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いつも感銘を受けるドゥカティのホスピタリティ
僕は2024年10月末にドゥカティ本社で開催されたNEW V2エンジンの発表会に参加。その模様は別記事で紹介しているが、その発表会の途中で、「オガワサン、フライトは明日だよね?夜までの予定は?」とマーケティング担当のエドワルドさんに聞かれた。
特に何もないことを伝えると「アンドレア・フェラリージがインタビューを受けると言っているけど、どう?」とのこと。アンドレアさんはデザイン部門のトップ。「ぜひ!」と返事をして、エンジン発表会終了後に質問を考えたりしていると、今度は「オガワサン、パオロ・チャバティがドゥカティ・コルセに来てもいいって言っているけど行く?」とエドワルドさん。
パオロさんは2023年まではMotoGPを、2024年からドゥカティのモトクロッサーを担当するドゥカティ・コルセのキーパーソン。デスモ450MXを間近で見れる、何よりもドゥカティ・コルセに潜入できるなんて夢のようなことだ。もちろん僕は「ぜひ行きたい!」と即答した。
「モトクロッサーは2025年から450を販売し、2025年は250と450の両方でイタリア選手権に参戦。250も2026年から販売するんだ」とパオロさんは、デスモ450MXを前にしながら色々なことをスラスラと教えてくれる。「それは公式発表されているんですか?」と聞くと、「していないけど、もうみんなに言っているから書いていいよ」とパオロさんは笑って話してくれた。
「機能とデザインの共生」を創出する組織づくり
公式発表前の情報をパオロさんは「書いてもいいよ」と言ってくれたことに驚いていると、「僕は元々編集者だったから、オガワサンが何を求めているか分かるよ。せっかくはるばる日本から来ているんだから色々見て、聞いてって。さあ、次はアンドレア・フェラリージのインタビューだ!」とエドワルドさん。
あくまで僕の印象だが、国際試乗会やこうした取材時の対応がどのメーカーよりも手厚いのがドゥカティというメーカーだ。ブランドのファンになるだけでなく、まるで彼らのファミリーの一員になったような気持ちにさせてくれる。それはまさにホスピタリティで、イタリア語が分からない僕にも分け隔てなく、可能なかぎりオープンに語り、そして惜しみなく見せてくれる。
今回のイタリア訪問は、いつも以上に至れり尽くせりだった。心地よい気持ちに満たされ、そして少しの緊張感をもっているとアンドレアさんが登場した。アンドレアさんはチェントロスティーレ(デザインセンター)のディレクター。2023年からはドゥカティ全体の製品戦略を考える部門の責任者になり、マーケティング、製品開発の責任者も兼任している。新車発表のプレゼンテーションなどでよくお見かけしていたが、実際に対面するのは初めてのこと。
アンドレアさんのドゥカティ入社は2000年。ドゥカティのプロジェクトマネージャーを務めていたが、2005年にクラウディオ・ドメニカーリCEOからデザイン部門の提案を受け、異動。その当時、デザイン部門は開発プロセスの変換を求められていた時期で、着任後にまずアンドレアさんが行ったのは、エンジニアとデザイナーが製品開発の初日から協力して作業を進めるようにしたことだった。これはプロジェクト開始から機能とデザインが共生し、高いレベルのシナジーを発揮しながら新プロダクトを開発することを意味する。そして2018年にチェントロスティーレ(デザインセンター)が設立され、車両だけでなく、コーポレートIDやアパレル、サングラスなど、他のブランドとのコラボアイテムもデザインするようになった。
近年のドゥカティデザインの躍進を築いた立役者に直接話を伺えることに、僕の胸は高鳴った。
企業もカスタマーもみんなファミリー
今回、ドゥカティ社内を色々と見学して感じたのは、活気があり、皆が同じ方向を向いている気がしたことだ。この組織はどのように構築していったのだろう。率直にその質問を投げかけてみた。
「ドゥカティは移動の道具としてのバイクでなく、美しくて楽しめるバイク。そうしたバイクを作るには愛着を持たずに仕事をするのは不可能です。それに加えて、ここで仕事をしていると、同じ情熱を持ち、同じ方向を見ている仲間意識が高まってきます。それはまさにファミリー感が生まれると言っても過言ではありません。そして、お客さんもドゥカティスティ(情熱的なドゥカティのファン)ですが、働いている人もドゥカティスティなんです。
ファミリー感を育むためにWDW(2年に1度ドゥカティがミザノ・ワールド・サーキット マルコ・シモンチェリで開催するイベント)などのイベントには従業員も参加するようにしています。年末にはクリスマスパーティも開くんです。そこにはドゥカティのライダーたちも参加します。こうしてさらにファミリー感を強めているんです。
社内で人の移り変わりが少ないのも大切な点です。また、誰かが辞めてしまったときは、外から新しい人を呼ぶのではなく、社内の人材を育てることを意識します。もちろん中にはさまざまな理由から我が社を離れる方もいます。ただ去っていった人もドゥカティスティのままです。一度赤くなったら永遠に赤なんです(笑)」とアンドレアさん。
アンドレアさんだけでなく、ドゥカティの面々と話を聞いていると「ファミリー」という言葉がよくでてくる。ドゥカティで仕事をすることはもちろん、ドゥカティファンでいることは彼らのファミリーになることだということを再認識する。
ボローニャ出身のエンジニアを育てることもドゥカティの役目
僕は何度か本社を訪れているがその度に不思議に思っていたのは、工場内にたくさんの学生がいること。こうした工場内はメーカーによっては非公開も多いのだが、ドゥカティは常に学生やファンに工場を公開している。
「大学や技術系の高校とコラボレーションしていて、チェントロスティーレから講師として学校へ授業をしに行くこともあります。ボローニャの技術者を育てることもドゥカティの仕事だと思っています。
私たちの仕事はバイクというとても美しいものを取り扱う仕事です。仕事ですが、もしかすると遊んでいるように見えることがあるかもしれません。それぐらい魅力ある仕事であり、ドゥカティで働けることはとても幸運なこと。社会にこの美しい経験を伝えたい。社会に返したい。これが本音です。
ドゥカティは過去2年間にたくさんのモデルを出しています。新しいエンジンも作っています。当然、週末に出勤したりするストレスもあるのですが、この仕事が美しいということに変わりはないのです」とアンドレアさん。
アンドレアさん自身も学生時代は航空工学や空気流体学を学び、フェラーリのクルマの流体力学を大学の論文にしたそう。イタリアンならではの情熱は、連綿と育まれていくものなのだ。
ドゥカティのデザインにおける6つのポイントとは?
ドゥカティのデザインが好き、という方はとても多いと思う。派手な印象のイタリアンバイクだが、ドゥカティに関しては実はどのモデルも登場時は単色(主に赤)であることが多く、グラフィックモデルは少し経過してから追加発表されることが多い。グラフィックに頼らなくても美しい面のデザインを徹底的に作り込み、そこに自信がある現れともいえるだろう。
「面を作り込むデザインは、本当に難しいのです。ラインだけでドゥカティらしさを表現するのは至難の業です。その過程におけるポイントは最大限から引いていくこと。さらに決められた6つのキーワードを意識します。
1つ目は、オーセンティック(シンプル、本物)であること。
2つ目は、エッセンス(本質、無駄を削ぎ落とす)を持っていること。
3つ目は、一目でドゥカティとわかること。
4つ目は、スポーティであること。
5つ目は、官能的であること。
6つ目は、コンパクトであること。
グラフィックを入れると本質的なところが損なわれてしまうのであまり使わないんです。もちろん記念モデルや、スペシャル版にはグラフィックを使いますが、ベースをきちんと作り込んでいることが大切なのです」とアンドレアさん。
この6つには様々なこだわりがあり、全てが機能に繋がり、意味がなければならず、コンパクトと小さいということは異なっていたり、聞くほどに、「確かに」と思うようなことばかりだった。
ちなみデザインにAIを導入しているか尋ねたところ、「まだ」との答え。実験的に試してはいて、興味深い可能性を秘めているそう。ただし、AIを使うにしてもデザインは人の感性に委ねる部分が多く、まだまだAIに任せることはできないそうだ。
大胆な肉抜きを施した、パニガーレV4のフレーム&スイングアーム
ここ最近、僕がドゥカティのデザインで最も驚いたのはNEWパニガーレV4Sのフレームとスイングアームだ。とても200psオーバーを支えるフレームとスイングアームには見えず、これぞドゥカティの真骨頂だと思ったが、ここに至る過程が想像できなかった。
ちなみにフレームはサイド部分を大きく肉抜きし、縦剛性を40%ダウン。スイングアームはこれまでの片持ちから両持ちとなり、こちらも縦剛性を37%もダウン。フレームとスイングアームを手に持つと驚くほど軽く、その一方で実際に走ると信じられないほどの安定感は、もはや異次元のような感覚にさせてくれたのだ。
これをAIでなく人が作っているとしたら、どのように作業を進めているんだろうか?
「それはとても良い気づきですね。まずは先ほどの6つの柱を守ります。開発の初日からデザイナーとエンジニアが一緒に作業し、さらにパニガーレに関しては、そこに必ずドゥカティ・コルセも介入しています。WSBKに参戦するバイクですからね。
まずはエンジニアが量産するバイクでどのようなスイングアームとフレームが必要かを考えます。その時点で性能を満たしていることが大事です。その後チェントロスティーレでデザインをして、形を決めたらドゥカティ・コルセに戻します。これを繰り返します。すべての部門が求め合うスペックに到達するまで繰り返すんです」とアンドレアさん。
新型パニガーレV4のフレーム。大胆な肉抜きが施されるが、しっかりと機能を込め、300km/hからのブレーキングを支える。実際に走るとしなやかさを体感でき、とてもフレキシブル。
ドゥカティにとって最も美しいデザインとは?
最後に、アンドレアさんが大切にするドゥカティらしさとは何かを聞いてみた。
「ドゥカティはデザインだけで成り立っているのではなく、そこに非常に洗練された技術が反映されていないといけません。デザインと洗練された技術が最高の状態で組み合わされた時が、ドゥカティの一番美しいデザイン。それがドゥカティらしさです」と答えてくれた。
今回ドゥカティを訪れて、クラウディオさん、アンドレアさん、パオロさんという普段は会うことさえ許されないキープレーヤーと話ができたことは、まさに貴重な時間だった。フレキシブルなもてなしに、改めて心からの感謝を述べたい。
ドゥカティは社員1200人のとても小さな企業だ。そんなドゥカティがMotoGPでは他メーカーを圧倒し、市販車では毎年のようにNEWエンジンを発表。ドゥカティは自らが常に変革しようとしていて、本質を守りつつ常にアップデートもしているのである。そしてその表現がとても上手い。エンジニアリングデザインのスピード感、エモーショナルな感性がこれからも多くの驚きと発見を与えてくれるに違いない。
ちょっと気は早いが、2026年の創業100周年はとんでもないことが起こるのだと思う。僕もとても楽しみにしている。
ドゥカティにとって“最も美しいデザイン”とは?【本社デザイン部門トップ、アンドレア・フェラリージ氏に聞く】ギャラリーへ (9枚)この記事にいいねする