バイクに乗り続けて30年以上が経過したが、数年前に初めてアライヘルメットの榛東(シントウ)工場見学をさせていただくまで、僕はヘルメットがどのように作られているのか知らなかった。その制作過程は複雑で、まさに目から鱗が落ちる思いの連続。恥ずかしながら、ここまで人の『手』や『目』が介入しているとは想像できていなかった。連載『アライの違い』では、そんな目には見えにくいアライヘルメットのこだわりを全6回に渡って紹介していこう。

ヘルメットに規格がない時代から、アライヘルメットは様々な検証を行ってきた

アライヘルメットが日本で初めてバイク用ヘルメットの製造を開始した1950年。その50年代にアライヘルメットはバイク用ヘルメットの開発において、コルクをはじめとした様々な緩衝材をテスト。そこで行き着いたのが【アライの違い02】で触れた多段発泡ライナ技術だった。

緩衝材にどのような効果があるのかは、なかなか分からないもの。当然、実際に転倒してテストすることも難しい。そこでアライヘルメットは木型にヘルメットを被せて、ある一定の高さから錘(オモリ)を落下させ、木型に発生するエネルギーを計測。後に、この検証方法で得た衝撃エネルギーを電気信号としてデータ化し、これが日本で初期のヘルメットの規格に採用されたのだった。

このように安全のために独自の規格を設け、ヘルメットを進化させ続けているのがアライヘルメットの「ライダーを護る」姿勢であり、それは今も変わらない。

厳しい衝撃吸収性能の試験を繰り返すことで「かわす性能」に不可欠な『頑丈なシェルと柔らかなEPSライナ』の組み合わせが必要になることがよくわかる。1日に何度もこうした試験を行ってデータを積み重ね、研究&開発を繰り返していく。

スネル規格への適合がヘルメットの剛さを証明する

そんなアライヘルメット創世記ともいえる時代に、現社長である新井理夫さんが注目したのがスネル規格だった。スネル財団は、アメリカのピート・スネルさんが四輪レース中の事故で被っていた保護帽が大きく割れてしまい、命を落としたことをきっかけに1957年に設立された。そして、1959年に独自の規格(スネル規格)を定めた。

スネル財団の特徴は、利益のためでなく人々の安全のために活動しているところにある。「レースに参加する人だけでなく、全てのユーザーを対象とした最高の規格を設定し、その規格に適合しているヘルメットか、適合していないヘルメットかを識別する有効な手段をユーザーに提供する」というポリシーのもとに活動している。

アライヘルメットは、初めてスネル財団に送ったヘルメットが1962年のスネル規格に合格し、それまでのものづくりが間違っていなかったことを確信。それ以来、スネル規格をクリアし続けている。

スネル規格は5年ごとに規格が見直され、その都度厳しさを増していくため、規格が厳しくなってから対応していたのでは製品化は間に合わない。未来のスネル規格をクリアするためにも、常に現状のスネル規格よりも数%厳しい基準でテストを行い、より高みを目指さないといけないのだ。これは安全性の追求に終わりがないことを証明している。

日本でヘルメットを二輪乗車用として販売する場合、まずは安全基準であるPSC規格の取得が必要。その上に落下試験などを課す、より厳しいJIS規格が存在するが、全てのアライヘルメットはさらに厳しい自主規格であるSNELLをクリアしている。この図はJISとSNELLのテスト要件を比較したもので、そのハードさが伝わるはずだ。

1日に何度もヘルメットを落下させ、衝撃吸収性や耐貫通性試験を行う

スネル規格の試験方法は見ていてとても痛々しい…。ヘルメットがアンビルという鋼鉄製の塊に叩きつけられる嫌な音が試験室に何度も響く。そしてその度にヘルメットに傷がついていく。

これはマグネシウム製の人頭模型にヘルメットを装着し、ある一定の高さから鋼鉄製の障害物に衝突させ、人頭模型内部の加速度計の値を計測する衝撃吸収性試験のワンシーンだ。さらに槍のように尖った、鋼鉄製の錘を激突させる耐貫通性試験なども加わる。

現在、アライヘルメットは国内で販売するヘルメットの多くをスネル規格品としている。また、スネル規格と整合性のない地域での海外向け製品でも、半球型アンビルを使用し、衝撃吸収性試験と耐貫通性試験を社内追加項目として適用している。

さらに、こうした幅広い衝撃に対処するスネル規格をクリアする一方で【アライの違い03】で紹介した「かわす性能」をプラスしてライダーを護る。かわす性能は数値化できないアライヘルメット独自の規格。重要なフォルムはスネル規格でも規定されていないが、アライヘルメットはそこにこだわる。衝撃をかわす卵形のシルエットを強くて硬いシェルで実現しているのだ。

スネル規格の衝撃吸収性能の計測方法は2種類。シェルが破壊されるほどの大きな衝撃で緩衝させる半球形アンビルと、シェルが破壊されないような衝撃でも緩衝しなければならない平面型アンビルを使用する方法がある。人の頭に見立てた人頭形にヘルメットを被せて規格に定められた速度に達する高さから落下させ、衝撃吸収力をテストするのだ。

対貫通試験では重さ3kgの尖ったストライカを使用。JIS規格は2mから落下させるがスネル規格は3mから落下させる。

48年前にスタートした“全数二重検査”

アライヘルメットのシェルは一つひとつ職人による手作り。アライヘルメットが思い描く理想のシェルは『手』でしか作れないのだ。さらに、工場の至る所には重量計測用の秤があり、常に人の目でチェックが行われる。しかし、それでも稀に厚さの均一でないものが出てしまうのだという。

完全に防ぐことができないのならば、それを前提に対策を講じるのがアライヘルメット流だ。一度完成したシェルは、成形部門で厚みを徹底計測。さらにそこで合格となったシェルを専用の検査部門に運び、再チェックを行う。こうした手間のかかる二重検査体制を採ることで、製品になるシェルの厚みを均一化させているのだ。

この全数二重検査が始まったのは今から48年前の1977年3月で、もちろん現在もこの方法は続けられている。どんなトップレーサーが使用するシェルでも、市場に流通する製品と同等の検査合格品から使用するという、アライヘルメットの不文律もこの体制から生まれたものだ。

ただ、アライヘルメットはこの体制に納得しているわけではない。全数二重検査もヘルメットのモデルチェンジや細かい材料の改良があれば、確認することは常に変わっていくのだという。「頭を護る」という能力を進化させるのは人である。さらにスタッフ全員が「ライダーが助かりますように」と祈るような気持ちでヘルメット制作に携わるのがアライヘルメットなのだ。

成形されたシェルは重量確認後にアイポートなどをレーザーカットし、シェルを上下から挟み込む計測器を使って厚みを確認。ここまでを成形部門で行い、さらに検査部門で外観、重量、厚みの検査を行うダブルチェック体制を敷いている。

剛性を高めるための材料を様々な場所に配置して制作されるアライヘルメットのシェル。それが正しく配置されているかなどを目視でチェック。その後、2箇所の検査部門に送られ、外観、重量、厚みなどを確認する。

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