テスト走行などこれまでのガソリンに関するデータは、専用のメモ帳にも記載。

ピットクルーの高井英俊さん。高井さんは監督の吉井さんが現役ライダーだった頃から、ADVANCE MCのレースを支えてきた。鈴鹿8耐含め数々のレースをクルーとして経験している。

ピットクルーの眞鍋将弘さん。眞鍋さんは、2022年の鈴鹿8耐で完走した「ADVANCE MC & FOC CLAYMORE EDGE with DOGHOUSE」のライダーとして活躍。

スティント待ちのライダーの疲れをマッサージで癒す足立さん。

鈴鹿8耐といえば、パドックに並ぶライダー用のプールが名物。走行を終えると、ライダーはまずプールで全身を冷やす。

スポンサー獲得活動を通して変化していった視座

2024年秋、翌年の参戦に向けて菊地さんはスポンサーの獲得に向けて始動。企画書を作成し、営業活動をスタートした。

「ロードレースはお金がかかります。実際問題、鈴鹿8耐に向けての予算を計算してみるとザッと2000万円ほどになり、到底個人でどうにかできるものでもない…。ある程度分かっていた事ですが、でもプロでもない自分がレースをするために人様からお金を頂く事に最初は違和感がありました。しかし迷いがありつつも、とにかく内容がまとまっていなくても、まずがむしゃらに企画書を作って営業を開始。すると、情熱が伝わったのか少しずつ僕たちのスポンサーになってくれるという企業が現れたんです。

ただ、自分自身に迷いがあったからスポンサーを快諾してくださった社長には率直に聞いてみたんです。『どうして僕のレース活動にお金を出そうと思ったんですか?』と。すると、内容や言い方は違えど皆さんが『僕のできないこと(バイクを速く走らせること)を菊地さんはできる。鈴鹿8耐というレースに関わりたいと思っても僕が走ることはできないし、菊地さんの活動を応援することが僕たちができる唯一のこと。だから、僕たちを鈴鹿8耐に連れて行ってください』とおっしゃるんです。

そう言っていただいて、これは役割の話なのかなって改めて思ったんですよね。チームのなかにさまざまな役割の人がいると考えたら、僕の中でちょっと自分を納得させられるようになって、そこから積極的になりました。企画書の内容もどんどんブラッシュアップして、うまくいかないこともあったけどポジティブに声をかけられるようになったら、どんどん資金も集まっていきました」

当初レース参戦にあたって設定した予算は2000万円(クラッシュコスト含まず)。協賛金が約1900万円集まり、足りない分は菊地さんが追加で金融機関から600万円ほど借りてまかなっている。こうして2500万円をチーム予算として用意したが、レース後に実費でまとめなおすと2500万円は超えるだろうとのこと。

「限られた予算の中で、何をどう使うのかというのは何度もチームで話し合いました。とくにメカニックとの折り合いは難しいところがありましたね。例えば僕は結果を求めてないから、ピットの作業時間が1分だろうが30秒だろうがはっきり言ってどっちでもいいんですよ。むしろ1分かかるけどスタンドとか作らずに済むなら、金銭的にそっちがいいと僕は本当は言いたい。だけど、メカニックはそういうモチベーションじゃないんすよ。やるからには、少しでも早く!だから、スタンドが必要!となる。その気持ちも分かるし、モチベーション高く仕事をしてほしいという思いもある…。だけどやっぱり背に腹は代えられないお金の問題があって、予算の価値観をすり合わせるのもすごく大変でしたし、瞬間的にはムードが悪くなるようなことも当然ありました。

限られた予算のなかで、例えばヘルパーの方にも『日当は出せないけど、あごあしまくらは用意します。それでも手伝っていただけますか?』というのもオファーの段階で正直に伝えました。やはりお金の話をうやむやにして進むとお互いに気持ちよくないし、とにかく全員がチームとして団結してやり切りたかったんです。こうしてぶつかりながらも一人一人が当事者意識をもって挑むことができた。だから、チームの雰囲気はワークスにも負けない情熱があったと僕は自負しています」

個人協賛は1万円〜30万円のコースを用意し、仲間を通してスポンサー活動を行った。

資金調達よりも大変で、学びも大きかったチームづくり

「鈴鹿8耐の夢をかなえる過程で1番大変だったことを振り返ってみると、お金がないことは借りたりして解決できるので大きな心労ではなかったですが、チームづくりが1番大変でしたね。僕自身のことを言われるのは全く意に介さないタイプなんですけど、僕に関わって協力してくれている人たちの間で何か歪みが起こって、それが耳に入るとストレスに感じることも実際ありました。

レースウィーク中はライダーとして集中したい気持ちも強かったですし、でもチームオーナーとして見過ごせないこともあって…。誰が悪いということではなく、精一杯の状況下でコミュニケーション不足や言葉が強くなることで生まれた歪みを、僕に気を使わせないように他のメンバーが心配りしてまとめてくれたり…それで救われたところはとても大きかったです。

鈴鹿8耐は決して1人では成し得ない夢でしたし、成績ではなくチームでやり切りたい、チーム全員が僕たちのチームに関わってよかったと思ってもらえるムードづくりを重視していたので、総意として概ね『やってよかった!苦しいこともあったけど楽しかった!』って言ってもらえていることが本当に嬉しいです。

チームオーナーを経験して、改めて人の気持ちや心というのは自分の思い通りにならないと思いました。これはレースだけではなく、仕事でも同じですね。そうした意味でも大きな学びがありましたし、この経験が人生においてかけがえのない財産になったことは間違いありません。レースに挑戦したい若手ライダーには、この経験を伝えることで少しでもバイク業界の発展の一助になればとも思います。

最後に、チームメンバーはもちろんサポートや応援してくれた皆さま、鈴鹿8耐という舞台を盛り上げてくれたレースファンの方々、運営に携わっていた方々全員に感謝しています。本当に、ありがとうございました」

チーム名のネーミングライツにもなっている、メインスポンサー「藤木工業」の藤木社長。鈴鹿8耐参戦前から菊地さんのレース活動にスポンサードしている。「藤木社長の応援なくして、この8耐プロジェクトは成立していない。本当に感謝です」と菊地さん。

11時半からスタートした決勝が終わるのは19時半。ピットに集うメンバーや関係者は、ただただモニターを見つめて祈る。

菊地さんのレース活動のコンセプトの一つに【家族を巻き込む】がある。無事に終わって家族みんなで家に帰ろうという思いで、レースに帯同してもらっている。2025年の鈴鹿8耐も家族みんなで菊地さんの勇姿を見守った。ちなみに、2017年鈴鹿4時間耐久ロードレースに出場し、レース直後のパドックで奥様にプロポーズしたのも良き思い出。

無事にレースが終わり、ピットに笑顔があふれる。

完走した後、自然と涙がこぼれた桃原さん。目標としていた200周走破には届かなかったが、無転倒でレースを終えることができた達成感が安堵の表情にあらわれていた。

レースが始まる前は完走できたら泣けるかな?と思っていたという菊地さん。痛くも悲しくもないのに泣いたのは、長男が生まれた時以来という嬉し涙のワンシーン。

レース序盤から腰痛に悩まされたと語るが、堅実な走りで菊地さんの熱い夏は終わった。

中年の星になる!鈴鹿8耐2025に挑んだ42歳の夏【チーム発足から資金調達、チームづくりまで】ギャラリーへ (32枚)

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