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V4エンジン最小排気量のVF400Fが誕生
HondaでV4エンジンを搭載した最初の市販車は、1982年3月に発売されたVF750セイバー/マグナでした。 それからわずか9か月後の12月、DOHC V型4気筒のVF400Fが発売されました。
当時のHondaの400ccロードスポーツでは、直列4気筒のCBX400Fをラインナップしていました。 激戦区の400ccクラスで、直4とV4の強力なモデルを投入して、ライバル他社に対抗したわけです。 1982年は、VツインのVT250Fを発売するなど、V型エンジンのモデル展開を推し進めました。
VF400Fは、水冷4ストロークDOHC 4バルブV型4気筒エンジンを搭載し、最高出力は53PS/11,500rpmを発揮しました。 フロントタイヤには、WGPロードレーサーのNS500に採用された16インチを装着。 レーシングテクノロジーを反映したモデルですが、二人乗りの快適性を考慮したダブルシートを採用するなど、ツーリングにも適した性格でした。
VF400FからVFR400Rへと進化
1983年、直4エンジンモデルの強化を図りCBR400Fが誕生しました。 CBR400Fは空冷エンジンながら58PSの最高出力を誇り、VF400Fよりもレーシングイメージが高いモデルとして人気を集めました。
VF400Fは、1986年にレーシングイメージを強めたVFR400Rにモデルチェンジしました。 HRCのワークスマシンRVF400のテクノロジーを反映したことから、車名に「R」を採用。 フレームにはアルミ製のツインチューブタイプを採用するなど、スタイリングも一新しました。 最高出力はVF400Fに比べ6PS高い59PS/12,500rpmを実現し、純然たるレーサーレプリカモデルへと生まれ変わりました。
VFR400Rの価格は、VF400Fに比べ131,000円高くなりました。 この時代、高性能を追求したレーサーレプリカは、モデルチェンジの度に価格が上昇する傾向が強くなっていました。
プロアームのVFR400Rが登場
1987年、片持ちリアフォークの「プロアーム」を新たに採用したVFR400Rが登場しました。 プロアームは、鈴鹿8耐などの耐久レースで素早くリアタイヤを交換するために開発された技術です。 このモデルから「Force V4」のロゴが車体にあしらわれました。
※カタログは個人所有のため、汚れや破損があることをご了承ください。1988年5月、通称「トリコロール」のカラーリングをVFR750R(RC30)と同様にするなど、全3種類のカラーバリエーションとなりました。
レーサーレプリカ度をさらに高めたNC30型
1989年1月に発売されたVFR400R(NC30型)は、マフラーをワークスマシンと同じく左側に配置しました。 市販車にとって騒音規制をクリアするには、測定器が配置される左側ではなく、右側にマフラーを配置するのが常識です。しかしながら、VFR400Rはワークスマシンと同じ配置にこだわりました。
高性能なマシンを厳しい騒音規制に適合させるためには、様々な苦労があったと思いますが、徹底してワークスマシンとの関連性にこだわりました。
また、この時に採用されたカラーリングは通称「SEED(シード)カラー」と呼ばれました。1988年、このカラーをまとったNSR500でHRC契約ライダーの伊藤真一選手が全日本選手権に華々しくデビューしました。 また、WGP開幕戦の鈴鹿にもスポット参戦して大きな話題を呼びました。
ロードレースファンの間ではこのSEEDカラーが人気を博し、市販車のVFR400Rにも採用されたのです。
そしてこれは、1990年にサスペンション機能を高めカラーリングを変更したモデルのカタログです。

通称SEEDカラーは、カラーバリエーションからなくなりました。GPライダーのワイン・ガードナー選手が、安全運転を呼び掛けています。当時、ホンダ安全運転普及本部のイメージキャラクターとして、カタログや広告などで広く安全運転の大切さを訴求しました。
VFR400R(NC30型)は、プレスリリースでは1992年7月に発売したOKI HONDA RACINGのカラーリングをまとったスペシャルカラーが最後のモデルになりました。
1992年は、直4エンジンを搭載したネイキッドロードスポーツのCB400スーパーフォアが誕生し、一躍ヒットモデルに。ロードスポーツ市場は、レーサーレプリカタイプからネイキッドタイプに移行しつつありました。
VFR400RからRVFに進化
1994年1月、VFR400Rはフルモデルチェンジを受け「RVF」が誕生。ワークスマシンと同じ”RVF”の車名が与えられたことからも、このモデルに賭けた情熱が伝わってきます。
車体は、新設計フレームに倒立型フォークのフロントサスペンションを採用するなど、さらなる進化が図られました。車体は新設計フレームに倒立フォークを採用。V4エンジンも、キャブレターなど各部の進化と熟成を図りました。しかしながら馬力自主規制によって、最高出力は従来の59PSから53PSへと引き下げられることになりました。
2007年にはこの馬力自主規制が撤廃されましたが、当時のレーサーレプリカマシンでは、高性能追求と馬力自主規制によるコスト上昇がメーカーとユーザーを苦しめていました。

1996年1月発行 RVFのカタログ表紙には、1995年に鈴鹿8耐でRVF750を
駆り優勝したアーロン・スライト選手の走りを背景に使っています。日本のファンとしては、同チームの岡田忠之選手の写真を使って欲しいと思いました
RVFは、耐久レーサーRVF750のテクノロジーを反映した究極のレーサーレプリカマシンとして、レースファンを中心に支持を得ました。しかしながら、1992年に発売されたCB400スーパーフォアが400ccクラスで圧倒的な人気を誇ることになります。
1996年時点のRVFとCB400スーパーフォアの価格差は約19万円です。このようなことからも、400ccクラスのロードスポーツモデルはネイキッドタイプが主流になっていきました。
RVFは、2000年ころまで販売が継続され、Honda V4エンジンの一番身近なモデルとして多くのV4ファンに愛されました。400ccのV4モデルラインナップは、1982年12月のVF400Fから約20年にわたり、精緻なメカニズムと独特なV4サウンドに共感したバイクファンは多いと思います。
こちらは、Hondaの公式youtubeで公開されている、ホンダコレクションホール 収蔵車両走行映像です。1994年のRVFのサウンドを楽しむことができます。
ホンダのホームページでは、過去にV4ストーリーをまとめたサイトを制作しました。ぜひご覧ください。
ホンダ公式ページ:https://www.honda.co.jp/WGP/spcontents2012/v4-story/
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