400cc並みの車重と250cc級の軽快なリーンは、4気筒で育ったライダーに馴染むまで違和感が募るスパルタンさが立ちはだかった!
'80年代の大型バイクは既に日本車が圧倒的優位で、スポーツバイクではトライアンフやBSAにノートンなど英国勢は消滅していて、ドゥカティとBMWがかろうじて残っている程度。
BMWは空冷ボクサーがツーリングマニア向けで、スポーツライディングとなるとドゥカティのみ。
BMWは空冷ボクサーだけで一部のツーリングマニア向けとして捉えられていたので、スポーツライディングとなるとドゥカティのみ。
'70年代後半にマイク・ヘイルウッドがマン島T.T.で優勝したマシンのベースとなった、ベベル駆動のレジェンド、ビッグLツインの750SSが唯一日本製スーパースポーツに対抗する存在だった。
そのドゥカティがベベル駆動のOHCから、コグドベルト駆動に換えコンパクト化をはかった新世代エンジンでT.T.F-2マシンを開発。
強制開閉バルブのデスモドローミック実用化をはじめ、1950年代中盤から世界GPチャレンジへドゥカティを牽引し続けてきた鬼才タリオーニ技師は、それまでの概念をことごとく打ち破る超スリムでコンパクトな新型Lツインを設計したのだ。
クランクケースにスイングアームピボットを配置し、トレリスフレームでバイク全体を中型サイズにまとめる、現在のドゥカティ・エンジニアリングへそのまま受け継がれたベースが既にこのとき完成していた。
そして1985年、88mm×61,5mmの748ccまで拡大した750 F1がデビュー、4気筒をメジャーな存在にした日本メーカーを脅かすポテンシャルを垣間みせはじめたのだ。
情報提供元 [ RIDE HI ]
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