
トライアンフがエンデューロの舞台に本気で乗り込んできた。その証が、今回試乗する機会を得たTF 250-Eと450-Eだ。多くのライダーがトライアンフのオフロード参入に驚きと期待を抱いたことだろう。その「トライアンフらしさ」が、エンデューロという過酷な世界でどう表現されているのか、スペイン近郊で開催された国際試乗会でじっくり味わってきた
エンデューロバイクで、公道走行をすることについて
まず、エンデューロバイクとは何か、という基礎的な背景から触れておく必要があるだろう。エンデューロというのはオフロードバイク競技のひとつで、周回するルート上に設定された「スペシャルテスト」というタイムアタック区間でのタイムを競うもの。複数あるスペシャルテストは「ルート」と呼ばれる区間でつながれており、このルートにはしばしば公道が含まれているため、エンデューロに使用されるバイクには公道走行可能な最低限の装備(ヘッドライト、テールランプ、ホーンなど)が義務付けられ、耐久性や航続距離も重視される。モトクロスというスプリントレースで使われるモトクロッサーが純粋な競技車両として進化する一方で、エンデューロバイクは舗装路での移動をこなしつつ、オフロードでの走破性を高めるという、ある種の二面性を持って発展してきたのだ。
現代のエンデューロバイクは、スピードを重視すると言うよりも公道走行での快適性に親和性を持つモデルが多い。モトクロッサーをベースとしながらも、遙かに扱いやすく、環境負荷が低く、また近年の機械工作精度の技術向上によるものか耐久性も高い。4スト250クラスのエンデューロバイクとなるとトレールバイクにかなり近い性格で、その使用用途も世界的な割合で見るとツーリングやトレイルライディングであるケースがほとんどだった。そんな中で登場したトライアンフTF-Eシリーズは、もちろん公道走行に必要な装備を備え、ユーロ5ホモロゲーションにも対応している。しかし、それはあくまで「公道走行のための最低限の要件を満たしている」に過ぎないということを理解しておくべきだ。そのキャラクターは、純然たるレーシングマシンであった。たとえば、サイドスタンドはレース向けのスタンドであって一般のバイクのような頑丈なものではないし、純正のタイヤもFIMエンデューロタイヤで舗装路でのグリップを重視したものではない。ギヤが6速あって最高速は伸びるものの、高速道路で巡航するようなシーンは考えられていないし、エンジンのメンテナンスは90時間ごとの指定なので、そもそも長く公道を走るような用途にはもったいない。
なお、クラス最高出力と銘打たれている自慢のエンジンは、ホモロゲーションを通る公道仕様ではかなり抑えたものになる。以下は、クローズドサーキット用のフルパワー仕様で得たインプレッションだ。
本気の「弾ける」エンジン
20年来オフロードバイク初中級者として底辺を這いずり回ってきた稲垣が今回試乗し、最も印象的だったのは、トライアンフのエンジンを「エンデューロ専用に新開発した」という開発スタッフの言葉が、決して嘘ではなかったということだ。
特にTF 250-Eのエンジンからは、一般的な250ccエンデューロバイクの概念を覆すほどの元気の良さを感じた。試乗開始直後、グラストラックのスペシャルテストコースをウォームアップで何周か走った時のことだ。路面はかなりスリッパリーな状態だったにもかかわらず、アクセルを開けた瞬間の「弾けるようなフィーリング」は出色のレベルだった。私自身、既存のエンデューロバイクの多くが、特に250ccクラスでは「扱いやすさ」を重視するあまり、ややマイルドなエンジン特性に振られがちだと感じていた。そんな傾向を嫌ってか、ベータのように250cc4ストロークエンデューロモデルをあえて開発しないメーカーもある。しかし、TF 250-Eが持つ元気の良いレスポンスは、どちらかといえばモトクロッサーやクロスカントリーバイクに近い。
低回転域からバッとアクセルを開けた時、あるいは中間回転域からさらに開け足した時に、エンジンの回転上昇と同期するようにトルクが「ポンッ」と弾けるように出てくる感触もいい。エンデューロでは、ギャップや丸太、木の根など、様々な障害物を乗り越える際に、瞬時にフロント荷重を抜く必要がある。TF 250-Eのこの「ヒット感」のあるレスポンスは、そうした場面で絶大な効果を発揮する。苦手意識のあった丸太セクションでも、濡れた路面にもかかわらず、このエンジン特性のおかげでリズムよくフロントを抜いてポンポンとクリアしていける自信が湧いたほどだ。ウッズの深くえぐれた場所を抜ける際も、フロントを浮かすコントロールが容易だった。
それでいて、ピーキーさは感じられない。アクセルを開け足した時のリニアな感触は、路面を掻きすぎることなく、常にライダーのコントロール下にある感覚を与えてくれる。高回転域でのパワー感は250ccなりといった印象だが、スペシャルテストのような場所でしっかりと開けていけば、非常に気持ちの良い加速を味わえる。
この元気の良いエンジン特性には、吸排気系の設計が大きく貢献していると推測する。2026年のユーロ5+ホモロゲーションを見据え、各社が苦労している中で、トライアンフはエンデューロモデル専用のエキゾーストシステムを見直した。MXモデルと似ているように見えるが、低速・ミッドレンジトルクの要件に対応するため、専用設計として一から作り直したのだ。エアボックスもMXモデルよりわずかに容量が増やされており、内部のバッフルプレートでノイズの減衰力を高めているという。吸排気両方から響く音は、非常にワイルドで迫力があり、パワーが「出ている」という感覚をライダーに与えてくれる。この「音」が、実際に得られるトルクと相まって、ライダーのコンフィデンスを高め、ライディングの快感へと繋がっているのは間違いない。
角のとれたトルク、そしてエンスト耐性に優れたTF450-E
次にTF 450-Eだ。450ccのエンデューロバイクはピストンの慣性が強く、車両重量以上に重さを感じることが多く、強大なトルクにも振り回されがち。しかし、TF 450-Eは初中級者でも「ありかもな」と思える扱いやすさだった。1000ccを超えるハイパースポーツを乗りこなしてきたロードのライダーが初めてのオフロードバイクを買う際に「250では物足りないだろうから、450にする」と買ってはみたものの、扱いきれずにあっという間にお手上げとなってしまうことがあるが、これならあるいは満足感を得られるかも知れない……と思った。
まず、エンジンブレーキの効き方が非常に穏やかだし、高い圧縮比にもかかわらず、エンスト耐性が非常に高い。僕の腕前では何度かエンストさせてしまったものの、450ccにありがちな「エンストが怖くて攻めきれない」という状況はほとんど感じなかった。自信を持って450ccを扱っていける、そんな感覚にさせてくれる。ギヤ比の設定もおそらくマッチしているんじゃないだろうか。450ccのモデルはトルクがあるためにロングなギヤ比に設定されていることが多いのだが、これが実はエンストを生む要因となっている場合がある。エンジンの脈動が250に比べて広く掴みづらいため、いろんなタイミングを逃してしまってエンストしてしまうのだ。TF 450−Eは2〜3速が若干ショートな設定になっているようで、それだけで扱いにくかったはずの450ccの印象はかなり違うものとなった。
それでいて250-Eと同様にミッドレンジのトルクが非常に豊かで、トルクデリバリーの感触は極めてリニアだ。「バン!」と急激にパワーが飛び出すようなことがなく、トルクのカーブがなだらかに立ち上がるため、開けすぎた時もコントロールを失うことがない。試乗コースは僕には難易度の高いシングルトレイルが続くエンデューロコースだったが、3速ホールドのまま、クラッチを使いつつバイクを操り続けることができた。2速に入れると少々ギクシャクする場面もあったが、3速でじわじわとアクセルを開けてトルクを引き出すような乗り方が非常にマッチしていた。その状態でポンと開ければ、250-E以上にフロント荷重が抜け、思った場所にフロントタイヤを持っていくことができる。轍のトレース性も抜群だ。
電子制御に関しては、アテナ製のEMSが搭載されており、ローンチコントロール、OEクイックシフター(6速まで対応)、トラクションコントロール、そしてフルパワーのマップ1とソフトモードのマップ2がプリセットされている。マップ2は、一般的なソフトモードほどマイルドではなく、開け口のトルク感はしっかり残しつつ、より長くギアを使えるような味付けだと感じた。これらの電子制御は、アドベンチャーバイクのようなものではなく、かなりシビア。たとえばレース向けのトラクションコントロールは滑らないのではなく、若干スリップを抑えてしっかり路面を掻いていく。効かせないとすぐにリアが横を向いてしまうような場面で、その神経質さを削ってくれるようなものであることを付け加えておく。
卓越した車体と足回り
軽量なアルミニウム製スパイン&ツインクレードルフレームは、MXモデルと同じ構造をベースとしつつ、エンデューロ向けにサイドスタンドの取り付けやステアリングロック、内部構造の変更など、ユニークな部分に手が加えられている。
サスペンションはKYB製が採用されている。第一印象は非常に柔らかい感触で、乗り込む前は「少し入りすぎるかな」とも思ったが、実際に乗ってみるとその懸念は払拭された。高速のスペシャルテスト区間でも、低速の難所でも、その動きは非常に良好だった。特に、初期段階の柔らかさを活かして、ギャップの多いセクションを楽に走破できるセッティングになっていると感じた。
個人的に最も驚いたのは、コーナリング時のフロントタイヤの接地感だ。まるでロードバイクのように、意識せずともフロントタイヤを路面にしっかりと押し付けられているような感覚があり、特に砂利のロングコーナーでは、フロントタイヤを信頼してガンガン突っ込んでいけることに心底びっくりした。これは、フレーム特性に加え、ライダーが前方に座りやすいシート周りのエルゴノミクスデザインも大きく影響しているのだろう。
もちろんこの長いストロークのサスペンションのせいで、足つき性に関しては正直言って「悪い」と言わざるを得ない。これは多くのエンデューロバイクに共通する点であり、トライアンフも例外ではない。しかしそれも、優れた走破性と安定性を実現するためのトレードオフだと思えば理解できる。
トライアンフTF 250-Eと450-Eは、単なるMXモデルの派生ではなく、エンデューロのためにゼロから設計されたパッケージである。既にレースシーンで成功を収めていることからも、その実力は折り紙付きだ。現代エンデューロの過酷な要求に応えつつ、ライダーに確かなコンフィデンスをもたらすTF 250-Eと450-Eは、トライアンフがオフロードの世界のトップを本気で狙っていくという強い意思表示に他ならない。このバイクが、これからのエンデューロシーンを大いに盛り上げてくれることを期待してやまない。
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