鈴鹿8時間耐久レース2019

-オートバイは、たくさんのことを教えてくれました-
バイク小説を二十年以上に渡り書き続けてきた著者が、オートバイに教えてもらったことをエッセイというスタイルで綴る。
二輪誌で三年半ほど連載していたオートバイエッセイをまとめた著書「Rider's Story オートバイが教えてくれた」より、一部を掲載。

鈴鹿8耐でGSX-Rが教えてくれた「理由は無くていい」

生まれて初めてのレース観戦

 レースに興味がなかった。理由はよくわからない。スポーツ観戦もそれほど熱心でないから、競い合うこと自体に興味が持てないのかもしれない。レースの生観戦はもちろん、テレビで観ることもなかった。
 バイク小説を書くようになって知り合った人とよく話題になるのが、鈴鹿8時間耐久レースだった。もちろん存在は知っていた。かなり熱狂的に盛り上がっていた時代もあったし、それを舞台にした小説や物語も多数ある。数年前から、観てみたい、体感してみたい、と思うようになっていた。
 そんなタイミングで、知り合いがレースに参戦する、という情報が入ってきた。サポートするメカニックも知り合いだった。

 2019年の夏、僕は生まれて初めてオートバイレースを観戦することになった。念願の鈴鹿8時間耐久レースだ。
 7月26日の金曜から28日の日曜まで3日間、車中泊での強行観戦。この初めてのレース観戦を終えたら物語を書こうと思っていた。レースを舞台にした短編小説を、一つや二つは書けるだろうと、その時は軽い気持ちで思っていた。

 それにしても、応援するチームがあって良かった。恥ずかしいことに、今、オートバイレースの世界で、どのチームのどの選手が強いのか、ライバルは誰なのか、分からない状態で来ていた。そんな素人が観戦するのに応援するチームも無かったら、何をどう観てどう楽しめばいいのか途方に暮れていたかもしれない。

 応援しているチームが予選を通過して決勝で順位を下げたり上げたりしているのを追いかけながら最後まで楽しむことができた。
 音がすごい、という前情報があった。現地で耳栓が売られているのを見て、それほどすごいのか、と思ったし、確かに大きな音ではあった。
 でも今回の衝撃は、音ではなかった。

レースの物語は書けない

 向こうから手前のコーナーに向かって、マシンが緩やかな下り坂を駆け下りてくる。車体を傾けてカーブを抜け、そのあとに続くストレートを物凄いスピードで走り去っていく。
 その、スピードたるや…。

 想像を絶していた。はるかに超えていた。体がむき出しの乗り物で、そのスピードを維持しながら、さらに追い抜いたり、抜かれたりを繰り返して…。
 怖くなった。情けないことに、怖くてコースから目を逸らしたくなった。もうレースを観ていられない、とまで思った。それでも目を逸らさず、しばらく目の前を走り抜けるマシンを目で追っていた。

 胸の鼓動を感じた。ドキドキしてきた。何故だろう。僕は興奮していた。胸が、体が、気持ちが、いつの間にか熱くなっていた。

 小説を書くからだろうか。いちいち理由や動機を考えてしまう。
 主人公の行動の動機というのは、物語を書く上でかなり大切な部分だ。なぜ主人公はその行動を取ったのか、なぜそういう気持ちを抱いたのか…。それは、前の場面で起こった出来事が理由だったりするわけで、だから物語を書く人は、その中で常に《行動》と《動機》の辻褄合わせをしている。
 逆を言えば、動機や理由の無い行動というのは、物語として成り立たないはずなのだ。

 レースの物語は書けない、と思った。レースを観て興奮する気持ちの理由がよくわからず、うまく言葉にできそうになかった。そもそも、物語にするときに込める伝えたいメッセージも考えられなかった。このスピードに、果たして教訓みたいなものがあるのだろうか。
 想像をはるかに超えていたスピード。スピードを追い求めることは、人間にとって良いことなのだろうか。大体、何のためにスピードを追い求めるのだろう。
 そんな次元で語るモノではないのかもしれない。人間は昔から《最速》を求めて熱狂してきた。これは人間特有の本性なのかもしれない。

GSX-R1000Rが教えてくれた

 全てのモノ(コト)には理由がある、という言葉を耳にしたことがある。この作業の理由、この形の理由、そこが壊れる理由、ここにある理由、心地いい理由……。自分もそうだと思っていた。

 だけど今は、理由がわからないモノがあっていいと思っている。
 実際に、あっても、なくても。

 短編小説を書きながら、なぜオートバイが楽しいのか、その理由を二十年かけて探してきた。だけど未だに、その明確な答えは見つかっていない。
 今回レースを観戦して、そんな理由なんてわからないままでいいと思った。追求するのは馬鹿らしいと思うようになった。

 楽しいものは楽しい。ただそれだけでいい。

 理由のないモノがあっていい。
 理由がわからなくてもいい。
 理由なんて無くてもいい。
 

 鈴鹿8時間耐久レースで、スズキGSXーR1000Rが教えてくれた。

出典:『オートバイエッセイ集Rider's Storyオートバイが教えてくれた』収録作
著:武田宗徳
出版:オートバイブックス(https://autobikebook.thebase.in/

【オートバイエッセイ】理由は無くていい (4枚)

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