これからはデザイン!と説いた川上社長へ完全オリジナルの造形を懇願!

戦前からオルガンやピアノの楽器メーカーだったヤマハが、戦後にオートバイ用エンジン開発で二輪メーカーとなったのが1955年。
それから僅か2年後には、先進国でスポーツバイクのカテゴリーとなる250ccの2気筒、YD-1をリリースした。
戦後スタートした日本の二輪メーカーは、当初どこも海外メーカーのバイクをお手本に設計製造していたが、このYD-1もドイツの戦前からあったアドラーMB250を参考に開発を進めていた。
ただヤマハには意地があって、見た目にもデザインが新しい斬新な製品づくりを目指そうと、ヤマハ発動機の創始者である川上社長へ、完全オリジナルの造形としたい旨を告げ、川上社長も海外視察で「これからの製品はデザイン!」と説いていたこともありその許可を得たのだった。

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情報提供元 [ RIDE HI ]

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コメント一覧
  1. 匿名 より:

    黎明期のヤマハはドイツのデザインが好きだよな。YA-1もDKWそっくりだし。
    ホンダがイタ車を元ネタにしてたことへの対抗もあったのかな。

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