サスセッティングは魔窟
雑誌にしろネット上にしろ著名ライターにしろ有名レーシングライダーにしろ、サスセッティングに関しては諸説紛々(しょせつふんぷん)ありすぎて何が正解か解らなくなっていませんか?
たいていサーキットみたいな所での走り方に合わせたセッティングの話ですし、どうせ俺の走りでは細かいセッティングしたところで違いなんか解るわけないと諦めていませんか?

しかーし!
サーキットは走行条件としては特殊過ぎるので、サーキットで最良のセッティングが公道でも最良かと言うと全くそんな事はありません。
公道を走るのにサーキット流のサスセッティング方法で上手く行くわけないのです。

皆様にささやかな幸せとバイクの知識をお送りするWebiQ(ウェビキュー)。
とりあえず大間違いなサスセッティングから脱するための第一歩として、サスセッティングの「基本のキ」を確認しましょう。

若気の至り

いやいや、俺は峠をガンガンに攻めて最速を目指しているし、サーキット向けのサスセッティングこそ最良に決まっている!
乗り心地なんか無視してOK!
とにかく速く走れるためのサスセッティングを!

そんな風に考えている方、実は結構居ると思っています。
なぜなら若かりし頃の私がそうだったから。
残念ですがその考え方は大間違いです。

公道とサーキットでのセッティングの違い

公道用のサスセッティングと言うと「サーキットとは違って乗り心地まで考えねばならない」となりがちですが、別にそういう話ではありません。
結果として乗り心地も良くなるのが普通ですが、それが狙いではありません。

また、「サーキットは速く走る為のセッティングで公道は気持ち良く走る為のセッティング」というのも良く聞く話ですが、それもちょっと違います。
公道なので「速さだけ」を追求するわけではありませんが、それは「気持ちよく走れるセッティングでなければ速くも走れない」というだけです。

速さだけに注目してしまうとたいてい失敗します。
順序が逆なのです。

サーキットは特殊環境すぎる

ではサーキットと公道で何が違うの?という事になりますが……。
多くの人はここで「スピード」と言います。

確かにサーキットのスピードは公道の比ではありません。
でもそれはサスセッティングの影響で言えば最後の最後なので無視しても大丈夫。

そもそも我々のようなシロートは、例え峠でどれだけ速かろうと国際ライダーの足元にも及びません。
全く別次元の話なので、そういった方のレースセッティングなど何の参考にもなりません。
高荷重に合わせてダンパーを締め込んで……などといった低レベルな話ではないのです。

速さだけを求めるとそういった事情を無視してサーキットセッティングを求めてしまいがちですが、たいてい大間違いの方向に進んでしまいます。

サーキットと公道の最大の違いは「サーキットには路面にギャップが無い」という部分です。
サーキットで言う「ギャップ」とは公道でいうと「僅かな路面のうねり」であり、公道には当たり前に存在する普通のギャップ、例えば路面の継ぎ目や排水溝のフタやマンホールや交差点付近の轍などは全くありません。

それだけ路面の凸凹形状が異なるのに、サーキット用のセッティングなんか使えるわけがありません。

ダンパー調整は最後

「サスセッティング」と言うとすぐにダンパーの調整クリック数の話が出ますが、そんなのは結構最後の話です。

もっとも大切なのはバネ(スプリング)です。
これはサーキットでも同じで、バネが間違っていたらその後のセッティングなんてほぼ無意味……とまでは言いませんが、所詮は誤魔化しのセッティングとなってしまいます。
まずはバネ。
サスペンションは衝撃吸収装置(=路面追従性向上装置)なのですから、その衝撃を受け止めるバネが全ての基本です。

そのバネですが、本当はバネレート(=バネの強さ)から見るのが筋です。
実際、レースではそうします。

しかし、公道用のサスセッティングでバネレートまで検討するのは一般的ではないですよね?
大多数の方は純正のバネを使い続けるはずです。
社外パーツに交換した方でも、標準で付属してきたバネを使い続け、違うバネレートのバネを複数用意して交換セッティングしているなんて方はほぼ居ないでしょう。
なので、バネレートは純正をそのまま使う(社外サスペンションなら標準付属品をそのまま使う)事を前提としておきます。
サスセッティングは現実的でないと。

さて、バネレートが変更できないとしても悲観する事はあまりありません。
純正のバネレートはメーカーが膨大な時間を掛けてテストし、様々な環境の道路を走ると想定した時に最適なバネレートが既に選ばれているからです。
もちろん突き詰めればバネレートから見直ししたいところですが、純正が大ハズレな事は滅多にありませんので安心して良いでしょう。
※極一部、レース参加のホモロゲーション用として少数生産されるような特殊車両ではサーキット走行に的を絞ったバネが入っている事があり、公道では速く走れないうえにナーバスな挙動を示してしまう場合がありますが、特例中の特例なのでココでは無視します。

プリロードとは車高調整である

バネレートは変更しないとして、次に重要なのはプリロードです。
大排気量クラスではプリロードアジャスターが付いているサスペンションも多いですし、原付2種以上であればリヤサスはかなりの確率で調整可能のはずです。
まずはココから調整します。

プリロードもカン違いされやすい部分で、縮めると固くなると思われがちです。
それは間違いで、プリロードでサスペンションの固さは変化しません。
ここまでは少し詳しい方ならご存じのはず。

ではプリロードで何が変化するのかというと、車高が上下します。(!)

ココが理解しにくい部分なのですが、「初期荷重(=プリロード)が増えるからバネは固くならないけど動き出しが固くなる」とカン違いしている方が結構居ます。
カン違いしてしまう理由はサスペンションが車体から外れた状態でイメージしてしまっているから。

確かに車体から外してサスペンションが伸び切った状態であれば、プリロードで動き出しの固さは固くなります。
しかし、現実には車体に装着されて走行しているので、バネレートが大間違いでない限り必ずある程度は縮んだ状態になっています。
この『ある程度は縮んだ状態』の縮みっぷりを調整するのがプリロードです。
全ストロークのうち、どの割合を伸び代として使うかを決める装置と思ってもらえればOK。

二人乗りする場合はリヤサスのプリロードを固くするように説明書に書いてありませんか?
あれはバネを固くしているのではなく、『ある程度は縮んだ状態の縮みっぷり』を一人乗りの時と同じになるように調整しているだけです。

まずはプリロード調整で前後の車高をベストな位置に持って来ましょう。
多少は伸び代を残しておく事が重要です。

例えばその状態でブレーキを掛けたり、ちょっとした段差を通過したらフルボトムしてしまった場合はバネレートが合ってないという事になります。
純正スプリングでそんな状態になる事は滅多にありませんので、プリロードでは伸び代調整に集中しましょう。
因みにこの調整を『サグ出し(サグ調整)』と言います。

なお、サーキットではバネレートから調整するのに加え、重要なのは直線で直立している状態ではなくコーナリング中のサスペンション位置と車高となるので、直立した状態のサグ出しなんて何の意味もありません。
このあたりからもサーキットセッティングと公道セッティングが全く違うと理解してもらえれば幸いです。

では車高調整機能とは?

プリロードで調整するのが車高なら、車高調整機能は何?という方もいらっしゃるでしょう。
(高級なサスペンションには車高調整機能が付いています。また、フロントフォークは突き出し量を変える事で車高調整ができます。)

プリロード=車高調整と書きましたが、それは結果として車高が変わってしまうだけの事であり、ベストなプリロードに調整したら(ベストな縮みっぷりになったら = ベストな伸び代を確保したら)車高が高すぎたり低すぎたりする事があります。
これを補正するのが車高調整機構です。

ありがちな間違いは「ベストな重心になるように車高調整した後に乗ったらフルボトムしたのでプリロードを掛けた」というのがあります。
これでは順序が逆です。
フォークの突き出しを10mmから20mmに変更して……なども、バネレートとプリロードが適切に調整された後でなければ「良く曲がるようになった気がする」くらいしか意味はありません。

ダンパー調整

ここまで来てやっとダンパー調整です。
純正リヤサスでプリロード調整が出来てもダンパー調整機構が無い車種はいっぱいありますよね?
つまり、ダンパー調整というのはそのくらい重要度が低いのです。

ダンパーはドライバー1本で簡単に調整できる事と、締め込むとガツガツとハードな乗り心地になってスポーティになった気がする事から最初に手を出しやすい部分ですが、ココから触り始めるとセッティング迷宮の泥沼に陥る事になるでしょう。
ダンパーセッティングは最後にするものなのです。

そもそも、ダンパー調整で調整しているのは全体の減衰力の極一部のみです。
ダンパー調整できるダンパーにはメインの通路とサブの通路があり、ダンパーとして必要な減衰力はメインの通路で生み出します。
このメイン通路は外部から調整できません。
つまり、メインダンパーは調整できないのです。
最新型のオーリンズTTXリヤショックであっても、です。

調整しているのはサブ通路のみで、ここは動き出し初期の減衰を調整する事しかできません。
ですので、フルブレーキングで底付きするからダンパーを締め込んで……などは大間違いです。
締め込めばフルボトムは抑制できるかもしれませんが、それ以外の部分で路面追従性が大幅に低下します。

「俺はフルブレーキングで勝負するタイプだからブレーキングを優先して……」という話になりがちですが、そこが間違い。
ブレーキングの底付きを抑制するのはプリロードですし、もっと言えばバネレートが合っていない可能性もあります。
※サーキットでも間違えてる方は大勢居ます。

ダンパー調整というのはキャブレターで言うと『スロー系』を調整しているに過ぎません。

スロットル全開にした時に燃料が薄いからといってスロージェットを超大きくしたりはしませんよね?
つまりそういう事です。

基本は最弱

動き出し初期の減衰を調整する事しかできないダンパー調整なので、車体特性やバネの特性を確かめて実感するためにも、まずは最弱にしてみましょう。
純正なら最弱にしてもいきなりフワフワになって吹っ飛んでしまうような事はありません。
だってメインの減衰はダンパー調整に関係なく常に効いているのですもの。

また、ダンパー調整というと締め込む方向に調整しがちですが、それが間違い。
ダンパーは可能な限り抜く(可能な限り最弱にする)のが基本です。

最弱だと常に浮いているようで(実際に車体はバネによって浮いているのですが)何だか気分が悪い時に、ちょっとだけ引き締めるスパイスのようなものだと思ってください。

あと、サーキットではダンパーをガチガチに締め込んでいると思われているかもしれませんが、路面の凸凹が少ないサーキットは大きな減衰を発生させる意味は無く、可能な限り路面追従性を上げるべきです。
このため、サーキット専用車のダンパーは超緩いのが基本です。
凸凹の多い峠道を走ったら減衰力不足確実、そんなセッティングです。

社外ダンパーは難易度激高

さて、高価な社外性の高性能ダンパーに交換されている方も多いと思います。
たくさん調整機構がある派手なダンパーに憧れている方は更に多いでしょう。

しかし、社外ダンパーは輸入元によってある程度車種別にセッティングされてはいるものの、基本的には『素の状態』です。
オーナーの体重、走行シーン、よく走る路面の凸凹っぷりなど、万人向けにはなっていません。
また、車両メーカー純正よりもサーキット寄りになっている事も多く、上で書いたような「公道特有の大きな凸凹」への対応度を減らしている場合があります。

高価なのでフルアジャスタブルですが、調整場所が増えるという事は全部自分で見直して行かねばならないという事でもあります。
そこまでしなくてもポン付けで上質な質感などは楽しめますが、やはりセッティングしてこそ真価を発揮するパーツなので何とかしたいところ。
順番通りに行くとバネレートから見直し、その前に標準のバネが合っているのか確認となるので、難易度はかなりハードです。

とりあえず触ってみましょう

いろいろ書きましたが、卓上の知識と実際に体感するのは別です。
また、サーキットと公道では路面以外にもライディングスタイル(見た目の恰好ではなく実際にどういった挙動となるのか)が全く異なり、その事によってサスペンションセッティングも全く違うものになります。

バネを交換しないとするならプリロード → 車高調整 → ダンパー最弱 → ダンパー強めて行く、という順番で触ってみましょう。
元に戻すのが前提なら先にダンパーを触ってみて『変化する事』を体感してみるのも良いかもしれません。
試してみて、どう変化したのかを観察し続けていると自分のセンサーがどんどん高感度になっていきます。

「私には違いが解らない」という方の言う「解らない」は、「良くなったのかが解らない」という場合がほとんどです。
しかし、最初から良くなったかどうかを判断しようとしたりせず、まずは変化がある事を感じ取る己のセンサーを鍛えましょう。
その高感度センサー無しに良くなったかどうかなんて判断できるワケが無いのですから。

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