ホンダ4ストロークvs世界の2ストローク、ヤマハ電動トライアル
現在のトライアル界は2ストロークと4ストロークのエンジン車、それに電動トライアルが同じ土俵で戦う競技だ。
かつてはエンジンの瞬発力や軽量な車体を生かした2ストローク勢ばかりだった時期があったが、対環境へのローエミッションを目指してホンダが2005年に4ストローク化に着手、他のヨーロッパメーカーもトライはしたが、実用化までには至らず、ホンダ4ストロークエンジン車対GASGAS、Beta、スコルパやシェルコといった2ストロークエンジン車の戦いになっていた。
すると2018年、ヤマハが電動トライアルマシン、TY-Eを発表し、17年にスタートした電動トライアルマシンだけの選手権「トライアルEカップ」に参戦。このクラスにはEM社(=エレクトリックモーション社)やGASGAS社、メカテクノ社も参戦し、将来に向けての電動化は必須――という流れになってはいた。
そして国際A級クラスでは、EM製電動マシンに乗る成田匠が、第2戦・九州大会から3連勝を決め、この和歌山大会で3位表彰台を獲得、見事に電動マシンで全日本チャンピオンを決めている。
全日本選手権へは2023年に、ヤマハがTY-E 2.1を投入。23年は、全日本トライアルの最高峰クラスIA-S(=IAスーパー)クラスで2位2回、3位2回の成績を収め、ランキング3位を獲得。24年シーズンはこれまで4戦のうち、ホンダ4ストロークエンジン車の小川友幸+ホンダRTL301RRが開幕2連勝、ヤマハ電動TY-E 2.2+氏川政哉が2連勝を挙げての第6戦和歌山大会だった。特に第3戦もてぎ大会は、ヤマハTY-E2.2が表彰台を独占、第4戦わっさむ大会は1-2フィニッシュを決めてのレースだった。(※第5戦広島大会は悪天候のため中止)
そしてこの和歌山大会に、ホンダがついに電動トライアルマシンを投入。RTLエレクトリックと名付けられたマシンで、ライダーは2021年に現役を引退した、日本人初の世界トライアルチャンピオン藤波貴久。ホンダワークスチーム「Team HRC」からテストライダーとして、全日本選手権へは実に21年ぶりの参戦となる。
「RTLエレクトリックには、この5月に初乗りしました。その時はHRCの敷地内で、ジャンプや急加速といったトライアル的な動きは出来なかったんですが、ほぼ出来立てのプロトタイプの時点で、パワーがあるな、伸びしろがすごいんだろうな、って思いました」と藤波は語っている。
RTLエレクトリックの開発スタートは、この2年以内。自らもトライアルIA-Sライダーとして全日本トライアルに参戦していた、開発責任者である斎藤晶夫さんが、ライダーとして、エンジニアとして開発を進めてきた。
「当社のRTL301RR、世界トライアルに出場しているモンテッサCOTA 4RTに負けないトライアルマシンを目指しまています。RTLエレクトリックと従来のエンジン車は、まだ一長一短。バッテリー+モーターの出力特性を、いかにライダーの感覚に近づけていくかですが、こと出力特性に関しては、従来のエンジン車がエキゾーストやカムで特性を変更していたものが、RTLエレクトリックではモーターの出力制御、つまりマッピングで大部分が済んでしまう。これが大きなメリットだと思います」(斎藤さん)
5月の初乗りの後は、6月末。次々とテストメニューをこなしていって完成度を上げていく。
「2回目のテストからは、トライアルパークでアクションもこなしました。第一印象は、やっぱりパワーがあるな、と。もちろん、パワーがあればいいというものではなくて、次はそのパワーの『出し方』ですよね。モーターの出力をどう出すかという制御面は、ここまで長い間かけて開発してきたエンジン車に、いかに近づけるか、という積み重ねになると思います」(藤波)
テストを重ねて、半年足らずでの実戦デビュー。この和歌山大会でデビューすることは、開発をスタートした時から決めていたのだという。
「エンジン車に比べて、すでに勝っているところも、まだまだ及ばないところもあります。エンジン車がすぐに電動に切り替わるわけではありませんが、まずは今シーズンの残り3戦に継続参戦します。けれど、最終戦はその時点でランキング10位に入っていないと出場資格がないので、まず和歌山大会と次戦の菅生大会でランキング10位入りを狙います。今シーズンは藤波だけがRTLエレクトリックに乗り、他のライダーが電動に乗り換えることはありませんが、いずれは小川友幸選手とか、トニー・ボウ選手に『乗りたい』と言わせるマシンを作りたい」(斎藤さん)
どれくらいの戦闘力があるのか、まったく未知数。それでも「僕は世界一の負けず嫌い」という藤波は「優勝を狙っていきますよ、当然」といった。
ホンダが狙うは、もちろん試合での優勝と、その先の電動トライアル車の普及、それが将来のカーボンニュートラルとモータースポーツの融合につながっていくこと。
あくまでもRTLエレクトリックと藤波のデビューは、この目標へ向けての第一歩だと考えられていた。
「世界のフジガス」斬れ味健在!
ホンダがRTLエレクトリックの全日本トライアル参戦を発表してから2日後、全日本トライアル選手権・第6戦が和歌山・湯浅トライアルパークで開催された。大会には前戦・北海道大会の倍近くとなる1274人のファンが詰めかけ、注目度の高さをうかがわせた。
今シーズン初参戦ということで、ランキングを持たない藤波は、全ライダーのうち第1走者でコースイン。第1走者は、他のライダーの走りや走行ラインを見られないため、トライアルでは圧倒的に不利なスタート順だ。
しかし藤波は、その不利をものともせずに最初のセクションを、ノーミスである減点「0」=クリーンで通過すると、セクション4までで3つのクリーン、セクション2で減点1のみという最高のスタート。セクション4までは、ここまでランキングトップの小川友幸(ホンダ:4ストローク)が減点7、氏川政哉(ヤマハ:電動TY-E)が減点11という滑り出しで、10のセクションの1ラップ目を首位で通過。2番手に2点差の小川、3番手の黒山健一(ヤマハ:電動TY-E)は8点差だった。
2ラップ目にはさらに藤波が調子を上げ、最大減点「5」は、1ラップ目に3セクションであったのに対し、2ラップ目は1セクションのみ。減点24だった1ラップ目に対し、2ラップ目は減点14と大きく減らし、クリーンは4セクション。2番手の黒山は7点差、3番手の氏川は17点差で、セクションをふたつ通過するスペシャルセクションを待たずに、藤波の優勝が決まった試合となった。
スペシャルセクションは、藤波、小川、氏川が2セクションとも減点5だったのに対し、黒山が1セクション目をクリーンと意地を見せ、総合2位を獲得。3位にはホンダの小川が入り、ポイントランキングでは黒山→小川→氏川というTOP3となった。
この結果、全日本トライアル初参戦の藤波はランキング12位にランクイン。次戦スポーツランド菅生大会の結果によっては、最終戦シティトライアルジャパンへの出場が可能となる。
優勝:藤波貴久選手 コメント
「21年ぶりの全日本トライアルで、勝たなきゃいけないプレッシャーの中、短期間できっちり勝てるマシンに仕上げてくれた開発陣のおかげで、大事な、そして歴史的な戦いで勝つことができました。1ラップ目の後半やSSで(減点5の)ミスがあって、ライダーの出来としては情けない部分も思いもありますが、まずは勝ててよかった。次の菅生大会まで2週間、さらにマシンを仕上げて全力で勝利に向かいます。久しぶりの全日本で、ファンの皆さんと再会できて、とてもありがたく、幸せです。皆さんの応援に後押ししてもらって勝てました。ありがとうございました」
2位:黒山健一 選手 コメント
「僕の中では最低限の仕事ができた、というレベル。ただ、今回デビューの藤波選手に負けてしまったので、非常に悔しく、モヤモヤした結果になってしまいました。それでも2位になれて、これはこれで良し。次の菅生大会では優勝したいと思っていますので、引き続き応援をよろしくお願いします」
参戦発表会の席では「今のバイクの出来は70~80%。新しい乗り物だけに、伸びしろはものすごく大きいと思います」と語っていた藤波。菅生大会の結果、最終戦・大阪大会に出場できるのか、そしてヤマハTY-Eとの再戦が楽しみになって来た。
【画像】【全日本トライアル】RTLエレクトリックデビューウィン! (8枚)この記事にいいねする