Photo/MotoGp news

1990年代に国内外のロードレースでその名を轟かせた青木三兄弟の次男、青木拓磨氏。全日本で王座に輝いた後、世界グランプリの500ccクラスにステップアップし、これからという時に1998年のテスト中の事故で下半身の自由が効かない身体になってしまい、現在は車いすレーサーとして4輪レースへ転向し、昨年のアジアクロスカントリーラリーでは総合優勝も遂げています。
その拓磨選手がWGP500クラスに参戦中の出来事を振り返って語ってもらいます!

「青木拓磨のモータスポーツライフ」前回はコチラ!

マルケス兄弟、おめでとう!

みなさん、こんにちは。先日のMotoGP、ドイツのザクセンリンクで開催されたドイツGPではフランチェスコ・バニャイア選手が優勝しましたが、その際にある記録が樹立されました。グレシーニ・レーシングから出場しているマルク・マルケス選手とアレックス・マルケス選手の兄弟がそれぞれ2位と3位でフィニッシュし表彰台に上がったのです。マルケス兄弟はともに優勝経験も豊富ですし、2014年と2019年のシーズンのタイトルを同時に獲ったこともありますが、MotoGPの最高峰クラスで表彰台を分け合ったことはありませんでした。
そこで出てきたのが、最高峰クラス(プレミアムクラス)では27年ぶりの兄弟表彰台という話題です。27年前、1997年のWGP第8戦イモラで表彰台に上がったのが、青木宣篤&拓磨兄弟ということなんですよね。

27年前のイモラでのレースです。何で表彰台に立てたかわかります? 実は当時プレステでコソ練してたから、なんです。これマジな話(笑)。プレステには、イモラと鈴鹿とニュルブルクリンク(ドイツ)が収録されてたんですよ。そこでコソ練やってて、そのうちの2つで表彰台獲得したんですよね。イモラの次のドイツGPニュルブルクリンクでも兄弟で3位争いして、ミック・ドゥーハン、岡田忠之の両選手に続いて3位、宣篤が4位でした。でも、ここで前を行く2人のどちらかが転倒していたら、イモラに続く兄弟表彰台になってたかもしれませんね。

兄弟で世界選手権に参戦しているってこと自体、珍しいことかもしれません。僕らの前というとクリスチャン&ドミニク・サロン兄弟かな? 僕らの後には青山博一・周平兄弟もいたけれど(周平選手は最高峰クラスには参戦していない)しかいなかったんじゃないかな?

兄弟表彰台はこんなにも稀な出来事だったのか?

今回のニュースで、そういえばあの一回の表彰台がずっと破られていなかったんだなって再確認しました。マルケス兄弟には簡単に抜かれると思いきや、なかなかこういうことが揃うのって難しいんだなというのが実感です。しかも、ワン・ツーの表彰台じゃないんですよね、僕らと同じ2位と3位の表彰台。

つまり、記録としては青木兄弟とタイ。僕らはまだ抜かれてないってこと!?(笑)。そもそも非常に限られたライダーが競い合うプレミアムクラスに兄弟が同時に走ること自体が珍しく、その中でトップ争いを演じ表彰台に立つこと自体厳しいわけです。今回もホルヘ選手の転倒がなかったらこの記録もなかったわけで、本当に最後のピースが揃うか揃わないか、という天文学的なめぐりあわせかもしれませんね。

27年経ってようやく、僕ら兄弟とタイ記録が達成されたわけだけど、1-2フィニッシュを達成できるだけの力を持った兄弟だと思います。近いうちに記録更新されるのも夢ではないかもしれませんね。

青木拓磨のモータースポーツチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UC6tlPEn5s0OrMCCch-4UCRQ
takuma-gp
http://rentai.takuma-gp.com/

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