
SHOEIからX-Fifteenが発表になり、派手な空力デバイス(スポイラー)が注目を集めています。
スポイラーの役目は高速走行時の「ブレ防止」がメインですが、実は「浮き上がり防止」効果もあったりします。
しかし、高速走行時の風圧でブレるのはともかく、浮き上がりとは??
軽いとはいえ結構な重さヘルメットが浮くとは?
そして、そもそも丸いヘルメットがなぜ左右にブレるのか?
今回はそのあたりのちょっとした雑学です。
目次
ヘルメットの進化
大昔(といってもたかが数十年前の話ですが)からヘルメットは現在のような形状と材質で製造されていました。
近年になって急にスゴイ素材が登場したり画期的な形状が登場したわけではありません。
半キャップも、ジェットヘルメットも、システムヘルメットも、フルフェイスも、大昔から存在していた普通のヘルメット形状ですし、帽体の材質もFRP、ポリカーボネイト、カーボン、ABS樹脂など様々ですが、どれも昔からあるものばかり。
そんなヘルメットですが細かい進化は続いており、最新鋭のレース向けヘルメットはディフューザーとかスポイラーと呼ばれる、かなり派手な空力付加物が装着されるのが当たり前になっています。

大昔からだいたいこんな種類で、だいたいこんな形状です。

派手な空力付加物が装備されているのが最新ヘルメット形状の特徴。
ディフューザー(スポイラー)の歴史
早い時期からヘルメットの空力を重視していたブランドとしてはSHOEIとOGK KABUTOの2ブランドが最右翼です。
帽体形状そのものを見直し、丸みを帯びた伝統的形状から空力を重視した帽体形状にしているのがこの2ブランド。
もう一つの代表的ヘルメットブランドであるアライは空力デバイスを形成する際にどうしても生じてしまうエッジ(段差)を嫌って空力付加物の採用に消極的だったのですが、近年では段差の少ない丸い帽体形状を維持したまま空力性能を向上しようと頑張っていました。
安全性のために帽体の丸さにこだわり続けたアライが、ものすごく苦労してまでディフューザー(スポイラー)装着できるように頑張ったのは、その効果が無視できないと判断したからでしょう。
実際、アライが2020年に発表した『レーシングスポイラー』は、帽体の丸さにこだわるアライが安全性を維持したまま空力を改善する画期的なパーツで(大きな衝撃が加わると簡単に外れる)、登場以降はレースで欠かせないパーツとなりました。
空力パーツはそれぐらい「効く」という事です。

OGK KABUTOのRT-33Xは帽体そのものから空力重視した形状。

レースでアライを愛用しているユーザー待望の大型空力パーツ「レーシングスポイラー」。
ディフューザー(スポイラー)の役割
様々な効果があるディフューザー(スポイラー)ですが、当初は主にヘルメット帽体内の換気を促すために利用されてきました。
ディフューザー(スポイラー)後端に通気口を設けておき、走行風が生み出す負圧で帽体内の空気を引き抜こうというもの。
もちろん今でも換気に利用されていますが、近年ではそれ以外の効能を狙っているのが形状から見てとれます。
例えばSHOEIの新型であるX-Fifteenにある大型ディフューザー(スポイラー)は、後端に通気用の穴が開口していません。
一番負圧の発生しそうなスポイラー後端は絶壁状になっており、換気のためのスポイラーでない事は明らか。
では何のためにあんな大きなスポイラーを装備しているのかというと、ヘルメットの周りを流れる空気を整流するためです。

帽体内の換気を促す目的である事が一目瞭然のアライ製。

SHOEIの最新型X-fifteenの後端パーツには換気用の穴が開いていません。つまり換気用のパーツではありません。
整流するのはなぜ?
そこまでして整流するのは何故でしょう?
空気の流れを整える事で最高速がアップするとか??
ヘルメット周りの空気を整流する事でもしかすると僅かに最高速が伸びたりするのかもしれません。
しかし、表面が滑らかな車と違いってライダーが剥き出しで走るバイクの空力はもともと最悪なので、ちょっとヘルメット周りを整流した程度で最高速にはそこまで影響はしないはずです。
だからヘルメットの空力は『ライダーの負担を減らすため』、この1点だけを重視しているはずです。

バイクは車体側の空力も頑張っていますが、自動車と比較すると表面の凸凹さはいかんともし難く、ちょっとヘルメットの空力が良くなったとしても大きな影響は無いはず。
ディフューザー(スポイラー)が無いとどうなる?
ヘルメットは基本的に丸い物、もっと言えば球体に近い形状です。
中に頭が入る以上、どうしてもそうならざるを得ないのですが……、空気中を表面が滑らかな球体が高速移動するとちょっと問題が発生します。
まず、物体が空気を押しのけると、その後方に空気の渦が発生します。
空気を押しのける物体がヘルメットのような球体だと、表面を通過した空気の流れが後方で巻き込むような動きとなり、大きな渦を発生させてしまいます。
しかも球体では発生する渦の向きがランダムになってしまい、様々な方向に発生した渦に引っ張られてしまう事で上下左右にブレてしまうのです。
この現象を逆に利用しているのがスポーツ球技の変化球で、ボールに回転を与えず真っすぐ飛ばす事でボールの後方に渦をランダムに発生させて軌道を不規則に変化させています。
意図的にブレを発生させているという事ですね。
逆に真っすぐな軌道を望む場合はボールに回転を与えて渦の発生方向を整える事で軌道を安定させます。
残念ながらヘルメットは回転させる事が不可能なのでヘルメット後方に空気の渦がランダムに発生し、様々な方向に引っ張られてブレブレになってしまうというワケです。

ヘルメットのような球体が空気中を高速移動すると、表面に沿って流れた空気が後方に巻き込みランダムな向きに渦が発生。この渦に引っ張られるので上下左右にブレてしまう。
ヘルメットは球体なので別の弊害も発生してしまう
ヘルメットは球体なので、空気の流れに触れる部分は曲面(凸曲面)になっています。
この曲面(凸曲面)に沿って空気を流すと、その凸面方向に引っ張られる現象が発生します。
空気の流れの一部を絞ると流速が上がって圧力が下がるのがベルヌーイの定理、圧力が下がるのでその方向に引き込まれる現象です。
厳密には大気中の場合はちょっと違うのですが、流体力学に関する話を詳しく解説すると超難解ですし、だいたい合っているので今回はそういう理解で大丈夫!
わかりやすくこの原理を利用しているのが飛行機の翼です。
飛行機(の翼)は空気を押しのけて『空気の上に乗る』イメージの人が大多数と思いますが、実は翼の上面を凸形状の曲面にしておき、流れる空気の圧力低下によって『上に引っ張られる』ことで浮いている効果が非常に大きいのです。
本格的なレーシングカーも大きなウイングで空気を跳ね上げて車体を下に押し付けているように見えますが、車体底面を凸形状の曲面にして車体を『下向きに引っ張る』効果が非常に大事だったりします。
あまりにも効くのでF1などでは車体下面を翼断面形状とするのがルールで禁止されているくらいです。

飛行機の翼の上面にある凸曲面に沿って流れた空気によって上向きの力が発生する図。同じ事がヘルメットの表面でも起こります。
しかし、よく考えてみるとヘルメットは球体ではない
上記のようにヘルメットはほぼ球体で凸面を外側に向けており、周囲には同じ速度で空気が流れているので外側に引っ張られる力が働きます。
上向きにも、右向きにも、左向きにも……。
しかし……、ほぼ球体と言えるヘルメットですが、下側は頭を入れるために空洞になっているので実は球体ではありません。
多少前後方向に長い……といった細かい話ではなく、前から見ると半円に近いと言うべきでしょうか。
下面だけ凸曲面ではないのです。
するとどうなるか?
右向きに引っ張られる力と左向きに引っ張られる力は互いに相殺されますが、上向きに引っ張られる力だけは相殺する力が発生しないのでヘルメットは上側に引っ張られてしまいます。 これが「ヘルメットが浮く現象の正体」です。

左右に引っ張られる力は相殺されますが、上下に引っ張られる力は相殺されないので上に引っ張られる力だけが残ります。高速になればなるほど。
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