
エンジン内には金属同士が擦れあう数多くの摺動部品があります。
なかでもピストンとシリンダーの関係は内燃機関やエンジンに興味がある方なら誰でも「過酷な環境の中で、強く擦り続けられながら動いているのだろう……」と想像できると思います。
実際、日本が高度経済成長を遂げていた昭和の時代(=日本のオートバイ産業黎明期)では、ある程度の距離を走行するたびに定期的に交換しなくてはいけないエンジン部品が数多くありました。
そのような時代の中で、1953年に東京新宿で創業したのがiB井上ボーリングです。
2023年には、創業70年を迎えるiB井上ボーリングですが、創業当時からの夢であり、様々な課題に取り組み続けてきたのが「減らないシリンダー作り」でした。
そんなiB井上ボーリングは70年の歴史の中から誕生した「減らないシリンダー」を開発し、実際に販売して成果を上げています。
目次
シリンダースリーブなのに減らない?!
現代では部品精度や素材品質の向上によって非常に減りの少ない=耐久性が高い部品作りが可能になり、そういった高性能部品の組み合わせで限りなく摺動摩耗が少ないエンジン内部環境を作り出せるようになってます。
代表的なものがアルミ製のエンジンアッパーケースと一体化したシリンダー内壁に施された特殊メッキです。
鋳鉄スリーブを使ったそれまでのシリンダーと比較してメッキシリンダーの表面は圧倒的に硬く、ピストンと擦れてもほぼ減らないのです。
重量が軽く熱伝導効率も良い、夢のようなシリンダーです。
しかし2ストロークエンジンではメッキシリンダー化するのは大変困難でした。
そもそも4ストロークと違ってシリンダー内に各種ポートが開口していますし、高性能化のためには排気ポートはピストンリングが引っ掛かるほど巨大化する必要があります。
ピストンリングの引っ掛かりを防ぐためには中央に柱を持たねばならないほどでしたが、排気の熱によって柱が膨張してシリンダー内側にせり出してくるのでそのままでは焼き付いてしまいます。
この問題を解決してメーカー純正の量産部品に採用された特殊メッキに対して技術提供している(!)のがiB井上ボーリングです。
80年代中旬に市場を席巻したレーサーレプリカブームではアルミ製のシリンダー内壁に直接特殊メッキを施した物が登場しました。
それまでの鋳鉄スリーブ入りのシリンダーをあっという間に過去の物とする性能を発揮しましたが、このアルミメッキシリンダーをメーカーが採用する際に井上ボーリングのメッキシリンダー製造技術が反映されているのです。
そんななか、iB井上ボーリングの持つ高度なアルミメッキスリーブの技術を様々なモデルで対応できるようにし、多くのユーザーへ普及するために開発されたのが「ICBM®(アルミメッキ化スリーブ)」技術です。
従来の鋳鉄製スリーブをアルミ製のメッキスリーブに置き換える事で近代化を図る事ができるのがICBM®です。
そして、ICBM®の技術をもっと幅広いユーザーにも享受できるように商品化したものが「EVER SLEEVE®Pat.(エバースリーブ)」です。
何とプラトーホーニング仕上げ済みのスリーブをシリンダーに挿入するだけでオールアルミ製メッキシリンダーにコンバートできるという画期的な商品なのです。
すでに特許認証Pat.も取得済の「EVER SLEEVE®Pat.」
ここでは、ICBM®の発展形とも呼べる、エバースリーブ®の特徴や対応モデルラインナップに関して深堀りしてみましょう。

カワサキ900Z1用として好評発売中のエバースリーブ®Pat.キット。メッキシリンダー依頼がもっとも多いのがカワサキZ1で、全国の内燃機業者で施工できるキットパーツとして初めて製品化したのもZ1用。専用の桐箱に入って納品されるので満足度も高い。
■EVER SLEEVE®Pat.注目の7大特徴■
- 誰でも目視で実感できる「サビない」事の素晴らしさ
- 圧倒的な「耐摩耗性」の実現
- アルミ素材なのでとにかく「軽量」
- 「摺動抵抗(フリクション)」の低減
- 焼き付きにくい
- 優れた「放熱性」
- 熱膨張率の「均一化」が図れる
エバースリーブ®Pat.の製品化第一弾として登場したのがカワサキ900Z1用です。
何故、Z1用だったのか?それには理由がありました。
Z1に限らずカワサキ空冷4気筒エンジンはアルミ製のシリンダーブロックに対して鋳鉄スリーブの圧入が甘く、エンジンが冷えた状態でも分解したシリンダーからスリーブが抜けてしまうことが多々ありました。
熱による膨張率は鋳鉄製のスリーブよりアルミ製のシリンダーの方が大きいため、エンジン始動して熱が加わると更に緩くなってしまいます。
本来であれば固定されているはずのスリーブが緩くなっているのはエンジンにとって問題があります。
iB井上ボーリングへも、そんな抜けやすい鋳鉄スリーブの抜け止め対策依頼が以前から数多くあったそうです。
そんななか、バイクメーカーの純正アルミメッキシリンダーを製造納品してきたiB井上ボーリングは問題を抱えるカワサキの空冷シリンダーとアルミメッキシリンダーを結び付けるアイディアを思い付いたというわけです。
カワサキ空冷用に高品質な鋳鉄スリーブをいち早く採用したのもiB井上ボーリングでしたが、アルミメッキシリンダーの製造で得た様々なノウハウを生かし、ICBM®スリーブ(Inoue boring Cylinder Bore Methodの略)の開発が進んでいたので、その技術をZ1で採用。さらにその延長線上にあるのがカワサキZ1用エバースリーブ®キットというわけです。
現在では、カワサキZ1用キット(Φ66~73ミリ間で6種類)だけではなく、カワサキZ2用で7種、CBX400F用で2種など、50機種以上の人気モデルに対応した在庫があるそうです。
さらに、特筆すべきは過去に納品実績のある700基以上のエンジンにおいて1件のクレームも無いという事。
製品の信頼性が極めて高い証明です。
そもそもシリンダーは、エンジンの稼働と共に減り摩耗するのが当たり前だと考えているのが内燃機業者であり、iB井上ボーリングも過去には同じ考えを持っていたそうです。
しかし、ICBM®シリンダーなら圧倒的な「耐摩耗性(=減らない)」を誇り、軽量で摺動抵抗も低減。放熱性も良いのでオーバーヒートしにくく、当然ながら焼き付きに対してもアドバンテージがある。
ICBM®シリンダーは内燃機業界では驚愕的かつ革命的な技術でもあるのです。
そんなICBM®シリンダーを、もっともっと普及できないものか……。
そんな夢のような技術の普及を、今まさに実現しようとしているのがエバースリーブ®です。
「ニッケル・シリコン・カーバイド」の特殊めっきから生まれる

世界戦略車として登場したカワサキ900スーパー4/型式Z1。そして日本国内専用モデルとして登場したのが750RS/型式Z2。内燃機加工依頼が数多い人気モデルで、アルミメッキシリンダーへの加工実績が一番多いモデルです。
ICBM®シリンダーの耐摩耗性に関する数値データとしては、ヴィッカース硬度(Hv)と呼ばれる単位の数値からも理解できます。
市販車の鋳鉄シリンダーは表面硬度がHv150前後です。それに対してアルミメッキスリーブのニッケルメッキ地の硬度がHv450前後、そのニッケルめっきをベースにシリコンやカーバイドが含有した特殊めっきになると、もっとも硬いシリコン部分ではHv2000に至る硬度になります。
もはやダブルスコアを遙かに超えた硬さ!!概算23倍を実現しています。
そんなメッキシリンダーの耐摩耗性を確認したデータがあります。
以前、モトメカニック誌スタッフがメーカー純正アルミシリンダーを採用したヤマハセローで6万キロ走行後、そのエンジンを分解して、シリンダーの摩耗量を測定したことがありました。
ピストンが当たっていなかったシリンダー内壁と摺動痕が残る部分のボアサイズを比較測定すると、摩耗量は何と0.005mm(僅か5ミクロン!!)、ほぼ減っていなかったことがありました。
iB井上ボーリングがエバースリーブ®に採用している特殊めっき処理は、日本のバイクメーカーや自動車メーカーが採用しているメッキ処理メーカーで施工している技術なので、同一のクォリティと考えても良いでしょう。
また、ICBM®の開発段階では、iBスタッフの車両でも連続走行テストが行われました。
空冷4気筒モデルの1/4番シリンダーには鋳鉄スリーブ、熱に対して不利な2/3番シリンダーにはICBM®アルミメッキシリンダーを組み込んだテストエンジンです。
もちろん、ピストンとピストンリングには4気筒すべてに同じ部品を組み込み、同じピストンクリアランスでホーニング仕上げを行い、実走行テストが行われました。
一般道で一定距離を走行した後に、エンジン分解して各シリンダーの減り具合をボアゲージで精密測定たところ、明らかに減っていた鋳鉄シリンダーに対してICBM®メッキシリンダーは測定誤差レベル以下で、摩耗を確認することができなかったほどだったそうです。

鋳鉄製のカワサキZ1用純正スリーブ

カワサキ空冷Zシリーズの鋳鉄スリーブは嵌合がゆるく回りやすい特徴がある。そんな対策として鋳鉄スリーブを作り変える例があるが、そんなときにこそエバースリーブ®Pat.の存在を忘れてはいけない
ピストンクリアランスを詰められる利点を持つアルミスリーブ
金属同士が擦れあう摺動面には、オイル膜を維持するためのクリアランス(すき間)が必要になります。
今までの鋳鉄スリーブは熱が加わった際の膨張率がアルミ製のピストンよりも小さいため、極小クリアランスでは熱が加わった際に焼き付いてしまう可能性があることから、どうしてもクリアランスを大きく取る必要がありました。
しかし、スリーブ側も同じ金属(アルミ)同士なら、同じような熱膨張率となるため、クリアランスを最低限に詰めて利用することも可能になります。
具体的には、鋳鉄スリーブを採用したシリンダーの標準ピストンクリアランスが30~35/1000mmだったとしたら、最低限の数値指定でも安心していられます。
それどころか、メカニックに経験値があればさらにそれ以下のピストンクリアランス、具体的にはメーカーの指定する最低ピストンクリアランスから更にマイナス0.005mmまで指定可能との事。
これはスリーブと一体化したシリンダーとピストンの素材が同じアルミだからできる事で、従来の鋳鉄製スリーブでは絶対に不可能な極小ピストンクリアランス値です。
ピストンクリアランスが詰まれば圧縮圧力も安定的に得ることができ、結果的には、エンジン性能を終始安定させることが可能にもなります。

エバースリーブ®1気筒分は2個のパーツで構成されています

シリンダーバレルのスリーブ孔サイズをエバースリーブ®外径に合わせてボーリング加工後、ストッパーリングのみ圧入固定することでスリーブが固定される仕組みです。ホーニング加工まで終わったシリンダー内壁に注目!

高品質なプラトーホーニングで仕上げられ、ホーニング精度と面租度もしっかり数値管理されています
サビないアルミスリーブだからこその優位性
忘れてはいけないのが「サビない!!」アルミスリーブの素晴らしさです。
何故、サビないことが良いのか?わかりやすいのは水冷エンジンの場合です。
久しぶりに冷却水を抜いたら「真っ赤なサビ水が……」といった経験、ありませんか!?防錆効果が減衰した冷却水に鋳鉄スリーブが浸っていると、驚きのスピードでサビが発生してしまいます。すると、冷却水を媒体にサビ成分がエンジン内を巡り、金属部品に悪影響を与えてしまいます。
例えばウォーターポンプのメカニカルシール部をサビが攻撃しますし、最悪のケースではウォーターポンプのインペラがサビによって朽ち果ててしまうこともあります。その結果、オーバーヒートの連発になります。
また、ラジエターに金属粉が詰まってしまえば、効率の良い冷却が不可能になります。
だからこそ「サビないアルミスリーブ」は、水冷エンジンにとっても救世主なのです。
カワサキGPz900Rニンジャを例にすると、ウエットライナー(スリーブ)が冷却水に直接浸っていて、しばらく乗らないことで冷却水が真っ赤にサビてしまう特徴があります。
そんなGPz900Rニンジャ、アルミメッキシリンダーの優位性が確認されています。
では冷却水の無い空冷エンジンでは関係無いのかというと、そんな事はありません。
空冷エンジンでもシリンダースリーブがサビない事は非常に有利なのです。
それはなぜか?
実はエンジンの停止している4気筒エンジンでは、どこかの気筒のどこかのバルブが開いている事になるのがポイントです。
バルブが開いているという事は、エアクリーナーを経由して水分を含んだ外界の空気とシリンダースリーブ内面が触れている事を意味しています。
短期間であればスリーブ内面にはエンジンオイルの油膜があるので大丈夫ですが、1ヶ月も経てば油膜は落ち切ってしまい、空気中の水分で鋳鉄シリンダー内壁は簡単にサビてしまうのです……。
もちろん水冷4気筒でも同じなので、上記のGPz900Rニンジャではスリーブの外側は冷却水によって、スリーブの内側は空気中の水分によってサビてしまうのです。
エンジンの調子を維持するために1ヶ月に一度エンジンを掛けている程度では全然足りないどころか、スリーブ内壁に発生したサビをピストンで削ぎ落としている事になります。
油膜の切れた鋳鉄がいかに簡単にサビてしまうのかは、鋳鉄ブレーキディスク(4輪車のブレーキディスクで普通に使われています)を見れば一目瞭然、一晩で真っ赤にサビてしまう事もあります。
オールアルミ製のエバースリーブ®Pat.ならこういったサビとは無縁です。
これだけでもエバースリーブ®Pat.の優位性がうかがえます。
バイク用ではありませんが今まさに実走テストが行われているのがホンダのスポーツカー、S800用ICBM®です。
ウエットライナーとクランクケースの組み合わせ部分から水漏れが起こりやすいエンジンとしても知られているS800ですが、このテスト結果が、多くのホンダスポーツファンの喜びになることでしょう。
特異な形状の鋳鉄スリーブがすでに最大のオーバーサイズに至っている例が多い(もうこれ以上の延命処置ができない)ため、S800用ICBM®には大きな期待が寄せられています。
■「EVER SLEEVE®Pat.」の存在意義■
高性能化ばかりではなく、トータルとして考えた時にコスト的にも決して高過ぎるものではないのもエバースリーブ®Pat.です。
エンジンのオーバーホールにあたっては作業コストも大切な要素になります。
一般的に、シリンダーをオーバーサイズ加工する場合は分解したシリンダーと新規オーバーサイズピストンを内燃機加工業者へ持ち込み、シリンダーを交換するスリーブ外径に合わせてボーリングした後、スリーブ素材を熱膨張を利用しつつシリンダーに挿入。
その後、使用するピストン径に合わせてスリーブ内面をボーリングし、さらに指定のピストンクリアランスに合わせて内径を調整しつつホーニング仕上げ(俗に言うクロスハッチを付ける作業)を行う手順になります。
ボーリング作業が2回、内径仕上げが1回必要になります。
ところがエバースリーブ®Pat.はすでにホーニング仕上げまで施されたアルミメッキスリーブとストッパーリングをセットにした商品です。
スリーブ内壁は完成済みなので、スリーブを挿入するためのボーリングを1回行うだけで済みます。
最初からスリーブ内面の加工が完全に終わっているエバースリーブ®Pat.ならではの特徴です。
熱膨張を利用した挿入を行う必要が無いのでスリーブ内径が歪まない……だからこそ『最初から内径寸法と表面仕上げまで完了している』スリーブが挿入できるのですが、これによってスリーブ内径を仕上げる加工が不要になるので、加工工賃が少なくて済みます。
部品代と加工代のトータルコストで考えると、エバースリーブ®Pat.を組み込むのはむしろ安上がりで済む可能性大です。

iB井上ボーリングでは、シリンダーバレルのボーリングをNCマシンで効率良く、しかも高精度に行っている

キットパーツ化されていないモデルのICBM®シリンダーの依頼も数多いようです

人気のカワサキZ2/Z1用以外にも、数多くの機種を常時在庫。納期管理も徹底されています
エバースリーブ®Pat.はiB井上ボーリング以外のボーリング業者でも作業が出来るように、エバースリーブ®Pat.の圧入固定に関する説明書がキットに付属しています。
このため、わざわざiB井上ボーリングに重いシリンダーやシリンダヘッドを送って作業を依頼する必要が無く、地元で顔見知りのバイクショップに組み込み依頼することもできますし、過去にお付き合いがある内燃機加工業者へ作業、加工依頼することもできるでしょう。
購入段階でピストンクリアランスを考慮したホーニング作業まで終了し、スリーブとして完成状態になっているため、従来の鋳鉄シリンダーを加工依頼するときのようにオーバーサイズピストンに対応したボーリング作業や仕上げの精密なホーニング作業が不要になります。
そのホーニングにしても、従来の鋳鉄スリーブではオイル溜まり用のクロスハッチを付けるだけで納品されるので、ザラつき過ぎている面を「ならし運転で整える」のが普通でした。
しかし、エバースリーブ®Pat.のスリーブは減らないので「慣らし運転で整える」事は不可能です。このため「プラトーホーニング」という特殊なホーニングが最初から施されています。
これは潤滑油の溜まる溝は確保しながら飛び出しすぎたキズの山部分を平面に馴らしてして面租度を整えてあるという、超高性能な特殊ホーニングです。
さらにクランクシャフトのオーバーホールや芯出し振れ取りの依頼も数多いカワサキ900Z1に関して、iB井上ボーリングでは国内のコンロッドメーカーへ補修用コンロッドを製作依頼し、専用サイズの各種ベアリングやメタルワッシャーもオーバーホール用に特注オーダーしているそうです。
しかも特注したそれらの専用部品をしっかり自社で在庫してあるので、納入部品待ちで納期が遅れてしまうような事もありません。
エバースリーブ®はもちろんですが、補修部品の新品が入手できることで、自分自身の手でエンジンのオーバーホールを楽しむサンデーメカニックならこれまでとは違った楽しみも増えると思います。

画期的なエバースリーブ®とは別に、コンロッドなどもオリジナル商品として生産している。画像はカワサキの空冷4気筒用にiB井上ボーリングが「新規作成した」コンロッドセット。コンロッド側面には「INOUE BORING」のロゴがあり、単なるリビルド品との違いを見せつけている

「エンジンで世界を笑顔に!!」株式会社 井上ボーリング代表:井上壯太郎社長
バイクツーリングはもちろん、モータースポーツやマリンスポーツも大好きな活動派!!

iB井上ボーリングのホームページはこちら
この記事にいいねする