MotoGPやWSBKを席巻するドゥカティはレースイメージが強いブランドだが、一方ではアドベンチャーツアラーの分野でも存在感を増している。その旗艦モデルとなる最新版「ムルティストラーダV4S」の国際メディア試乗会がイタリアで開催された。モーターサイクルジャーナリストのケニー佐川がレポートする。
写真:DUCATI 文:ケニー佐川(佐川健太郎)目次
【マシン解説】
自動車高低下機能やウェットモードでさらに快適に
電子制御化された新世代のムルティストラーダが登場したのは2010年。スーパースポーツ、オフロードバイク、長距離ツアラー、街乗りバイクの4つの異なるカテゴリーの特徴を兼ね備えた「4バイクス・イン1」のコンセプトを掲げた万能マシンとして華々しくデビューした。熟成を経て2021年には満を持してV4エンジンを搭載した完全新設計モデルへと移行。そして今回2025年モデルでは数多くの新機能が追加され、さらなる進化を遂げている。
最高出力170psを発揮する通称「V4グランツーリスモ」と呼ばれる水冷90度V型4気筒1158ccエンジンは従来モデルを踏襲しつつ、エンジン休止システムを強化。従来のアイドリング時だけでなく低回転時にも前方バンクの2気筒だけを稼働させることで低燃費走行を実現。エンジンの熱対策も改善され、より効率的で快適な走行が可能になった。車体も進化した。アルミ製モノコックフレームはスイングアームピボット位置を1mm上げることで加速時やタンデム時のハンドリングが向上。リアサスペンションもプリロード量を8mm増やすことで荷物積載時などの荷重変化にも幅広く対応できるようになった。
電子制御の面でも2025年モデルではさらに多くの技術が導入された。大きなトピックとしては、停止直前に車高が自動的に下がる「オートマチック・ロワリング・デバイス」機能が追加されたことだろう。これにより足着きが向上しバイクが安定して停止できるようになった。また、新たに「ウェット」モードが追加され雨天時の走行を安全にサポート。
さらに前走車を自動的に追尾する「アダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)」や、バックミラーの死角に入ってきた車両を検知する「ブラインド・スポット・ディテクション(BSD)」に加え、前方衝突警告機能「フォワード・コリジョン・ワーニング(FCW)」も追加されるなど主に安全性や快適性、扱いやすさの面で大きな進化が見られる。
【試乗インプレッション】
足着きの良さを実感、走りはスーパースポーツ並み
デザイン的に大きな変化はないものの、フロントからサイドにかけてのラインが洗練され、ホイールやサイレンサーの形状も新しくなった。跨って感じるのはシートの低さ。新型には自動車高低下機能(オートマチック・ロワリング・デバイス)が搭載され、速度が10km/h以下になるとリアサスペンションのプリロードを調整してシート高が約30mm下がる仕組みに。足がしっかりと地面に着くので大型アドベンチャーにありがちな「足着きの不安」をかなり解消してくれる。ドゥカティ本社の開発スタッフに聞いたところ、世界中で「シート高を低くして欲しい」との声は少なからずあるという。そうしたニーズに応えた形だ。
クラス最強レベル170psを誇るV4エンジンの加速は強烈だが、それでいてキメ細かな鼓動とスムーズなパワーデリバリーで扱いやすい。低回転域でも途切れないトルク感もV4エンジンならでは。急こう配のタイトコーナーでもギアを落とさず力強く登っていく。ハンドリングも秀逸だ。19インチホイールがもたらす安定感と軽快さのマッチングが絶妙で、狙ったとおりのラインを描ける正確さはドゥカティならではだ。
また、ライディングモードによってバイクのキャラクターが一変するのも従来どおり。市街地では「アーバン」モードで穏やかに走り、ワインディングに入れば「スポーツ」モードに切り替えて刺激的な走りが楽しめる。同時に電子制御サスペンションもリア車高が上がって減衰力が強化され、まるでスーパースポーツのような仕様へと変貌する。
ラクで快適で安心、悪条件ほど際立つ新型のメリット
試乗日は生憎の雨天で気持ちは沈んだが、逆に新型ムルティの実力が光った。新たに追加させた「ウェット」モードは出力特性が115psに抑えられてコーナリング対応のABSやトラコンも最適化、サスペンションも低ミュー路面に合わせて自動調整される。さらに「バンプ検知機能」が路面の大きな凸凹もスムーズにいなしてくれるため、荒れた峠道でも快適に走ることができた。これは前輪がギャップを通過した瞬間にセンサーがその衝撃を拾ってリアサスの動きを最適化するという驚きのシステム。実際にスピードバンプ(減速を促すコブ)を乗り越えたときは思ったより突き上げも少なく感じた。
特に印象的だったのは前後連動ブレーキの新機能。これまでのフロントからリアへの制御だけでなく、新たにリアブレーキだけで前後の制動力を最適に配分する機能が加わった。これによりワインディングを気持ちのいいペースで走っていても、リアブレーキだけで十分に速度と姿勢をコントロールできてしまう。これらのサポート機能により土砂降りの中でもリラックスして走り続けることができた。ちなみにデバイスの設定は自分の意志で任意に変えられる。つまり操る楽しさをスポイルするものではなく、ライディングの自由度を広げるものなのだ。
スイッチひとつでダートも得意なオフ仕様に変身
ダートセクションではオプションのクロススポークホイールとデュアルパーパスタイヤを装備した仕様に試乗した。走行中に「エンデューロ」モードに切り替えることで出力特性もオフロード向きになり扱いやすさが向上。また電子制御サスペンペンションは自動でプリロードを上げてストローク量を増加させ、ブレーキはリア側のABSが解除され、トラコンは介入度が最小限に設定されるなど、スイッチひとつで一瞬にしてオフロードバイクへと“変身”するのが凄い。フラットダートは溢れるパワーでフロントを軽くして突っ走り、ガレ場のギャップも前後サスペンションが滑らかに吸収。良い意味での重さとしなやかさを持つスポークホイールと程よいグリップで路面をつかむ「スコーピオンラリーSTR」のマッチングも快適だった。さらにアルミ製ボックスを左右に付けてもハンドリングへの影響は少なく、250kg近い巨体でもその気になれば後輪を軽く流しながら向きを変えていくアドベンチャーらしい走りも楽しめた。
新型ムルティストラーダV4Sはオン・オフを問わず長距離を快適に駆け抜ける万能ツアラーとしての優れた資質をまた一段と高いレベルへと引き上げた。冒険に気合いや根性は必要ない。スタイリッシュな旅にちょっとしたスパイスを効かせたい、そんな大人のライダーにこそおすすめしたい一台だ。
【スタイリング】
ディテール
【走り】
ライポジ
参考:Multistrada V4S(2025/海外)主要諸元
・全長×全幅×全高:-mm
・ホイールベース:1566mm
・シート高:820-840mm
・車重:235kg
・エンジン:水冷4ストローク90度V型4気筒 1158cc
・最高出力:170PS/10500rpm
・最大トルク:12.7kgm/8750rpm
・燃料タンク容量:22.0L
・変速機:6段リターン
・ブレーキ:F=ダブルディスク、R=ディスク
・タイヤ:F=120/70ZR19、R=170/60 ZR17
・価格:-
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