文:佐藤洋美

Webike TEAM NORICK YAMAHA監督である阿部光雄氏。その息子がロードレース世界選手権(WGP)で活躍した阿部典史であり、その長男、真生騎が2018年「Webike TEAM NORICK YAMAHA」の体制発表に14歳で登場しバイクに乗り始めたニュースは、大きな注目と期待を集めレース界を駆け巡った。

「阿部典史」は、「ノリック」の愛称で親しまれた世界に誇るライダーだ。1993年、17歳で全日本ロードレース選手権最高峰クラス500ccにデビューし史上最年少でタイトルを獲得、1994年スポット参戦したロードレース世界選手権(WGP)日本ラウンドで、いきなり、世界の強豪と互角の戦いを見せ、転倒に終わるも、その走りは世界を震撼させた。その後、ロードレース世界選手権(WGP)500ccに参戦、3度の勝利を数えレース界を牽引した。

後進の育成に乗り出し「チームノリック」を結成したのが2006年。全日本ロードを戦い始め、観客を増加させ、スター健在を示した矢先の2007年に不慮の事故で他界、レース界は深い悲しみに沈んだ。

その意志を継いだのが、父である光雄氏だ。光雄氏は、オートレーサーとして「川口四天王」と呼ばれたメジャーレーサーであり、2016年まで、オートレースの一線で活躍しながらチームで指揮を執ったが、この年から監督に専念する。2006年10歳でチームノリック入りした野左根航汰は、2013年全日本J-GP2チャンピオンに輝き、ヤマハファクトリー入り、2021年からスーパーバイク世界選手権参戦を掴み世界デビューした。

光雄氏が見出した岡本裕生はチーム卒業後ではあるが2018年、2020年と全日本ロードST600で2度タイトルを獲得している。徹底的に走行機会を与え、鍛え上げる育成方法は、誰もが認め、実行したいと願うが、誰もが出来ることではなく、これは、唯一無二の阿部監督の手腕に他ならない。

その阿部監督が、血縁ということを抜きに「乗った時から違っていた。まだ、結果が出ていないが、ダートやモタードでのスライド、滑られ方が綺麗で、それをスピードへとつなげていくライディングに長けている。ひいき目に見ても才能がある」と真生騎を称する。

阿部真生騎インタビュー

───全日本参戦となった今季、シーズン途中で参戦中止となったことは、ショックだったのではありませんか?経験という意味合いなら、岡山国際サーキットも、オートポリスも走り続ける方が良いのではと感じましたが。

「鈴鹿でタイムを出すことが出来なかったんだから仕方がない。遅い奴に、資金をかけても仕方がないという監督の判断は正しいと思う。支援してもらって、走らせてもらっていることは、わかっているから…。そこに届くように鈴鹿の走り方を練習するしかない。レベルを上げるしかないと強く思いました」

▲撮影:脇田博之

───筑波選手権(10月16日)でも優勝、筑波では2連勝を飾り、確実な成長を感じているのでは?

「練習量が違うので、どんどん速くなっていくのが当然だと思っています」

───10月24日開催の鈴鹿サンデーロードレースでは優勝を飾りました。走行経験の少ない鈴鹿攻略は課題の一つでしたが、そこで予選4番手から決勝では終盤にトップ浮上する逆転優勝。阿部監督も「見違えた」と褒めていました。

「ここでは、初めて自分の意見でサスペンションセッティングを出しました。アクセルを開けながら寝かしても曲がるセットになって、思いっきり走ることが出来ました。鈴鹿を得意な人に、ラインを教えてもらえたこともあって、0.7秒もタイムが上がった。決勝中にはS字コーナーでパッシングをすることが出来たり、これまで届かなかった人にもついていけて、相手の動きを考え、自分の良いところを生かすことが出来たら今回は勝てると思いました。実際に勝てたので嬉しかった」

▲撮影:加賀啓伺

───ライダーとしての才能に恵まれていると感じますか?

「自分では…。でも、周りの人がそう言ってくれるので、あるのかな…と…」

―来季は全日本での本格的な活躍が求められますが、今季、印象に残ったライダーはいますか?

「自分が遅すぎて、差があり過ぎて…。戦ったという感じではないですが、荒川晃大選手(ホンダ)は鈴鹿の予選でポールポジションを取っていたので、そのタイムが基準になるというところもあって印象に残りました。雨ならチームメイトの阿部恵斗は、どんな路面でも速い。一緒にバイクトレーニングするライダーたちとは、バイクにカメラをつけてコース攻略を考え、お互いのライディングを見たりすることもあって、全力で挑んでいる彼らを見ていると"やらなければ"という気持ちになります」

───練習で気を付けていることなどありますか?

「全開で寝かしてコーナーに入って、そのスピードを殺さずに立ち上がりにつなげること。モタードやダートで、出来ないことは、サーキットでもできないと思うので、それの精度を上げたい。かなり出来るようになってきたと思うので、練習の成果をサーキットにつなげたい」

───まだ、レースキャリアも短く、勉強中と言っても良いのに、勝つことを求められるのはプレッシャーではないですか?

「嫌ではないです。自分のダメなところを改善して、練習してタイムを上げて行くとことを繰り返して行けば、そこに行けると思っています」

From Writer

真生騎と言う名前は父が「マイケル・ジョーダンとか、マイケル・ドーハンとか、世界一流のアスリートに近い名前が良い」と命名した。真っすぐに生きる騎手の騎である。「名前の由来を知っている?」と聞くと「母がバイクに乗り始めた頃に教えてくれた」と言う。どう思った?と聞いたら「へぇ~って」という気のない返事だった。「バイクに乗るのは運命だったのかも」と聞いたら「そんなふうに重いのは、ちょっと…」と笑いながら軽くいなされた。

真生騎が3歳の時に突然いなくなってしまった父のことはほとんど覚えていない。偉大な父の息子だということを思春期の少年は、それこそ、重たく感じるのではないかと思ったが、それも「別に気にならない」と言う。

情報提供元 [ Webike Motosport ]

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