
レバーの操作が軽い、レバー位置が変化しない、ワイヤー注油の手間が要らない、純粋に見た目がカッコイイ、様々な理由で人気の油圧式クラッチ。
高級車に採用例が多いですし、ワイヤー式からのコンバージョンキットも存在します。
憧れてる人も多いでしょう。
しかし、油圧式クラッチはワイヤー式クラッチと比較してレバータッチが悪いと感じた事がありませんか?
スパッと操作できないような、ダイレクト感に欠けるような……。
今回はこの油圧クラッチの『感触』について、なぜそうなるのか?を簡単に解説します。
最後にレバータッチ改善方法の提案もありますよ!
目次
クラッチとは?
エンジン(クランクシャフト)で発生した動力を変速機(ミッション)に伝える手前に設置されていて、動力を断続するのがクラッチの役割です。
何もしていない状態のクラッチは断続のうちの「続」、つまりエンジンの動力をそのまま伝える状態になっています。
この接続を切って「断」の状態にするために操作するのがクラッチレバー。
レバーを握るとクラッチが切れて動力が変速機に伝わらなくなります。
もしクラッチが無くて動力が断続できないとニュートラルから1速にギヤチェンジできませんし、万が一ムリクリ変速出来てしまったらエンストしてしまいます。
強引に1速に叩き入れた時にエンジンがエンストしなかったら変速した瞬間にガン!と動き出してしまうし、エンストするまで停止もできません。
そうならないように、半クラッチを使って徐々に動力を接続していくのもクラッチの役目。
……という事は知っていても「イマイチ構造がわからない」という方も多いでしょう。
でも構造を知らなければ運転できないなんて事は無いし、必ずクラッチの構造を理解しておきましょう!という話ではありません。
ただ、構造を知っていればトラブルの際に「クラッチなのかクラッチ以外なのか?」が判断できますし、実は運転操作も上手く出来るようになります(なぜそういう操作をするのか?その時エンジン内ではどうなっているのか?が理解できるので上手い操作ができるようになるため)。
だから、できる事なら構造を理解しておいた方が良いです。

ザックリとしたクラッチの位置と駆動系の構造図。
現在販売されている大多数の車両ではこのような配置ですが、中には変な構造の車種もあるので全車必ずこうなっているワケではありません。
クラッチが左側にあったり(例:ホンダNSR250RW)、クラッチ軸とスプロケット軸が同一軸上にあったり(例:ドカティ ベベル系)、クランクシャフトにクラッチが付いていたりする例(例:ホンダ 旧モンキー系)もあります。

実際のクラッチはこのような形をしています。手に持っているのが摩擦力で動力を伝達するクラッチ板のセット。最も手のひら側に位置する金属の円盤がプレッシャープレートと呼ばれる部品で、クラッチスプリングの力でクラッチ板を押さえつける役割があります。
油圧クラッチ(油圧式クラッチ)とは?
大多数の車両ではクラッチレバーを握るとワイヤーが引かれ、ワイヤーによってエンジンにあるクラッチレリーズというレバーが動かされてクラッチが切れます。
単純な構造なので故障しにくく、メンテナンスも容易にできるのが幅広く採用されている理由です。
逆に言うと「故障もするし(ワイヤーが切れる)メンテナンスも必要(要注油)」という事になります。
故障したりワイヤーに注油したりするのは面倒なので、メンテナンスフリー化を目指してワイヤーの代わりに油圧を使って作動させよう!というのが油圧クラッチです。
また、レバーの操作力を軽くしやすいという特徴もあります。
ワイヤー式で操作力を軽くしようとすると、レバーの『支点、力点、作用点』の位置関係を変更する大掛かりな変更が必要ですが、油圧式ならマスターシリンダー(ハンドル側にある油圧を発生させる部分)の内径を変えるだけで済みます。
さらに、クラッチ板が減っても減った分だけレリーズピストンの位置が変化するだけなので、最初から最後までレバーの遊びが増えたり減ったりしないもの油圧式クラッチの大きなメリットです。
完全にノーメンテで使い続けられるわけではありませんが、クラッチ板が減るたびに面倒なワイヤー調整の必要が無いだけでも大変ありがたいですね。

典型的なワイヤー式クラッチのレバー。レバーを引くとワイヤーが引っ張られ、クラッチレリーズと呼ばれるレバーに力を伝達することでクラッチが切れます。

典型的な油圧式クラッチのレバー。レバーを引くとマスターシリンダーからクラッチフルードが送り出され、クラッチレリーズピストンと呼ばれる部品の中にある油圧ピストンを押し出す事でクラッチが切れます。
油圧クラッチ特有のレバータッチ(感触)
様々なメリットのある油圧クラッチですが、よくあるカン違いは「油圧クラッチはレバーが軽くなる」という話です。
市販されている後付けの油圧クラッチキットを装着すると確かにレバー操作力が軽くなることが多いのですが、それは『油圧式にしたから』ではなく、『レバー比を変更したのと同等なシリンダー径になっているから』です。
(油圧クラッチでもマスターシリンダー径が大きな物を装着すると激重になってしまいます)
クラッチの重さはクラッチスプリングで決まっているので、ワイヤー式であってもレバー比を変えれば(プレッシャプレートの移動量を減らせば)操作力を軽くする事はできます。
そして、大多数の油圧式クラッチは小径マスターシリンダーと大径レリーズピストンの組み合わせを採用する事で軽いレバー操作力になるように設計されています。
『油圧式は軽い』というイメージがあるのはそのためです。
くどいようですが、レバーが軽くなるという事はレバーを握る量(レバーストローク)に対して、実際にクラッチを押さえつけているプレッシャプレートの移動量が少なくなっているという事です。
そうすると、レバー操作量ほどプレッシャープレートが移動しなくなるので、基本的に「切れ」が悪くなりがちです。
繋がる時もレバーの戻し量ほどスパッとプレッシャープレートが戻らないので、曖昧でダイレクト感に欠ける感触になりがち。
油圧式クラッチを採用している全車がそうだとは言えませんが、そもそもレバー操作を軽くするために油圧クラッチを採用した時点でそうなる宿命にある事が多いと言えます。
つまり油圧式クラッチのレバーフィーリングがイマイチな主要原因はレバーが軽い事が原因です。

操作力が軽いという事は、極端に言えばクラッチの切れが悪いということ。
たしかに操作力は軽いけれど・・・
油圧式でレバーが軽い=レバーストロークは多いけれどプレッシャープレートの移動量は少ない(レリーズピストンの移動量が少ない)、という事がお解りいただけたと思います。
プレッシャプレートの移動量が少ないという事は、、『クラッチが切れにくい(クラッチを引きずりやすい)』という側面も持っています。
油圧式でクラッチレバーが軽い車両は基本的にそういう宿命なのです。
逆にワイヤー式は油圧式よりもレバー操作量とプレッシャープレート移動量が近い場合が多いです。
クラッチレバーを目いっぱい引き切るとプレッシャープレートもガバッと動いて大きな隙間が開くので引きずりが発生しにくく、クラッチが完全に切れやすい傾向になります。
その代わりレバー操作が重い場合が多い。
ただでさえ切れにくい設計(=レバー操作力が軽い設計)になっている事が多い油圧クラッチですので、オイルラインに僅かでもエアが混入していると『クラッチが切れない』という事態に陥りがちです。
だからブレーキと同様にキッチリと正しくエア抜きされている事が大事です。

クラッチ板はこのような形でクラッチにセットされています。多数のクラッチ板が重ねてあるのは小さな直系のクラッチで接触面積を大きく取りたい意図があるため。
プレッシャープレートでクラッチ板を押さえる事で動力を伝達していますが、レバーを握った時にプレッシャープレートが移動する量は非常に僅か。車種によってはレバーを握り切っても2mm程度しか動かない事もあります。

車体を上から覗きこんだ画像で、クラッチの一番外側(画像だと一番上)にある金属のお皿っぽい部品がプレッシャープレートです。クレッチレバーを握るとこの部品が僅かに動く事でクラッチ板を押さえる事で発生していた摩擦が無くなり、動力が伝わらなくなります(=クラッチが切れます)。
バイクでは複数のクラッチ板を挟む『多版式』を採用している事が多いのですが、多板式はクラッチを切ってもクラッチ板が微かに接触しがちで完全には切れにくい構造です。クラッチを切っても僅かに前進しようとする傾向があるのはこれが原因。
「油圧」とは言うものの「圧」はあまり掛かっていない
油圧ブレーキとほぼ同じ構造の油圧クラッチなので、構成部品もほぼ同じです。
クラッチフルードと呼ばれる作動油は名称が違うだけで中身はブレーキフルードですし、クラッチホースはブレーキホースと全く同じ物が使われています。
社外品のステンレスメッシュホースも、クラッチホースだからといって特別なホースが使われているわけではなく、ブレーキホースと同じ物が使われています。
ブレーキ側との決定的な違いはホースに掛かる油圧です。
ブレーキではブレーキパッドでディスクを締め上げるために強烈な油圧が掛かります。
ブレーキレバーを握るとあるところから動かなくなりますが、レバーが動かないだけで握る力を増せば増すほど油圧が高まっています。
その圧力の変化こそブレーキの強弱になるわけです。
ところが、クラッチは動かなくなるポイントが無く、最後まで握り切ってしまう事が可能です。
ブレーキのように何かを挟む方向ではなく、既に挟んである物(クラッチ板)を離す方向で作動するので、止まるポイントが無いのです。
クラッチホースに掛かる圧力はクラッチ本体にあるクラッチスプリングからの反力だけで、これはブレーキホースに掛かる強大な圧力と比較すると非常に僅かです。
ブレーキホースは純正のゴムホースから社外品のステンレスメッシュホースに交換すると油圧でホースが膨張しにくくなるのでレバータッチが向上しますが、クラッチホースをステンレスメッシュに交換してもほとんどクラッチレバーのタッチが変化しないのは、そもそもホースが膨張してしまうほどの高圧が掛かっていないからです。

ハンドル交換などでホースの長さが届かなくなったりすると社外製メッシュホースに交換する事になります。
メッシュホース化してもタッチはほぼ変わりませんが、見た目は激変!
特に目に入るハンドル周りの質感向上が目覚ましいので、クラッチホースのメッシュホース化はオススメのカスタムの一つです。
クラッチは「圧」よりも「流量」が大切
ブレーキはレバーがあまり動かない事からもわかるように、ホース内を勢い良くフルード(油)が流れているわけではありません。
フルードはほとんど動かずレバーを握る圧力だけが伝わっている……そんなイメージになります。
逆にクラッチ側はレバーが思いっきり握れてしまいます。
レバーを握っている途中で圧力が高まってレバーが動かなくなったりしません。
そしてレバーが最後まで握れるという事は、握った分だけフルードが押し出されている事を意味しています。
クラッチマスターシリンダーから押し出されたフルード(ブレーキ側と比較すると大量と言える量)はブレーキホースと同じ内径のクラッチホース内を移動します。
つまり、かなりの勢いでホース内をフルードが流れているのです。
このように油圧クラッチは油圧ブレーキとほぼ同じ構造ですが、フルードの動きは全然違っています。

このホースの中をブレーキとは比較にならない量のフルードが流れます。
ブレーキと同じパーツ構成な事が問題になる
ブレーキと同じ構造なので使用しているパーツがブレーキと共用な事は上で記しましたが、それが理由で僅かな問題が発生します。
フルードが流れる事より高圧に耐える事が重要なブレーキ用なので、勢い良く大量のフルードを流すのは少々苦手だったりします。
もっと太い専用のホースにすればフルードの流量を上げる事が可能ですが、太いホースは出来るだけフリーに動くようにしたいハンドル周りの動きを妨げてしまいます。
それに、ブレーキホースと同じ太さのホースだと決定的に問題になるほど流動に抵抗があるわけでもありません。
深刻な問題があるならメーカーが純正採用するわけが無いので、ブレーキと同じ構成で問題は無いです。
だがしかし、最良ではありません。
可能であればブレーキ系よりもスムーズに油(フルード)を流せるようにしたい!

画像は旧モンキー系用の油圧クラッチコンバージョンキット。「僅かでも良くしたい」というチューニング魂に車種や排気量は関係ありません。
オススメのタッチ改善方法!
レバーが重くなっても良いならクラッチマスタシリンダーの径を大きくすれば良いです。
同じレバー操作量でも送り出すフルードの量が増えるのでシャキシャキとしたクラッチの動きになります。
でもそんな都合の良いマスターシリンダーを見つけるのは大変ですし、部品代だって非常に高額……。
そこで、もっと簡単に改善する方法として、フルードが流れる際の抵抗を少しでも減らす方法を紹介します。
クラッチホースは多くの場合「バンジョー」と呼ばれるパーツでマスターシリンダーやクラッチレリーズピストンと接続されています。
ブレーキでも多用される一般的な接続方法で、純正クラッチホースもほぼ全車がこのパーツで接続しています。

バンジョー式の例。これは社外製のメッシュホースに交換されていますが、純正ゴムホースもホース先端の形状は同じ。
このバンジョーですが、ホース内を流れて来たフルードはバンジョー内で90°方向を変えてバンジョー内を回り込むように流れる事になります。
また、バンジョー内を回ったフルードは再び90°方向を変えてバンジョーボルト内の通路を通る……そんな構造です。
純正でこの形状を採用している事からもわかるように、この方式で何か問題が発生するわけではありません。
ちゃんとクラッチは動作します。
しかし……、激しく流れる方向が変わるので多少抵抗になっているのは事実。
抵抗があると只でさえ切れが悪くなりやすいクラッチの操作フィーリングが更に悪化してしまいます。
そこで、バンショー方式を止めて「フィッティング」と呼ばれる直線形状のパーツに変えてしまうのがオススメの改善方法です。

バンジョーアダプターから置き換える事でフルード通路を直線的にする事ができるフィッティングアダプターの例。(これは45°フィッテッィング)
バンジョー方式で問題無く動作していたのですから、そこをストレート配管のフィッティングに交換したとしても大した差はありません。
本当に極僅か。
しかし、その僅かな事を気にするからこそカスタムは面白いのだと思います。

オリーブ式フィッティングの例。アダプターを使用せずにホースがダイレクトに刺さるので軽量かつコンパクトに仕上がるから最もオススメしたい物です。
ただし、ホース本体とフィッテング部分が分離不可能なので車種専用で用意しなければなりません。ホースの捻じれをアダプターで吸収する事もできないので作成難易度が最も高いシビアな物です。

フィッティングアダプターの例。バンジョーアダプター式のホースであれば先端だけ交換する事が可能なのが最大のメリット。
アダプターの刺さる部分のネジは「AN3」と呼ばれるサイズになっている事が多く、メーカーを超えて互換性がある場合がほとんどです。

フィッティング式に変更するとバンジョーボルトを使わなくなるので、代わりにブレーキフィッティングアダプターが必要になります。

バンジョー式からフィッティング式に変更する事でフルードが流れる通路が直線的になります。
マスターシリンダー径とクラッチレリースシリンダー径の関係は変わらないので油圧クラッチの特性が消えるわけではありませんが、フルードの流動抵抗が低減するのはプレッシャープレートの動作抵抗が低減するのと同じ効果があります。

ワークスマシンはブレーキだってストレートな配管です。
ブレーキだからフルードはほとんど動かないのにね!
(オススメできないけれど)改善方法その2
バンジョーを固定するのはバンジョーボルトと呼ばれる特殊形状のボルトです。
ボルトそのものが中空になっている他、横に穴が開いていてバンジョーからのオイルが通るようになっています。

ボルトの横にある穴がバンジョーから来たオイルが流れる穴。ボルトそのものも中空になっており、穴を通ったフルードはボルト端(画像で言うと左下側)に流れ出る構造です。
ご覧のように穴の大きさはメーカーによって様々で、筆者の目撃した物では古いイタリア車のブレーキホース用純正バンジョーボルトの穴が最小(Φ約1.0mm)です。
ボルト横に開いている穴がかなり小さい事がおわかりいただけると思います。
どう考えてもこの部分が勢い良くフルードが流れようとする際の抵抗になるのがわかります。
そこで、ドリルを使ってこの穴を僅かに大きな穴にするのが改善方法その2です。
単純にフルードが流れる通路の面積を拡大するのが狙い。
しかし……、
この方法はあらゆるメーカー保証が効かなくなる改造方法なので正直オススメはしかねます。
確実にバンジョーボルトの強度が落ちるので、実施する場合は自己責任となります。
特にアルミ製のバンジョーボルトでは規定値まで締め込むと捻じれて変形したり千切れたりするようになります。
破損や変形を恐れて規定値以下のトルクで絞めつけるとフルード漏れが発生してクラッチが切れなくなりますし、ハッキリ言ってかなり危険。
しかし穴を広げるだけなので費用は実質¥0!
整備技術に相当の自信がある方は試してみてください。
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