ノリックこと阿部典史は、プロフェッショナルライダーを夢見て、サーキット秋ヶ瀬で腕を磨き、アメリカ修行に飛び出した。史上最年少で全日本ロードレース選手権チャンピオンとなり、ロードレース世界選手権にデビュー、最高峰クラスのチャンピオンを目指した。
常に前を向き、顔を上げてライダー人生を切り開き、圧倒的オーラを放ち、くったくのない笑顔で、ファンの心を鷲掴みにした。
ノリックの幼少期から、サーキット秋ヶ瀬の仲間、全日本ロードレース、ロードレース世界選手権と、彼が懸命に生きたそれぞれの場所で、出会った人々が、彼との思い出を語った。

 

ライダー仲間・青木宣篤さん
元MotoGPライダー&開発ライダー
出会い・全日本ロード~

【プロフィール】
ポケバイ時代から青木3兄弟として知られた長男宣篤。全日本ロードレース選手権からロードレース世界選手権参戦で活躍したトップライダー。SUZUKIファクトリーライダーとして知られノリックと同時代をWGPで戦った。バイクへの洞察の高さで開発ライダーとしても活躍した。2022年鈴鹿8耐で引退。後進の指導から、一般のライダーのためのライディングスクールを主催するなど活動、TV解説者としても知られる。

変な走り方をする噂のライダー

ノリックは、地方選を走っている頃(1992年)から変な走り方をするライダーがいるって、噂になっていた。どんな子なのかと思っていたら、1993年には全日本500ccクラスに乗り始めて驚いた。自分はロードレース世界選手権(WGP)GP250 ccクラスに参戦を始めていて、その年の全日本最終戦(筑波)の500にスポット参戦した。ノリックにとってはチャンピオン決定戦で、序盤はバトルしたけど、終盤には引き離して自分が勝ったから、正直、この時の印象はあまりない。でも、デビューシーズンにチャンピオンになってしまうんだから、やっぱり、存在感は後輩ライダーの中でも大きかったと思う。

WGPパドックでは、モーターホームをレンタルしている時期が同じだったりして、隣に止めていることが多くてご近所さんだった。トイレを詰まらせて困ると、ドアをトントンと叩いて、開けると「助けて~」と…。仕方がないから、手伝うことがあった。バドックでは、そんなふうに助けたり助けられたりするのだけど、ノリックは圧倒的に助けてもらう側だったような気がする。

2000年のテストシーズンに、ノリックの住んでいたスペインのシーチャスの家に泊まらせてもらったことがあった。海外沿いのリゾート地だから、レストランがたくさん並んでいるんだけど、その中からノリックお勧めのお店で、アロス・ネグロ(イカ墨のパエリア)を食べた。このアロス・ネグロは、シーチャスに来た人には必ず勧めていたようで、ノリックのお気に入りの料理だった。ちょっと飲んで、何を話したか、良く覚えていないけど、年齢やメーカーなど関係なく、同年代の友人のように過ごせた居心地の良い時間だったことを覚えている。

ライダーとしては才能が120%、ほめ過ぎかな?ものすごい才能の持ち主でしょう。日本人としては特出しているライダーだと思う。行ける時は行く、ダメな時は駄目とわかりやすく結果がわかれるけど、ピーキーで、パチっとはまると強烈な速さを見せる。それが、ものすごく良く表れたのが1994年のワイルドカード参戦の日本GP鈴鹿でしょう。今、見ても、あの走りは神がかっていたと思う。WGPでもっと活躍して、何度も勝っていて不思議でないライダーだと思う。

モータースポーツに、すごい誇りがあったんだと思う

カリスマ性も強烈だった。俳優の福山雅治さんがWGPの応援に来るなんて、あまりないことだと思う。ノリックには人を惹きつける何かがあった。それは、何だったのかと考えたんだけど、自信だったのかなと思う。「モーターサイクルレースは1番なんだ。自分は世界のトップで戦っているんだ」って信じていたことじゃないのかなと。

自分も、大きな声で言ったことはないけど、ずっとそう思っていた。野球も、サッカーも、それ以外のスポーツも素晴らしいけど、レースだってすごいんだぞって、負けてない世界なんだっていう思いがあった。それを、ノリックは言動や存在で示していた気がする。だから、ハリウッドスターだろうが、誰だろうが、対等なんだ。自分が生きているレース界に、すごい誇りがあったんだと思う。だから、ノリックは勝っても負けても、転んでも、何をしてもスターだったんだよ。「俺はナンバー1だ」って、その意識がノリックを輝かせていたんだと思う。

残念だけど、WGPではそんなに絡んだレースがなかった。自分はコツコツ積み上げて真面目に走るタイプのライダーで、ノリックとは真逆だけど、お互いにライダーとして絶好調という時に、勝負がしたかったなと思う。どんなレースになったかわからないけど、バチバチにバトルをして負かしてみたいライダーのひとり。

そんなに仲が良かったわけじゃないけど、ノリックには生きて「レースってすごい、ライダーってカッコ良いんだ」って示し続けてほしかった。残された自分たちは、ノリックがやろうとしていた育成や、レース界を盛り上げて行くことに向き合わなければならないと思っている。

 

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