2024年の「ミラノショー」で発表されたヤマハの新型スーパースポーツ「YZF-R9」。2025年「世界スーパースポーツ選手権=WSS(World Supersport Championship)」に参戦初年でシリーズチャンピオンを獲得し、戦闘力の高さを証明した。その待望の国内モデルが10月末に登場、早速その走りを体感してきた!

文:小川浩康 写真:関野 温

メインフレームはヤマハスーパースポーツ歴代最軽量、空気抵抗値は歴代最少

エンジンは「MT-09」の「CP3」をベースに独自のセッティングを施し、アルミ製メインフレームは新設計。KYB製フロントサスは「YZF-R1」と同仕様だが、KYB製リヤサスは新設計で、二輪車では世界初の「微低速バルブ」を装備。

エアロダイナミクス効果を高める「ウイングレット」を新たに採用しつつ、「M字ダクト」や直線的なラインなど「YZF-Rシリーズ」らしさを継承したスタイリング。カラーは画像のマットダークグレーのほか、ブルー、ホワイトの全3タイプ。

直列4気筒600ccエンジンを搭載したヤマハのスーパースポーツ「YZF-R6」は、レースで数々の勝利を挙げてきた。その「YZF-R6」に匹敵する性能を備えながら、レースやサーキットだけではなくさまざまなシーンで、より幅広いライダー層にも親しみやすいスーパースポーツモデルとして開発されたのが、「YZF-R9」だ。

エンジンは性能とコストのバランスを考慮して、ネイキッドスポーツ「MT-09」に搭載されている「クロスプレーン・コンセプト」に基づいた直列3気筒888cc「CP3」を採用しているが、スーパースポーツらしい乗り味とするためにスロットルバタフライの開度特性、燃調、点火時期などのセッティングを変更している。

アルミ製デルタボックスフレームはメインフレームを新設計。キャスター角(MT-09比)を25°20′→22°35′に変えることで前輪をエンジン側に寄せ、スーパースポーツらしいフロント荷重を実現。さらにハンドルとの干渉を防ぎ、必要なハンドル切れ角も確保した形状としている。フレーム剛性も見直され、ベースの「MT-09」比で、ねじり剛性18%・縦剛性37%・横剛性16%調整し、低負荷時の柔軟性と高負荷時の安定性を両立。充分な剛性を確保しながら軽量化も図られ、フレームの単体重量は約9.7kgと、歴代ヤマハスーパースポーツモデル(YZF-R1/YZF-R6)で最も軽くなっている。

フロントサスペンションは「YZF-R1」と同仕様のKYB製SDF(Separate Damping force Function)構造で、右は伸び側、左は圧側の減衰力制御を担当する左右独立方式。さらに圧側は高速・低速の2WAYセッティングが可能となっている。KYB製リヤサスペンションは極低速領域で不要な振動を抑制し、滑らかで安定したストロークと接地感向上に寄与する新設計スイングバルブ構造を装備している。

車体デザインは直線を用いた「ホリゾンタルライン」、「YZF-Rシリーズ」と共通の「M字ダクト」を採用。フロントには「ウイングレット」を装備し、スタイリングで大きな特徴にもなっている「ウイングレット」は、直進時に6~7%、旋回中は「M字ダクト」下のスポイラーとの組み合わせで10%程度の前輪揚力を抑制。空力性能を表す「Cd・A値」では「YZF-R6」よりすぐれた数値を達成し、ヤマハスーパースポーツモデルで最も少ない空気抵抗を達成している。ウインドプロテクション性、タイヤの接地感、ハンドリングのバランスに寄与し、高速走行時の安定性と低速走行時の機敏性を両立している。

こうした装備を持ちながら、車重は「MT-09SP」から1kg増の195kgに収まっていて、ヤマハ独自のAT機能を搭載した「MT-09 Y-AMT」より1kg軽く、往年のスタイルのカウルを装着した「XSR900 GP」からは5kg軽くなっている。

LEDヘッドランプはHi-Lo一体型のバイファンクションで、両側にLEDポジションランプを配置。LEDウインカーはバックミラーに設置。

ウインカーは点滅開始から15秒以上かつ150m走行すると自動キャンセルする。急ブレーキを感知すると前後のハザードを点滅させるエマージェンシーストップシグナルも搭載。

開発当初からウイングレット装着を考慮し、何度も設計変更や風洞実験を繰り返して形状を決定。スタイリングの大きなアクセントにもなっている。

ウイングレットはその上側と下側で、空気の流れる速さを変える。その流速の違いで圧力差が生じ、それがダウンフォースとなって接地感やハンドリングに安定性を与える。

5インチフルカラーTFTディスプレイ。白地(昼間)と黒地(夜間)に変更できる。ディスプレイの表示テーマは全4パターンから選択できる。

ラップタイムの計測も可能な「TRACKモード」。タコメーターは5000rpmから表示し、サーキット走行に必要な項目を見やすく表示する。

エンジン特性に加えて、クイックシフト、ブレーキコントロール、エンジンブレーキマネージメント、ローンチコントロールの設定変更が可能となり、4パターンを保存できる。

専用アプリ「Y-Connect」をインストールしたスマホと連携し、さらに「Y-TRAC Rev」もインストールすると、ラップタイムや走行データをスマホに表示できる。また、ピットクルーからの指示や情報をスマホに入力すると、ディスプレイに表示する「バーチャルピットボード機能」も使用できる。

「Garmin StreetCross」をインストールしたスマホと接続すると、ディスプレイをナビゲーション画面として使用できる。ディスプレイ表示が鮮明で、走行中も目視しやすかった。街乗りやツーリングでの利便性を高めてくれる。

ハンドルスイッチにはFPC(柔軟性のあるプリント基板)が組み込まれ、さまざまな機能を直感的に操作できる。その上側は、クルーズコントロールと最高速度を制限できる「YVSL(ヤマハバリアブルスピードリミッター)」のスイッチ。

コーナリング時に内腿と腕でホールドしやすい形状とした燃料タンク。タンク幅を最適化しつつ14Lの容量を確保し、WMTCモード値20.9km/Lの燃費で計算すると航続距離は292.6kmとなり、ツーリングにも使いやすい。

フレームを絞り込み、足着き性と乗降性を考慮した座面形状のライディングシート。柔らかいクッション素材を使用し、座り心地も良好で尻が痛くなりにくい。メインキーで脱着できるタンデムシートの下にはUSB Type-Cソケットを装備している。

セパレートハンドルは、肉抜き加工されたハンドルクラウンの下方にセット。スーパースポーツモデルに求められる、フロント荷重をかけやすい前傾のライディングポジションを実現している。

14段階での遊び調整を可能とした新設計クラッチレバー。クイックシフトも標準装備しているが、軽いレバー操作性でクラッチワークができ、長時間のライディングでの疲労低減に貢献している。

エンジンからの放熱とラジエターからの排熱は、低速走行時は横方向と下方向から、高速走行時は圧力差を利用してカウル後端のスリットから排出する。ライダーへの熱伝達を抑制し、エンジンの冷却性向上にも貢献している。

スプロケットは「MT-09」の16:45から16:43へ変更し、市街地で乗りやすいトルク特性の実現に寄与。最新の「スピンフォージドホイール」ではなく、「YZF-R6」のホイールを採用しているのは、コーナリング時の荷重に耐えられる高い剛性を持っているため。

YZF-R9の足着き性をチェック

ライダーは身長172cmで、シート高は830mm。片足の足裏まで着くことができる。ハンドル位置が低く前傾姿勢もやや深めとなるが、ステップ位置も低いのでヒザに窮屈さがない。自然にフロント荷重がかけられ、接地感が分かりやすく安心感も高い。

両足を着こうとすると、カカトが少し浮いた状態となる。前後輪のグリップ力がよく、重心も低いので車体がフラフラせず、足着き性に不安は感じなかった。シートの前後長に余裕があるので着座位置を変えることができ、疲労低減にも貢献している。

直列2気筒688ccエンジン「CP2」を搭載した「YZF-R7」。シート高は5mm高い835mm。ハンドル位置とステップ位置は少し高くなっていて、ステップ位置はやや後方にセットされている。「YZF-R9」よりコンパクトさを感じるライディングポジション。

「CP3」を搭載した「XSR900」に、往年のスタイルのカウルを装着した「XSR900 GP」。シート高は5mm高い835mm。セパレートハンドルを装備しているが、ハンドル位置は高く、前傾姿勢もきつくない。「YZF-R9」よりもハンドリングはマイルドに感じる。

「CP3」のスポーツ性能を堪能できる「人機一体感」への作り込み

しっかりしたフロント荷重がハンドリングの正確さを増し、ライダーの動作を妨げず車体をホールドしやすいライディングポジションの「YZF-R9」。マシンコントロールがしやすく、自分が快適と思える速度域で、コーナリングする楽しさを実感できる。

「慣性トルクが少なく、燃焼トルクだけを効率よく引き出す」というヤマハ独自のエンジン設計思想「クロスプレーン・コンセプト」。これに基づいて開発された直列2気筒688ccエンジンを「CP2」と呼んでいて、ネイキッドスポーツ「MT-07」、アドベンチャーモデル「テネレ700」など、さまざまなスタイルのスポーツモデルに搭載されている。そのモデルバリエーションの中で、スーパースポーツらしい車体とライディングポジションを採用しているのが「YZF-R7」だ。市街地、ワインディングからサーキットでのスポーツ走行と幅広いシチュエーションでスポーティな走りを楽しめ、スーパースポーツの世界観を身近に味わえるモデルとして北米やヨーロッパで好調なセールスを記録している。この「YZF-R7」の成功を得たことで、さらにスポーティな走りを楽しめるモデルの開発がスタートし、さまざまなテストを経て完成したのが「YZF-R9」だ。

ヤマハのスーパースポーツ「YZF-Rシリーズ」には、レーサー直系となる「YZF-R1/YZF-R6」が存在するが、その性能を乗りこなして楽しむためには、ライダーに相応のライディングスキルも求められる。そこで「YZF-R9」は、より幅広いライダー層が扱いやすさを感じられるようにと、開発当初からエンジンは「CP2」よりパワフルながら、扱いやすさも併せ持つ直列3気筒888cc「CP3」の搭載が決定していたという。ライディングポジションに関しても、スーパースポーツという軸は保ちつつ、ツーリングなどストリートユースの快適性も考慮して決定したとのこと。

実際に「YZF-R9」に跨がると、同じ「CP3」を搭載するヘリテージスポーツ「XSR900 GP」より前傾姿勢が深く、「YZF-R7」に似たタイトさを感じた。ただし、ステップが「YZF-R7」より低く位置し、ヒザの曲がりは少しゆるくなる。フロントにしっかりと荷重がかかりながらヒザの窮屈さは減少しているので、前傾姿勢に慣れているライダーなら「キツさ」は感じないだろう。筆者は長年オフロードバイクに乗ってきてスーパースポーツの経験は多くないが、「YZF-R9」の前傾姿勢にキツさは感じず、むしろハンドリングの安定性と正確性の高さに安心を感じられた。その一方で、前輪にしっかり荷重がかかっていることで押し引きやハンドルを据え切りする際には重さを感じた。またUターンや、狭い路地など極低速域で鋭角的にターンする際は、足着きに問題はないものの、ハンドルをフルに切ってターンする操作がしづらく、やや大回りになることもあった。

ただし、クルマの流れに乗って走る常用域では、そうした重さは感じなかった。むしろスピードを上げていくほど直進安定性は高くなっていくが、そこからコーナリングや車線変更をしてみても、重さや抵抗を感じることなく車体をスッと倒し込んでいける。ハンドル操作にはしっとりした感触があるが、不意に切れ込むこともないので、狙ったラインをトレースしやすい。このハンドリングと車体の反応はスピードレンジを上げていっても変わらなかったので、さまざまなR(曲率)のコーナーでマシン挙動を予測しやすく、スーパースポーツらしい高いコーナリング性能の片鱗を感じることができた。サーキットで性能を使い切れるスキルは筆者にはないが、それでも常用域でコーナリングの楽しさを感じられたので、「YZF-R9」は扱いやすいと思った。

前後サスペンションにも安定性が感じられ、スピードレンジを上げていってもフワフワしたストローク感がなく、マシン挙動もピタッとしていた。ただし、市街地の荒れた舗装路やちょっとしたギャップを通過した際は、路面から受けた衝撃が手に伝わってくることもあった。底突きしたり、マシン挙動が乱されるほどではなかったが、常用域での角のない乗り心地のよさは「MT-09SP」に一日の長があると思う。とはいえ、しっかりしたフロント荷重による正確なハンドリング、車体と一体感があるライディングポジションによるスポーツ走行時のマシンコントロール性のよさ、ハイスピードレンジでの安定性高さは、「YZF-R9」に分がある。

「ハンドル切れ角の確保」「フロント荷重を増加するためにキャスター角を変更」といったディメンジョンからの要件もあるが、「YZF-R9」のメインフレームを新設計としたのは、「人機一体感が得られるスーパースポーツらしいライディングポジション」を実現することへのこだわりだろう。「MT-09SP」と「YZF-R9」に搭載されている「CP3」のECUは各車に合わせて最適化されているが、扱いやすいエンジン特性には差異はない。それでもライディングポジションを大きく変えることで、乗り味は全くの別物に感じられたからだ。

右は伸び側、左は圧側の減衰力を調整できるKYB製フロントサス。「YZF-R1」と同じ構造で、高速域での安定性を重視しているように感じた。

極低速域での乗り心地を改良したKYB製リヤサス。この前後サスの性能をフルに引き出すことも、フレームを新設計した要因ではと感じた。

ストリートでの扱いやすさも兼ね備えたスーパースポーツだ

シートの前後長に余裕があり、着座位置を変えられる。上体を起こしたフォームもとれ、市街地やツーリングでマッタリ乗ることもできる。

「YZF-R9」は2次減速比を「MT-09SP」の45/16→43/16に変更し、点火時期など「CP3」のECUセッティングを最適化している。また「YRC(Yamaha Ride Control)」で「SPORT」「STREET」「RAIN」に3パターン、ライダーの好みに合わせてセッティングできる「CUSTOM1/2」の2パターン、さらにサーキット走行向けの「TRACK1/2/3/4」の4パターン、計10パターンから各種セッティングを選択できるが、ストリートで多用する「SPORT」「STREET」「RAIN」のエンジン特性は他の「CP3」搭載モデルと大きく変わらない印象だ。

「SPORT」はスロットルレスポンスがシャープで、回転上昇もクイック。どの回転域からでも力強い加速力を発揮し、スポーティな走りに最適なモード。とくに高回転域での加速の伸びは「CP3」搭載モデル中で「YZF-R9」が最強に感じられる。ハイスピードレンジで高い安定性を発揮する車体とのマッチングもよく、スーパースポーツらしい走りを堪能できる。
「STREET」はスロットルレスポンスが若干マイルドになり、回転上昇もクイック過ぎず、全域で必要充分なトルクが発揮される。そのトルクの出かたと車体の挙動変化がリンクしているように感じられ、オールラウンドな扱いやすさがある。
「RAIN」はスロットルレスポンスがマイルドで、回転上昇もゆっくりになり、加速力もマイルド。それでも市街地でストレスを感じるほどではなく、マシン挙動にギクシャク感もないので、市街地でマッタリと心地いい走りを楽しめた。

他の「CP3」搭載モデルでは「SPORT」か「STREET」をベストに感じることが多く、「YZF-R9」の「STREET」もさまざまな状況で扱いやすさが感じられた。個人的には市街地でクルマの流れに乗って走るような時は「RAIN」の穏やかさが快適に感じられ、他の「CP3」搭載モデルよりも「RAIN」を選択している時間が長かった。

クイックシフトを標準装備し、発進停止時以外のクラッチレバー操作がほぼ不要で、そのクラッチレバー操作も軽く行なえる。クルーズコントロールも装備し、カウルの防風性能もしっかりと発揮されるので高速道路も快適に走行できるはずだ。またスマホと連携することでTFTディスプレイにナビゲーション画面を表示でき、ストレスの少ない移動も可能。「ウイングレット」によるダウンフォースの効果は明確に体感できなかったけれど、マシン挙動を乱すなど悪影響は一切感じられなかった。公道走行で体感した乗り味をこうして振り返ってみると、「YZF-R9」にはストリートモデルとしての扱いやすさ、乗りやすさがしっかり備わっていると言える。北米やヨーロッパでは「YZF-R7」でスーパースポーツの楽しさを知ったライダーが、「YZF-R1/YZF-R6」にステップアップすることが増えているというが、日本の道路事情を考慮すると「YZF-R9」が最適ではと思った。

「YZF-R1/YZF-R6」が培ってきたポテンシャルを「CP3」エンジンで再現している「YZF-R9」は、2025年「世界スーパースポーツ選手権」参戦1年目にしてシリーズタイトルを獲得。スーパースポーツモデルとしての戦闘力の高さを証明した。ライディングスキルのあるライダーはその高い戦闘力を生かしてサーキット走行も存分に楽しむことができ、我々一般ライダーはストリートユースの中でもスーパースポーツの走りの楽しさを感じられる。幅広いライダー層がスポーティな走りを楽しめるという多様性が「YZF-R9」の大きな特徴だと思った。スーパースポーツの走りに興味があるライダーにオススメのモデルなのだが、年間販売計画300台という少なさで、発売開始早々に入手困難になっている。求めているライダーに届くモデルとなるよう、改善をお願いしたい。

全域でトルクに厚みがあり、扱いやすさと速さを兼ね備えた「CP3」。「YZF-R9」は、この「CP3」のスポーツ性能を存分に楽しめる作りとなっている。

フロントキャリパーはブレンボ製「Stylema」。強力な制動力を発揮し、「YZF-R9」のスポーティな走りを確実に受け止める。コントロール性も良好だ。

ヤマハYZF-R9主要諸元

・全長×全幅×全高:2070×705×1180mm
・ホイールベース:1420mm
・車重:195kg
・エンジン:水冷4ストロークDOHC4バルブ直列3気筒888cc
・最高出力:120PS/10000rpm
・最大トルク:9.5kgf・m/7000rpm
・燃料タンク容量:14L
・変速機:6速リターン
・ブレーキ:F=ダブルディスク、R=シングルディスク
・タイヤ:F=120/70-17、R=180/55-17
・価格:149万6000円

【画像】世界選手権を制した「YZF-R9」は、ストリートも楽しいスーパースポーツだ! (28枚)

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