スイングアームが長くなる???

実は走行する度に少しづつスイングアームは長くなっている……
ではなくて、新型が発表される度にスイングアームが長くなった事を自慢している車両が多いのは何故?という話です。
スポーツ系のバイクだと特にその傾向が強いはず。

なんとなく「その方が良いからでしょ?イロイロと!」と理解していても、そのイロイロって何?となると正確に説明出来る方は意外と少ないのが現実。
しかーし!
知っておけば乗り換え候補を選ぶ時の参考になりますし、新型車発表記事への理解が深まります。
知っている事で乗り方が変わるというのも、あながち大げさなな話ではありません。

皆様にささやかな幸せとバイクの知識をお送りするWebiQ(ウェビキュー)。
今回はなぜモデルチェンジの度にスイングアームが長くなっていくのかについてです。
イロイロあるのですよ、イロイロと。

ホントに長くなってるの?

新型車が発表される際にフレーム剛性〇%アップなどの記述と一緒に「従来型よりスイングアーム長10mmアップ」などと書いてあるのを見た事があると思います。
でもチェーン調整でもそのくらいは変わるし、実質誤差レベルなのでは……?

確かにモデルチェンジによる1世代の変化は僅かです。
しかし、それが何年も積み重なってくると、同じメーカーでもこんなに差が出てきます。

注目すべきはホイールベース(フロントタイヤアクスル軸とリヤタイヤアクスル軸の距離)に占めるスイングアームの割合です。
画像上側のYZF-R1(2015年~)がホイールベースのほぼ半分に迫ろうとするのに対して、下側のSR(1978年~)は35%程度に見えます。
メーカーが技術の粋を集めて年々長くしようと頑張った結果、37年かけてここまでスイングアームが長くなったという事ですが、これはヤマハ以外の全メーカーでも起こっている話です。

長いスイングアームでホイールベースが長いのは不利なのでは?

当然ながらコンパクトでクイックに曲がるにはホイールベースは短くなければなりません。
これは4輪車で考えると解りやすく、前後長の短いスポーツカーと、極端にホイールベースの長いバスやトラックを比較した時にどちらが曲がりやすいかを考えれば、悩むまでもないでしょう。
アメリカンよりスーパースポーツの方がホイールベースが短いのも同じ理由です。
だから単純にスイングアームを伸ばしただけではホイールベースも伸びてしまい、スポーツ性を阻害してしまいます。

つまり、コーナーリングの為にはホイールベースを伸ばしたくない、しかしとある理由でスイングアームは伸ばしたいという、完全に矛盾した要求になります。

スイングアームが長くなった分はどこで吸収してるの?

スポーツバイクの車体進化の歴史は、同じホイールベースの中でスイングアームが占める割合をどうやって伸ばすか?を追求してきた歴史でもあります。
ホイールベースは伸ばさずにスイングアームだけ伸ばすためには、車体の前半を短くするしかありません。
ですので、車体を短くしようとして技術進化してきました。
言い換えると、そこまでしてでもスイングアームを長くしたい理由があるという事です。

さて、スイングームピボットより前にあるもののうち、最も占有率の大きな物はエンジンです。
そこで、エンジン前後長を短くするために各社の技術が結集しています。
以前であれば前後一列に並んでいた「クランクシャフト」「ミッション軸(2本)」のうち、ミッション軸の片方を上下に移動させて三角形に配置するのが現代の主流ですが、わざわざそんな配置にするのは前後長を短縮するためです。

他にはエンジンとフロントタイヤの距離を限界まで詰めたり、ラジエーターを横に配置してエンジン搭載位置を限界まで前進させたり、スイングアームピボットとドライブスプロケットをギリギリまで近づけたりしています。

エンジンの前後長そのものを短く設計しつつ、そのエンジンを可能な限り前に搭載……、そうやって短くなった車体の全てをスイングアーム延長に充てています。

ココがキモ!アンチスクワットとは?

やっと本題です。
そこまでしてメーカーがスイングアームを伸ばしたい理由は、路面のギャップに追従するしなやかな足周り設定にした時に、良く動くスイングアームでもアンチスクワット効果を失いたくないからです!

なるほど、わからん!

デスヨネー!
順を追って説明します!
要点だけをまとめていますが、それでも難解ですよ!

そもそもスポーツバイクはタイヤが滑らずグリップして意のままに加速出来る方が良いです。
その為には路面のギャップをサスペンションが吸収し、常に路面を掴み続けられる必要があります。
つまり「よく動くサスペンション」が必要です。

さらに、良く動くサスペンションにもかかわらずコーナーリング中の大荷重にも耐えなけれないけません。
サスペンション本体のセッティングやサスペンションの取り付け方法などでも工夫していますが、加速時に掛かる『リヤサスペンションを縮めようとする力(車体をバク転させようとする力)』が問題です。
特にコーナリングで過重が掛かってサスペンションが縮んだ状態から、コーナー立ち上がりのためにスロットルを開けてリヤタイヤに過重が掛かって行く場面が重要です。

どういう事かと言うと……
大多数のバイクはチェーンでリヤタイヤを駆動しており、加速するとチェーンの上側を引っ張る事になります。
すると、そのままではチェーンがサスペンションを縮めようとしてしまうのです。

これはとても困ります。
コーナーから立ち上がろうとスロットルを開ければ開けるほど、リヤタイヤが路面から離れる方向に動こうとしてしまうからです。
タイヤに過重を掛けてグリップが上がって欲しい場面で、逆に過重が抜ける方向に作用してしまうのですからスリップダウンしてしまいます。

それを一気に解決する素晴らしい方法を思いついたエライ人たちが過去に居ました。
世界各地の技術者が切磋琢磨した結果、『スイングアームピボット、ドライブスプロケット、リヤアクスルの3点を三角形に配置すると全部解決する』という素晴らしい配置を思いついたのです。
それが下の図の配置です。

ドライブスプロケット軸(左のピンクの点)、スイングアームピボット、リヤアクスルが一直線上に並んでおらず、三角形になっているのがわかりますでしょうか?
この配置にすると加速した際に以下の事が起こります。

    1. 加速体制に入るとチェーン上側が引っ張られる。
    2. リヤタイヤのグリップはリヤのアクスルシャフトを通じてスイングアームをスイングアームピボットの方向に押そうとする。
    3. しかし車体は重いので簡単には前に押せない。
    4. チェーンを引っ張ったパワーは行き場を求めてスイングアームピボットを上に持ち上げようとする(!)
    5. その結果、本来なら加速Gで沈むはずのリヤが持ち上がる(!!)

なん、だと……、という感じですがホントです。
加速しているのにリヤは沈まず、むしろ持ち上がるのです。

この『加速時にリヤ周りを沈めない軸配置』を総称してアンチスクワットジオメトリーと言います。
ビックリですね、昔の技術者の方々エライ!

フル加速でもリヤが沈んでいない証拠

リヤタイヤがへこむほどのフル加速でウイリーしても、イメージとは違ってリヤサスが思いっきり縮んだりしていませんよね?
大荷重とピッタリバランスし、加速Gでリヤを縮めようとする力とアンチスクワット効果でリヤを伸ばそうとする力が釣り合った結果、3点がほぼ一直線に並んだ抜群の位置をキープして加速できています。

レースシーンなどでも良ーーく観察してみると、コーナー立ち上がりでフル加速しても決してリヤが沈んだりはしていません。
フロントフォークは加速で過重が抜けるので伸び切りますが、リヤサスは縮むどころか踏ん張っています。
時にはフル加速でリヤサスが伸びるなんて場面すらあります。

乗っていると「加速でリヤが沈み込む感じ」がしますが、実はその大部分はフロントフォークが伸びた事による姿勢変化をカン違いしているだけの場合が多いです。

スイングアームが長い方が良い理由

アンチスクワットについては理解していただけたでしょうか?

ところで、サスペンションは常に動いており、アンチスクワットのための3点のうちのリヤアクスルの位置が上下します。
路面を掴んで離さないように良く動くサスペンションならなおさらで、三角形の形が常に変化しています。

もしスイングアームが短いと、コーナリング中にギャップを踏んでサスペンションが縮んだ際に大事な三角形が逆向きになったりします。
三角形が逆向きになると、加速しようとすればするほどサスペンションが縮んでしまう、最もダメな状態になります。

サスペンションが動いても三角形の位置関係を維持するにはどうしたら良いのか・・・
その答えが「スイングアームを長くする」です。
ある程度の長さがあれば、少々アクスル位置が動いても逆三角形にはならなくなります。
ギャップを踏んでリヤタイヤが上に動いても、スイングアームが長ければ角度変化が少なくて済むからです。

結論として、同じホイールベースならスイングームは長ければ長いほどエライ。

さらに!

スイングアームは長くできないけれどギャップを踏んで逆三角形になるのもイヤという場合、スイングアームの角度を大きくするという方法もあります。
大きくスイングアーム角度が動いても絶対に逆三角形にならない位置まで初めからリヤアクスルを下げておこうという作戦です。

確かにこれで効果は得られるのですが……
別のマズイ事が起こってしまいます。
もう一度下記の画像を見てください。



チェーン上側を示す上のオレンジ線と、リヤアクスルとスイングアームピボットを結ぶ下のオレンジ線が交差する点が画面左の枠外にあります。
この交差する点とリヤタイヤの接地点を結んだブルーの線がありますが、タイヤで発生した駆動力は最終的にこの方向に作用するのです。

このとき、ブルーの線が車体重心とその真下にある地面までの距離の何割の位置を貫通しているかが重要です。
例えばブルーの線がライダーも含めた車体重心の50%の位置を通っている場合、駆動力の50%が前進させようとする力、残りの50%が車体をバク転させようとする力(リヤを沈めようとする力)に分解されます。
もし車体重心100%の位置を通っていた場合は全ての駆動力が重心を押す事になるので、リヤを沈めようとする力は一切発生しません。

そして、スイングアームの角度を大きくすると、このブルーの線が急速に上向きになるのが解りますでしょうか?
通常はある程度発生するリヤを沈めようとする力が発生しにくくなるうえ、チェーンによるアンチスクワット効果は大きくなるので、加速するとリヤを持ち上げようとする力が過大に発生してしまうのです。
その結果、とても乗りにくい車両になってしまいます。
(この問題を解決しようとするのがスイングアームピボットの位置を上下に可変させる機構で、極一部のスーパースポーツ系車両で採用されています)

スイングアームが長いと動いた時の角度変化が少なくなるので、この『駆動力がどの位置を通るか』という関係が大きく変化しにくくなります。
荷重変化でバイクの特性が変化しにくくなると言い換えても良いでしょう。
その結果、車体の特性がコーナーの曲率やスピードで変化しにくくなるので、いつでもどこでも安定したハンドリングを得られるようになります。
安心して乗れるし、安定しているから速い。
だからこそバイクメーカーはスイングアームを長くしようと必死なのです。

スイングアームが長い = 車体特性が安定していて速い。
結論として、同じホイールベースならスイングームは長ければ長いほどエライ。

安易な車高調整が全てを台無しにする

アンチスクワット理論が確立したのはわりと最近で1980年代です。
70年代ではまだ迷いも多く、ドライブスプロケットとスイングアームピボットが同軸上にあるバイクも存在していました。
アンチスクワット効果よりも駆動効率を求めたのでしょうけれど、見事に失敗しています。

そんな大事な理由があるスイングアームの角度と、その角度変化を抑えるための長さですが、賢明な皆様なら既にご察知のとおり、見た目重視でリヤの車高を上げると上記の「さらに!」で書いたマズイ状態と同じ事が起こります。
ケツが上がってカッコイイ、リヤが上がってキャスターが立つのでクイックになる、フロント荷重アップするなどなど、様々な理由でリヤの車高は上げられがちですが、僅かな車高変化でも非常に大きな影響がある事は知っておくべきかもしれません。

また、今回の話はかなり難解ですが、これでも相当端折っています。
実際は様々な要素が絡んでもっともっと複雑なので、気になる方は悩んでみてはいかがでしょうか?
イロイロあるのですよ、イロイロと。


最後に、何がカッコイイかは人それぞれですし見た目を重視するのは否定しませんが、どんな影響があるのかを良く考え、危険の無い範囲でお願いします。

この記事にいいねする


コメントを残す