
バイクに乗り続けて30年以上が経過したが、数年前に初めてアライヘルメットの榛東(シントウ)工場見学をさせていただくまで、僕はヘルメットがどのように作られているのか知らなかった。その制作過程は複雑で、まさに目から鱗が落ちる思いの連続。恥ずかしながら、ここまで人の『手』や『目』が介入しているとは想像できていなかった。連載『アライの違い』では、そんな目には見えにくいアライヘルメットのこだわりを全6回に渡ってご紹介。今回は、EPSライナをテーマにお届けしたい。
−20℃から50℃の間で安定した衝撃吸収性能を発揮するEPSライナ
昨今、SNSを開くとバイクの様々な転倒シーンが流れてくる。昔はレース中継で転倒シーンを見ることが多かったが、今はSNSの普及で一般道での転倒シーンを目にすることも多く、その度に戦慄が走る。数字が取れるからこういった動画が絶えないのだろうが、気分は良くない。しかし改めて見ると、一般道の転倒では、いつ、何がライダーを襲うかわからないことを痛感する。
転倒するとライダーは投げ出され、地面に叩きつけられる。車やガードレール、中には回っている他車のタイヤに突っ込んでいくこともある。だからこそアライヘルメットは【アライの違い01】で紹介した卵形かつ強靭なシェルで「かわす性能」を追求し続けている。そしてシェルの中に組み込まれているライナにもこだわり続け、脳に与える衝撃を和らげるのだ。
アライヘルメットのライナは、EPS(Expanded Poly-Styrene/ビーズ法ポリスチレンフォーム=発泡スチロール)ライナと呼ばれる。EPSは軽い上に−20℃から50℃くらいの環境下でも衝撃吸収性能に変化のない素材だ。EPS は、1970年代にアライヘルメットが頭も護ることにおいて「誰にも負けないものをつくろう」とコンセプトを掲げ、世界に認めてもらう性能を追求した時にも大きな武器となったという。現在もEPSに匹敵する性能を持つライナ用の素材はなく、アライヘルメットはEPSの性能を追求し続けている。

部位ごとに最適な硬度で発泡倍率を変化させて一体成形する、アライヘルメット独自のMDL(Multi Density Liner)技術。衝撃の加わる面積に合わせ、頭頂部・側頭部・後頭部・前頭部に、硬度の異なる発泡体を使用し、理想的な緩衝効果を発揮する。
硬度の異なる多段発泡ライナで安全性と理想的な形状を追求する
ヘルメットは場所によって衝撃を受ける面積が異なる。側頭部や後頭部は比較的大きな面積で衝撃を受け止めるが、前頭部は狭い面積で受け止めなければならない。ヘルメットの前面にはシールドがあり、衝撃を受ける面積が小さくなるのは想像に難しくない。だからといって前頭部の厚みを増やしたりすると視界が悪くなるし、理想的な形状を追求できなくなってしまう。
そこでアライヘルメットは、硬度の異なるEPSを組み合わせた「多段発泡ライナ」を開発。前頭部の下端に硬めのEPSを組み込んで狭い面積に衝撃が加わった際にシェルの変形を防ぎ、柔らかなEPSで衝撃を吸収するという2段構えの技術だ。これにより前頭部の厚みを抑えることができ、視界を確保することができる。
前傾姿勢となるレース用ヘルメットでもヘルメットを被った際に角度調整の必要がなく、それが多くのプロライダーに愛用させる所以でもある。
独自のライナ技術があることで「かわす性能」が生きてくる
実際にこの多段発泡ライナを手に取ると色の違うところで硬度が異なり、さらに高度の異なるEPS同士のフィット感が極めて高いことがわかる。これはアライヘルメットだけの一体成形技術であるMDL(Multi Density Liner)が生み出すもの。その製法は機密だが、そこには「ライダーを護るためにできることは全て行う」という姿勢が込められているのがよくわかる。
実際に手に取るまで僕はEPSライナの凄さを実感していなかった……。ライナはもっと単純な発泡スチロールを想像していたが、その乏しい想像力を反省するばかりだ。硬度範囲は落下テストのデータにより細かくチューニングされているというが、それも実際に触るとよくわかる。その作りは、極めて緻密だ。
アライヘルメットはシェルの形状や強度による「かわす性能」とライナによる「衝撃吸収性能」でライダーを護っている。【アライの違い01】でも紹介した通り、シェルは20種類以上の素材を組み合わせて製作され、パートによって素材を変えることで、剛性と軽さを両立している。
このシェルのこだわりと部分的に硬度を変えるEPSライナを組み合わせは、モデルによってはもちろんサイズによっても変わり、それを職人が丁寧に組み付けることでスネルなどの厳しい規格をクリアしている。EPSライナはヘルメットに組み込まれてしまうと、その存在を確認するのは難しい。シェル同様、ここにも驚くほどの技術とこだわり、そして手間がかけられていた。
1950年代初頭、バイク好きだったアライヘルメットの創業者である先代の新井広武氏が自身で着用するために、保護帽を改造して試作したのが日本初のバイク用ヘルメットである。規格もなくヘルメットの定義すらない時代にも関わらず、ガラス繊維とともに組み合わせ生み出しのだ。
1970年台には世界一のヘルメットを目指す為規格を満たすことはもちろんで、尚且つかわす性能を発揮させたいと多段階発砲衝撃緩衝ライナーを編み出した経緯を持つ。そして緩衝材として辿り着いたのがEPSで、アライヘルメットは70年以上もEPSを進化させ続けている。「ライダーを護る」ことを一つずつ着実に積み上げる姿勢は、これからも変わらない。
【アライの違い02】部位ごとに硬度を最適化する多段発泡ライナー技術は、クリアな視界と安全性を確保する ギャラリーへ (3枚)この記事にいいねする